ユッキー
2005年 月4万5千円のアパートに一人暮らししていた頃のお話
アパートのチャイムに呼ばれて家のドアを開けるとそこには若い女性が立っていた。
「こんばんは~、ユッキーで~す」
いったいどこのユッキーだ。
「最近寒いよねー、夜寝れてる?」
おいおい、いきなりだな。私の記憶ではユッキーとは初対面だが、もしかしたら前世で恋人だったか?そんな私に構わずユッキーは話し続ける。
「ちゃんと寝ないとダメだよ、睡眠って大切なんだから。1日に8時間寝るとして1年に2920時間の睡眠が必要なんだよ」
ユッキーは睡眠の重要性を説いてくる。なるほど、話の流れが読めてきたので聞いてみる。
「で、いくらなの?」
「ちょっとユッキーの話聞いてる?そんな話はしてないの!」
「だから、いくらの布団なの?」
「お金の話じゃあなくって、睡眠が大事って話!」
あくまでそれで通すか。プロよのう、仕方あるまい。
「やっほーユッキー!俺は体が丈夫だから、床の上でもぐっすりさ」
「だめよそんなの!大丈夫に思えても疲れはたまっていくんだよ」
今まさに私の疲労が急速にたまっているんだが?一体何のコントにつき合わされているのだ、私は。ユッキーによるとそんなにたくさんの時間を過ごす「布団」は良いものを使うべきだという。なんだ、結局布団の話なんじゃないか。この前置き、必要だったか?
「そぉかあ、やっぱり良い布団で寝るってのは大切なことなんだね!、、、で、いくらなの?」
「・・・高い布団を買えっていうわけじゃないのよ?例えば打ち直しやクリーニングもできるんだから」
「そっか、布団クリーニングね、でもウチの布団はホームセンターの安いやつだからきっとダメだよ、、、で、良い布団はいくらなの?」
「あ~、ホームセンターの布団かあ、じゃあこの際買い換えたほうか良いかもね」
「ん~、でも高いんでしょ?買い換えるとして、、、結局のところいくらなの?」
「え?きいちゃう?」
いやいや、そこで渋るのか。いったいユッキーは何をしに来たというのだ。私が促すとユッキーは上目遣いでつぶやいた。
「・・・40万・・・」
ヨンジュウマン!?なぜそんなものを月々4万5千円の賃貸アパートの住人に売りにきたのだ。色仕掛けか、そうなのか。私の怪しい目つきに気付いたのかユッキーは早口でまくし立てる。
「でも、一生モノなんだから!10年使うとして1年で4万円でしょ?1日たったの110円なのよ?1日1本缶コーヒー買うお金で買えるんだよ?」
私の経験上、布団と浄水器はなぜか1日換算で売りつけてくる。1日で割ったって高いものは高いのだ。ユッキーには悪いが、1日110円あったら間違いなく缶コーヒーを選ぶだろう。布団に全く興味を示さない私にユッキーは別の提案をする。
「とりあえずクリーニングしてみなよ、ぜんぜん変わるから!」
さっきホームセンターの布団じゃあ買い換えたほうが良いと言わなかったか?自分の発言に責任を持て。その後も1時間ほど押し問答をしただろうか、帰る様子のないユッキーに私が折れた。
「分かったよ。じゃあその布団見せてよ、でも買わないよ?」
「えっとお~、ユッキー今布団を持ってないの、明日持ってくるから、今くらいの時間なら居る?」
布団をもってないだと!?コイツは布団を売りにきたのではなかったか。思ったよりユッキーは厳しい戦いを強いられていたようだ、まったく同情はしないが。押し売り会社の新人教育プログラムに改善点を感じつつ明日の約束をする。
「じゃあ、明日また来るね!」
嬉しそうにユッキーは帰っていった。はあ、疲れた。この疲れはとうてい布団ではとれまい。明日、また同じ会話をしなければいけないのか、と考えていた私は甘かった。
翌日、チャイムの音にドアを開けると、そこに居たのは布団を抱えた見知らぬ男だった。
「あれ?ユッキーは?」
「ユッキー、、、ですか?」
「そう、ユッキーと約束してたんだけど」
「ええと、会社から言われて来たんですけど」
どこまでもポンコツな会社だ、なぜここで担当者を代えるのか。しかも引継ぎの連絡すら取れていないではないか。悪いがこちとらユッキー以外に用事は無い。
「あの、布団に興味ないんで、悪いんですけど帰ってもらえますか?」
慌てる担当者を切り捨て、強引に扉を閉める。良かった、怖いお兄さんじゃなくって。それにしてもユッキー、もしかして私に貞操の危機でも感じたか?失礼な。
それ以後、ユッキーの来訪は未だにない。ユッキー、待ってるよ?




