第七十一話 天上の星と天下の塵。
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――骨と皮の腕。
どこまでも広い子の真っ白い空間の中、一つだけポツンと佇む華やかな天蓋のベットの上。
その上にいる神が握りしめる手のひらの先に今、見えるものを言い表すならばそれだ。
神はその弱々しさを見ているだけでもう涙が浮かびそうになっている。
肩先位から先はぼやけていて見えないが、この腕の持ち主たる存在の事を思い浮かべると、自然と感情が揺れてしまう。
だが、正直に言えば、悲しみだけじゃない感情もある。
情けなくも、この腕に触れられることに喜びを感じてしまっている。
これまで一部始終を見てきた。
彼が紡いできた物語は全て。
彼と言う英雄が築き上げてきたものは、全て知っているつもりだ。
数多の言葉を交わしてきて、彼の良い所もたくさん分かっている。
……ただ、手を繋いだのはこれが初めてだった。
それをなんとなく意識してしまう私は、神と言えどもなんとあさましい事だろうか。
ほんと、馬鹿みたいだ。
彼は知らないのに。
この腕が本人のじゃないって言うのも分かっているのに。
神器とも呼べる剣達を治す為、その代償として世界に捧げられた神聖なものであるのに……。
こんな風に思ってはいけない……。
感じる筈のない、この彼の腕から伝わる温かさは、きっと錯覚でしかないとも分かっている……。
だが、今の神の感情は、とても複雑だ。
ポタポタと落ちる雫を、止める術が無い。
それを拭う為の両手は今ギュッと固く強く繋がって塞がっている。
悲しさと嬉しさがまじり合ったこの複雑な気持ち。
はぁ……と吐いた溜息の後には、この白い空間には似つかわしくない熱が籠もる。
「……タロウ君……君に初めて触ったけど、あまり手は大きくなかったんだね……」
どこまでも寂しい真っ白な空間で、そんな呟きだけが色をつける。
骨と皮しかないそんな腕を、神は反応が返って来て欲しそうに、強く握りしめた……。
☆☆☆
それは、どこまでも真っ黒いこの空間で起きたまさに青天の霹靂とも言える出来事であった。
闇に覆われた寂しく暗いこの空間。
三つの大きな灯だけしか存在しなかったこの場所で、突如として新たな光が生まれた。
その光はとても眩く、甘美な福音と共に地から天へと昇っていく。
当然、そんな光が突如生まれれば、この空間の灯の主たる三つの存在はその光へと意識を向けざるを得ない。彼らはその光に一様に驚き、喜び、そして、どこまでもなによりも羨望した。
一瞬、光が二本の腕の様な形に見えた気もするが、それよりも彼らは一目であの光が"扉"であると直感した。
あれは、"彼方と此方を繋ぐ光"であると。
まるで、夜空に掛かる流星のように儚くもあるが、その姿のなんと素晴らしき事だろうか。
三つの灯の主はそれを、地上で星を見上げる人が如く、願いを込めるように見つめた。
この暗く寂しい空間ではなく、我々は至上へと届きたいと、胸が張り裂けんばかりに叫んだ。
――すると、その願いに応えたのか定かではないが、この暗い空間の遥か天上には、夜空に瞬く一つ星の様な大きな光が残り、それと類するように天下にも、小さく弱々しい星が浮かんだ。
その二つの星は、まるで呼応し、見つめ合っているかのように、優しい光を灯し合っている。
……ただ、その二つの星を見つめる三つの灯の主の視線は、そんな優しさとは雲泥万天とも言えるほどに異なっていた。
その視線を言葉で表すとしたら、『渇望』が最も近いかもしれない。
憎く、愛しく、喜ばしく、悲しい。
砂漠で干からび、一杯の水を求めている状態で、蜃気楼の先に揺れるオアシスのを見いだしているかの様に、三つの灯はその光を狂おしく求めずにはいられなくなった。
だが、あれらは此処にあって此処にはない光である。
三つの灯が直接この場所からでは接触できるものではない。
口惜しい、口惜しい、口惜しい。
そんな声にならない声が聞こえるようだった。
遥か天上には、未だ届かない。
――だが、それに"至る為の扉"の片割れは、"天下"に確認する事ができた。
天上のものと違って、あれならばまだ策はある。
そして、あの小さく弱々しい光を切欠にすれば、あの偉大なる天上へと至れるかもしれない。
二つの星の稚拙な繋がりは小さな小さな綻びにしか見えない。
だが、それが今はなによりも価値のある宝に見えた。
砂漠で一粒の砂を見つけるのは大変であるが、夜闇の中でその砂が眩く光輝いていれば話は違う……。
【【【――アレを、必ず手に入れなければ……】】】
響く筈のない音が、衝撃となってこの空間に満ちた。
三つの灯にとって共通の思惑であるその想いは、いずれその衝撃と共に、まるで神託となって地上へと響くであろう。
その狂気と共に……。
☆☆☆
戦争の火種は、大概が誰かの愚かしさから始まる。
許したくない、許せないと言う身勝手な激情がその炎を灯すのだ。
だが、一度火がついてしまった後の勢いはもう止める事など出来ない。
数多を巻き込み、その勢いはどんどん苛烈に猛々しく燃え広がる。
ああ、誰が言っただろうか。
『武器』など、この世から消えてしまえば良いのにと――。
ああ、誰もが思っただろうか。
戦争なんか嫌いだ。敵など、全て死んでしまえと――。
命の尊さを叫びながら、他者を殺さなければ生きられぬ哀れな生き物達。
数多の思惑を糧に、鍍金で着飾り、陳腐な正義を振り翳して、人は戦いへと赴いていく……。
☆☆☆
――連合の『黒聖騎士団』が、帝国へと進軍を開始した――。
その報せは、連合と帝国、双方にとって寝耳に水の一大事であった。
水面下で密かに計画を立てていたことは両者共に否めないが、動き出すのはハッキリ言って今ではなかった。『いつやるの?』と聞かれても、安直に『今でしょ!!』とは即答できないし行動する訳もない。
"普通"であれば誰もがそうしただろう。
だが、今回は何かが違った。
まるで何かに導かれるかのように、狂気が走り始めていたのだ……。
当初、進軍の報せを聞いた者達の中で――血の気の多い連合『サンアシモロ』において"穏健派"の一派として知られる――"狐人族"のその憤慨たるや計り知れないものがあった。
とある一室では今、既に激おこプンプンしてしまった者達と、久しぶりにキレちまって今すぐでも屋上へと向かいかねない者達の激しい議論が繰り広げられている。
「これだからあの騎士団長は早く更迭すべきだとっ」
「今更そんなことを言ってもいられないだろうっ!!」
「過激派の最たる"犬人族"は早速動き出したそうだ」
「騎士団長は"狼人族"の直系であったな」
「それにしても未だ御子様達が行方不明であるにも関わらず、なぜこんな――」
「帝国南部は緊張状態だと聞く、下手をすればこのまま本格的に開戦なんてことにも――」
「まず騎士団へと伝令を急げっ!!……ん、なんだ?――なにっ!!猫人族も動きだしただとっ!!」
「ええいっ!各氏族へ向けても更に伝令を走らせろっ!!このままではいかん!いかんぞっ!!」
狐人族の中でも家格の高い者達が集まり、熱の籠った議論が交わされ、一心に対策が話し合われる。
……だが、そんな彼らの努力も水泡へ帰すような報告が、激しい扉の開放音と共に幾つも齎された。
――ドンッ!!
「緊急っ!帝国との国境において、"御子奪還"を名目に、『黒聖騎士団』が制止を求めた帝国の国境軍を苛烈に撃破!!帝国南部の都市『トルペジテ』へと向かって更なる進軍を開始したもよう!!繰り返します――」
「犬人族より伝令っ!『黒き血に導かれし氏族を率い、此度の戦に参戦す。臆病風に吹かれたならば、狐人族においては手出し無用』と――」
「猫人族よりも伝令っ!『黒き血の求めに応じる。御子の奪還に参戦す』と――」
「鳥人族より伝令っ!『黒き血の求めに応じ――」
それら次々と齎される報せはどれも戦の拡大を告げるものばかりであり、狐人族の面々は絶句し、議論は更なる熱を帯びていくのであった……。
☆☆☆
――だが、そんな大層な事が起き始めているとは露とも知らない『目覚めを待つ者』の面々は、ゆるゆる~んとした日常に戻っていた。
腕を捧げてしまった筈のジークですら、捧げる前となんら変わらない表情で過ごしている。
日常生活で多少なりとも不便さが増えたのは本人も認める所だが、成長したわちゃわちゃ達の甲斐甲斐しいお世話もあって、今はもう実に平和なものである。
わちゃわちゃ達も今までと違ってジークのお世話が出来る事にある種の喜びを見出したらしい。
正直な話、腕に関してはいつこうなってもおかしくないと言う予感がジークにはあった。
それは、きっとジークがタロウであった時の残滓なのかもしれない。
タロウがかつて聖剣と魔剣を扱っていた時も、剣達の損傷は幾度となく起きた。
剣が内包する力が凄まじい事による反動や、強大な敵を討つ為の疲労等、様々な理由でその度に剣達は痛み、そしてその度にタロウは何度も自分の魔力を使って剣達の修復を行なってきたのだ。
この世に生み出されたもので、壊れないものなど存在しない。
一般的に不壊であると知られているダンジョンの壁であっても、より強大なものには敵わなかった様に、わちゃわちゃ達でさえも不死ではない。それを支える者が必要なのだ。
だから、今回の事を、ジークは望むべくしてなったものであると納得している。
……それに、こうなったことで、嬉しいと思う自分がいた。
上手く言葉にすることが出来ないものの、今の状態が不思議と心地良いのだ。
動かなくなった自分の腕を見て、何故か微笑んでしまう自分をおかしくは思う。
だが、そこにある筈のない熱を感じるだけで、鼓動は少しだけ高鳴り、速まっていく……。
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