クワガタを拾う
2000年 自転車に乗っていた時のお話
ある日、自転車に乗っていた私は、ふと道のまん中に落っこっている黒い物体を見つけたのだった。
ちょっと待て、ンなもんが道端に落っこちていて良いのか?すぐさまブレーキをかけ、反転して目を凝らす。
「クワガタ?」
どう見てもそこにいたのは、体長7センチ程のノコギリクワガタだった。
そこは閑静な住宅街、いくら地方とはいえクワガタが住むには場違いな場所だった。シティボーイか。そういえば若干茶色が強く感じる。お洒落さんめ、色気づきやがって。しかも季節は6月上旬、クワガタの季節には早すぎる。クワガタは越冬するのだったか、だとしても、なにもこの寒空の下に出てくる事はないじゃないか。
だが、いくら非常識であっても、目の前にある圧倒的な現実の前では全くの無力だった。
アスファルトの真ん中にポテッと落ちているクワガタ。何て事だ!子供の頃どんなに探しても見つからなかったノコギリクワガタが、いまさらオメオメと道に落っこちているとは。お前には「ノコギリクワガタである事のプライド」というものがないのか。
とりあえず近くの木にくっつけてやる。本来ならクヌギが良いのだろうが、ここにあるのはどう見たって桜だ。まあ、誰かに踏まれないだけマシか。
ところがクワガタは足に全く力がなく、手を離したとたんに木から落っこちてしまった。寿命か?寒いからか?腹減ってんのか?とにかく死にそうなのでエサでもやろうと持ち帰ることにしたのだった。きっと誰かが店で買ったのを、間違って逃がしてしまったのだろう。だが、家に帰って気付いたが、私の家には虫カゴはおろかクワガタのエサすらもなかった。当たり前だ、仮にクワガタのエサを常備している者がいたらそいつは「マニア」と呼ばれる人種だ。
仕方がない。虫カゴがないので家の中で放し飼う事にする。エサとして砂糖水と家にあった唯一の果物であるキウイフルーツを与えてみる。キウイにかじりついたクワガタはすぐに力を取り戻したようだった。ひとまず安心だ。というかキウイ食べるのか。
翌日、仕事から家に帰るとキウイの乗った皿に奴の姿がない。ちょっと待て、居場所が分からないと踏んでしまいかねないではないか。踏んでしまうのならまだ良いが、ふとんの中に入った時に腹でも挟まれたらことだ。果たしてあのハサミはどれくらい強力なのだろうか。不安がよぎる。
指なんか挟みやすいのではないか、おそらく足の指のほうが痛いだろう。あるいは鼻は?唇は?耳たぶは?クワガタにとってどこが魅力的に見えるかわからないが、できるならば甘噛みで頼みたい。
決してMではない私が必死で探すと奴め、部屋の隅っこにあるギターアンプの下で、ホコリまみれになってうごめいているではないか。放っておいたら部屋中のほこりを吸い取ってくれる勢いだ。
クワガタの恩返しか?一宿一飯のお礼にお部屋のお掃除か?私のためを思うならおとなしくしていてほしかった。アンプの下でうごめくその後ろ姿たるやゴキブリとなんら変わりがなく、見つけた時に変な声を上げてしまったではないか。精神攻撃はやめろ!しかも日中常温で保存されていたキウイが、甘ったるい臭気を部屋一杯に巻き散らかしており、こんな状況では本物がやって来るのも時間の問題だ。
やつらを召喚する前に何とかしなければ。その後の事を考えながら眠りについたその夜。
「グうぇあァア~ン、バシッ!バシッ!!」
突然の爆音にビックリして目をさますと、奴がサッシの隙間に頭を突っ込んで、羽をばたつかせているではないか。
しまったぁぁぁぁっ!こいつら夜行性だった!これではおちおち眠れやしないではないか。むむう、もはや別居も近いな。
元気になったクワガタは、3日目の夜に近くの神社で自然に返した。
虫を飼う時には虫カゴは必須だ。
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