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精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
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36 レイラ・グランデ

 

「ねえ、聞いた?グランデ家の落ちこぼれちゃん、またやらかしたそうよ」


 聖愛騎士団の訓練場から寮へと向かっていた途中でふと耳に入った自分の家名に、レイラは足を止めた。

 通常の訓練からさらに自主鍛錬を行ったレイラは疲労していたが、思わず廊下の影に隠れて息を潜めてしまう。彼女らの会話を盗み聞きするつもりはなかったが、自分のことが話されているとなれば、いまさら何食わぬ顔で彼女らの横を通り過ぎることなどできなかった。


「そうそう、訓練場の壁が崩れているのを見たわ。精霊魔法の暴走だって。確かに威力はあるけれど、制御できないなら宝の持ち腐れよね」

「フェリシア様もお可哀そう、いつも出来損ないの妹の後始末をさせられているのよ。今回だって、土属性の子にわざわざ頭を下げられて、壁の修復を依頼していらしたわ」


 遠慮のない彼女らの言葉に、レイラは不甲斐なさと悔しさで顔を歪める。

 グランデ家は、代々優れた精霊魔法の使い手を輩出することで有名な家系だ。子爵家ではあるが魔の森の防衛線であるブレイン辺境伯爵に仕え、一族全員が王都騎士団ないしブレイン辺境伯領での戦力として活躍している。


 グランデ家の次女として生まれ育ったレイラもまた、契約した水の精霊から与えられた精霊魔法の威力が強く、一族から期待を向けられていた、はずだった。

 双子の姉であるフェリシアが、火の精霊魔法使いとして目を見張るほどの鬼才ぶりを発揮しさえしなければ。


 レイラとフェリシアが精霊と契約したのは同時期だったが、その実力はあっという間に引き離されていった。

 レイラの放った精霊魔法が的に中ったと喜べば、その隣でフェリシアはつまらなそうな顔で的の中心を射抜き。

 全力で放った精霊魔法が的にした大木を削ったときには、後からやってきたフェリシアはその大木をいとも容易く木っ端みじんにした。


 制御力でも威力でも、なにをやってもレイラは双子の姉に叶わない。けれど、双子であるフェリシアとレイラは共に行動せざるをえず、その結果としてレイラは優秀過ぎる双子の姉と比べられ続けてきた。

 精霊魔法に加えて武術を修めるようになったときにも、フェリシアは驚異的な身体能力で周りの大人を圧倒していた。その傍らで、レイラは「同年代よりも少しは筋が良い」程度でしかなく。

 成長するにつれ、二人の実力の幅は広がる一方だった。

 レイラがどれだけ努力しても、フェリシアには遠く及ばない。レイラが血反吐を吐く思いで研鑽する横で、フェリシアは涼しい顔をしながら二歩も三歩も先を行く。


 フェリシアとともに聖愛騎士団員として登用されてからも、フェリシアの強さは群を抜いており、瞬く間に部隊長にまで昇進してしまった。


「……昔は、もっと上手にできたのに」


 彼女らが立ち去っていく気配を感じながら、視線を落としたレイラは小さく呟く。

 精霊魔法を修め始めたころは、精霊魔法を制御することなど何の問題もなかった。だが、時が経つにつれてレイラは精霊魔法を上手く操ることができなくなっていた。


 レイラの水の精霊魔法は、威力という点においてのみ言えば、聖愛騎士団でも上位に入る。だが、制御力に欠けた精霊魔法は事あるごとに施設を破壊し、地位ある姉が後始末に追われるという出来事は、何も今回が初めてではない。


 女性の騎士だけで構成された聖愛騎士団には優れた精霊魔法の使い手が集まっており、守護騎士団とともに街の治安維持や警護の任務が回ってくることもあるが、魔物との闘いも任務に含まれている。だが、王立討伐騎士団のように高ランクの魔物を相手取り魔の森の深層部での討伐作戦を行うのではなく、魔の森の麓部分でC級程度までの魔物を掃討するのが聖愛騎士団の職務である。


 常時にそれを行えば冒険者らの仕事を奪うことに他ならないが、低ランクの魔物が大量発生すると、冒険者らは途端に身を引く。駆け出しの冒険者にとって大量の魔物を相手にするのは危険が大きいが、かといって、熟練の冒険者は金にならない低ランクの魔物など眼中にないからだ。こういった場合に、国が手を貸すのが最善の手段なのである。

稀に、各部隊からの精鋭騎士による少数編成で危険度の高い魔物の討伐任務を受けることもあるが、あくまでも特例に過ぎない。


 大型の魔物と戦う機会の多い王立討伐騎士団でなら、制御力に乏しいレイラの精霊魔法にもあるいは活用法を見いだせたかもしれない。だが、規律と気品を重んじる聖愛騎士団にとって、レイラはただの厄介者でしかなかった。同僚の聖愛騎士たちからは「グランデ家の落ちこぼれ」と蔑まされ、姉のフェリシアからは呆れた視線を送られるばかりだ。

 グランデ家という強力な後ろ盾があるおかげで、除籍や謹慎等の処分を受けたことはない。だが、自分が聖愛騎士団で一番使い物にならない存在であることは紛れもない事実だ。


 これ以上迷惑をかけまいと、通常任務と訓練が終わった後にも一人訓練場に残って鍛錬に励んでいる。けれど、どうにもならないのだ。精霊魔法の操作もままならず、剣術はフェリシアに遠く及ばない。


 この状態が続くようなら、グランデ家から見限られるのも時間の問題だ。

 聖愛騎士団への入団を希望したのはレイラ自身だが、グランデ家は、何もレイラに期待してそれを許可したわけではない。

 そもそも、興味がないのだ。

 一族の中でも突出した異才を持つフェリシアは、グランデ家の威信をかけた最高の教育が施された。

 だが、レイラはある時を境に、フェリシアとともに行動することが無くなっていた。「金と時間をかけるだけの価値がない」と判断されたためだ。だから、そのレイラがどこで何をしようとグランデ家は気に留めないが、それはレイラが毒にも薬にもならないからに他ならない。

 レイラがグランデ家に不利益を与える存在だと判断されれば、きっと容赦なく切り捨てるはずだ。


(グランデ家の落ちこぼれ、出来損ないの妹、か)


 自分はいったい、何のために聖愛騎士団へ入団したのだろう。そして、何のために在籍し続けているのだろうか。ただでさえ多忙なフェリシアの負担を増やしてまで、自分は何がしたいのか。


 近ごろは、そればかり考えていた。そして、結論が出ないまま時間だけが過ぎていく。


(……帰ろう)


 身を潜めているうちに日が暮れてしまった。

 彼女らの言葉が頭から離れないが、今日の疲れを明日に持ち越すわけにはいかない。はやく寮の自室に戻って休みたかった。


レイラの物語が、フェイのこれからに繋がります。

レイラ編をあと1話、8日の夕方に更新させていただきます。

ー備考ー

王立魔導騎士団(特徴:魔物討伐)

聖愛騎士団(特徴:女性騎士のみ)

守護騎士団(特徴:護衛、治安維持)

エレメンタル・オーダー(特徴:精霊魔法の研究)

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