第三十七話 夢の世界と瞑ったままの女の子
『暇潰したい神さま。』にアクセス頂きまして、ありがとうございます。
前回と今回は少し足りない部分の説明回みたいな感じです。
今回は時系列的に、少し前に戻り、ジークが【エリクサー】を飲むまでの間の小話になります。
次回から、また本筋を進めていく予定です。
良かったら今日も暇潰しにお使いください。どうぞ――。
★★★
――少し前のお話。
見渡す限り、一面の"白"。どこまで行っても何もない。ひたすらの"白"。
地は一応あるみたいだけど、天は――あまりに遠く感じて、そこにあるのかすらわからない。
ジークは、何度目になるか分からないこの"夢"の中に、今日も来れたのだと感じた。
来れた喜びに口元を緩め、ワクワクした気持ちを抑えきれずに、いつもの様にジークは飛んで行く。
――ここに最初に来たのはいつの事だったっけ。確かカナルが奴隷として仲間になる前だった気がする。
ジークは真っ白い空間をひたすら飛びつつ、この場所の事を思う。
最初、ここに来た時から自分は、何かを探していた。それが何かは自分でも分からないが、そうすることが使命であるかのように感じ、何かに出会わなければいけないと感じた。
でも、ここはひたすら広くそしてなにもない。目印も何もないまま進むので、自分が本当に進んでいるのかすら次第に怪しくなってしまう。
それに、ここの夢には毎回来れるわけじゃない。そして来れたとしても、ここが前回の続きなのかすら分からないので、尚更に自分がどこを飛んでいるのか分からなくなる。
だがもし時間がもっとあるなら、ずっとこの場所に留まり、探し続けていたいと願っていた。
――そうしたら、その願いが叶っただろうか。ある時、いつもなら夢から目覚めてもおかしくない時間が経過したのに、目が覚めなくなった。この場所に居続けることが出来たのだ。
ジークはそれを凄く喜んだ。これでもしかしたら探しものが見つかるかもしれないと思ったから。でも、その時の彼は、現実の自分がどんな状態であるかなど、考える事すらなかった。――この夢の中にいると、現実の事が希薄になってしまうのである。
そして、ジークはそのまま真っ白い世界を飛び続けた。本当に進んでいるのかはあやふやになりながらも、自分の心の求めるまま、自分の直感のみを信じて、世界の果ての果てまで飛んだ。
――そして、その果てで彼はついに見つけた。
どこまでも真っ白なその空間に、ポツンと存在する"天蓋付きの大きなベット"。
この空間になぜこんなものがあるのかと、少し"違和感"を感じながら、彼はそのベットへと近づいて行く……。
――すると、そのベットの真ん中には、この世のものとは思えない程に美しい、全身が真っ白い女の子が"目を瞑り"、膝を抱えたような状態で座っていた。
「きれいだ……」
その子を見て、ジークは自然とそう口に出していた。それ以外の言葉は蛇足にしか感じない程に素直な気持ちだった。
ジークは時が止まったかのように痺れた。永遠に見続けていたいとさえ思う。
だが、そもそも相手はまだこちらには気づいても無い。それならば先ず、挨拶をするべきだろうとジークは思い直した。
「あー。あの!こんにちは!僕はジークと申しま――!!」
――しかし、ジークのその声は、何かに弾かれた様に霧散した。
そして、それを正しいと示すかのように、ジークの声はその女の子へと全く届いていない。
女の子は依然として目を瞑ったままであるが、身体が時々楽しそうに左右に揺れているから、眠ってはいないようだ。
ジークは声を弾いたその原因へと手をのばし、そして理解した。
こちらから先、ベットの外周を境目にして、向こうには"何もない"。幻の様に何にも触れなかった。
……いや、見えているのだから、"何もない"は正確ではないかもしれない。もちろん幻術などでもない。
――言うなれば、アニメを書くときの"セル"、または画像処理ソフトを扱う時の"レイヤー"の違いみたいな。階層構造の差。もっと言うなら"次元"が違うのだと感じた。
ベットから先は、異なる次元が広がっている。何故か姿だけはこちらからも見れる。
ただ次元が違えば、空間的な広さだけじゃなく、もしかしたら時間の流れなども異なるかもしれない。
何故ジークにそんな事が分かったのか、そこに理由はない。全てはなんとなくだ。
見えてはいるのに、決して届かない存在なのだと本能が理解した。高嶺の花(物理)である。
たった1m程先に彼女がいるのに、声すら届かない。のばした手は虚空を掻くだけ。
ジークは、少しだけしょんぼりした……。
そして彼女は目を瞑って、なにかに集中しているようで、こっちに気づく気配すらない。
しょんぼり気味なジークとは違って、とても楽しそうに何かを観戦している感じだ。
その手は応援に力が入っているのか。ぎゅっと強く握りしめられていて、時々その口からは独り言が漏れ聞こえる。
【あ、ダメ、ダメだって、その人悪いこと考えてるから、騙されちゃうよぉ……あぁぁ、やっぱりぃぃ】とか。
【その魔物は脇腹弱いの!脇腹!いけっ!躱して潜り込んでっ!おっ!そうそう!おおおおおおー!た、倒したよ!そんな大きい木の棒なんか持って、良く戦ったよぉ】とか。
【あぁー。また泣いちゃってる。……"タロウ"君めぇ。早く起きないから、君の可愛い子達が毎日枕を濡らしてるぞ】とか。
どうやら向こうからの音は届くらしく、ジークはその漏れ聞こえてくる独り言に耳を澄ました。
彼女の声はとても優しさに満ち、ジークの心はそれだけで癒されていく。しょんぼりしていた心も、簡単に元気になった。
――だが、気になるのは彼女の独り言の中で、何度も口にされる名前があった事だ。
どうやらその人は"タロウ"さんと言うらしい……。
……何故だろう。ジークはその名を聞く度に、なんか嫉妬の様なものが心の奥底からフツフツと渦巻いてくるのを感じた。――べ、別に焼きもちを焼いてるわけじゃないんだからね。もし、そのタロウさんが目の前で寝ていたら、"幻の小石君三号"『命名:オコスナァ・シヌホードゥ・ツカレテルゥゥ!!』を投擲するのも吝かではないってだけなんだから。
ジークは、そんな事を考えつつも、ベットの傍に腰を落とし、しばらくの間はその独り言を聞きながら過ごした。その子の声援を聞きながら、のんびりするのは心地が良く、このどこまでも真っ白い空間を寂しく感じる者もいるだろうが、ジークには"穏やか"そのものであり、この場所が凄く好きになっていた。
――しかしそれは、現実を忘れさせるこの場所の"罠"でもある事を、ジークはまだ知らない。良くも悪くもこの場所は特殊であり、人間が長居する事など出来ない場所なのである。その内に意識が希薄になり、この場所に完全に取り込まれてしまえば、二度と夢から戻ることは出来ない。実は恐ろしい場所でもある。
ジークの意識はまだはっきりとしているものの、既に結構な時間この場所に留まっているので、危険な状態が少しづつ見られた。ここで消える事すら幸せだと感じ始めてしまったら、終わりが近い証拠だ。ジークは既に彼女の声に癒されて、この場所にずっと居たいと思い始めている。それは自我の消失の初期症状とも言えるものだ。
――だがそんな心配を塗り潰すかのように、急に強い異変を感じた。ここにいると自分の事が良く分からなくなってしまうにも関わらず、自分の身体の中に意識が強く向いたのだ。厳密にいうなら、強い熱を自分の胃の辺りに感じた。これは何かが自分の中に流れ込んでいるのだと思った。
その時になって、ようやくジークは正気に戻り、自分の事をしっかりと考える事が出来た。大切な存在を強く思い出したのと同時に、わちゃわちゃ達が泣いている気がして……す、直ぐに戻らなきゃ!と思った。
――そう考えた瞬間。急に身体が薄くなり始めて、この夢が終わりを迎えようとしているのだと分かった。
ジークは自分が帰る間際まで彼女を見詰め、「また会いに来ます」と勝手な約束もした。向こうは気づいてすらいないと言うのに……。
彼女を見つけられて、声を聞けた。それだけで今は十分だと思った。
次は彼女に自分の声を届けて、会話ができるようになれればと思う。
どうすればいいかなんて今は分からないが、いずれは――。
と考えている途中で、ジークは光の粒の様になって消え去り、意識は現実へと戻って行った。
……そして、ジークは目覚める。辺りは黒くて広いダンジョンの一室であるが、目の前にはわちゃわちゃ達やウォーベット、カナル、それにアークもいる。みんな少し変わってしまっているけど、一目で分かった。そして、みんなのおかげで"戻って来れた"のだと素直に感じていた。
ずっと夢を見ていたんだ。とても楽しい夢を。そして、何かを見つけた気がするのだ――。
――だが、夢での記憶は、いくら頑張って思い出そうとしても、思い出すことが出来なかった。何を喜んでいるのかすら思い出せない。大事な部分の思い出はなにも持って帰ってこれなかったのだ。
少し残念だが、でも今はそれでもいいとも思うことにした。
きっと次にまた夢を見る事があれば、思い出せる気がするから――。
夢の事も大事に思えたけど、目の前の仲間達の事もジークにはとても大切なのだ。みんなずっと待っててくれたらしい。色んな場所を冒険して、遂にここまで来たのだと語ってくれた。ジークを治すために、"伝説の霊薬"と呼ばれる一品【エリクサー】を手に入れてくれたのだとか。
……もう、そんなこと言われたら目頭が熱くなってしまうじゃないか。ウルウルポタポタ来ているジークより、周りの方がダバーーーっと号泣していたのが尚更嬉しかった。みんな、本当にありがとね。
その後、正式に冒険者パーティを組むことになって、カナルの案で『目覚めを待つ者』と言う名前に決まった時に、ジークの頭には一瞬だけ、"目を瞑ったままの女の子"のイメージが過った。
それはとてもあやふやなものではあったが、一つ、とある思いがジークに深く残った。
あの日の夢はもうほとんど忘れてしまったが、それだけはなんとなく確信を得たのだ。
僕は彼女の、"目覚めを待つ者"なのだと――。
★★★
またのお越しをお待ちしております。




