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第十三団が王都アーバンに到着してから、三日が過ぎていた。
S級ヒュドラを討伐したという一件に関して、それを聞いたウィルノ・コリンズは慌てて箝口令を敷いたが、既に手遅れだった。第十三団の帰還を迎え入れた騎士らによって、彼らの功績は瞬く間に騎士団を駆け巡ることになる。
「此度の功労に対し、貴殿らへ顕彰式の打診が来ております。喜ばしい事ですな!」
ノックと共に現れたのは、討伐騎士団総会からの使者だった。
それを出迎えたニケルは立っているが、それ以外の四人は態度を変えることなく好き勝手に寛いだままだ。
三人掛けのソファーを陣取り寝そべっていたレナードは、機嫌の悪い態度を隠すことなく顔を顰める。
「顕彰式?俺はそんなもん出ねえぞ」
レナードのぼやきは無視して、ニケルは使者へと向き直った。
「ちなみに、言い出したのは誰です?」
「コリンズ卿ですぞ。あのお方は、貴殿らの実力を誰よりも理解しておられた。さぞ鼻が高いことでしょう」
しかし使者が口にした名前に、ニケルまでも一瞬だけ表情を歪める。眼鏡を押し上げながらそれを誤魔化すと、意見を求めるように他の三人へ視線を投げかけた。
「時間の無駄だよね」
「誰が好きこのんで晒し者になるか、ってな」
ルークとセオは手元の本から視線を離さないまま辛辣な言葉を返す。ノエルだけは顔を上げ、静かに首を横に振った。
「満場一致ですね。使者殿、我々には公の場で祝われるような価値はありません。残念ですが、辞退させていただきますね。その旨を記すので、少々お待ちください」
「は?」
事態に付いていけない使者は、入り口で立ち尽くす。
ニケルが手早く書き上げた文書には、『自分たちは慎ましく活動している身であり、表舞台に立つという身の程を知らない真似はできない』など、顕彰式を断る理由を角が立たないように述べていた。
それを呆然としている使者に手渡すと、ニケルは、もう用はないとばかりに扉を閉める。
「アレが言い出したことなど、とても信用できませんからね」
理由をつけて第十三団を解散させよう画策していたウィルノ・コリンズ侯爵にとって、S級ヒュドラの討伐を成し遂げてしまったのは想定外だろう。だからこそ、ウィルノが提案したという顕彰式にも、何か裏があるに違いないと疑ってしまうのも仕方のないことだった。
何よりも、一個団を表彰する勲章式を、ただの団長であるウィルノ・コリンズが主催すること自体がおかしいのだ。
目覚ましい活躍をした自団の騎士を表彰するのならともかく、ウィルノに第十三団に勲章を贈る権限はない。それをできるのは、いま国を発っているサザン総長だけだ。
「ひとまず、総長がご帰還されるのを待った方がいいと思うよ」
サザンの不在時に、まるで自分が総長であるかのように振舞うウィルノの態度に苛立ちを覚えつつ、彼らは冷静なルークの一言に同意した。
サザンが国を発ってから二週間近く。アーシブル王国を象徴する王立討伐騎士団の総長ということで、ハウゼント王国の式典に招待されたという。だが、真意は別にあると彼らは考えている。そして、それはウィルノ・コリンズに関するということも予想していた。
「フェイのやつ、今頃何してんのかなぁ」
レナードがぽつりと呟く。
フェイと別れて王都に帰還するまでに三日、それからさらに三日が経っていた。
(一度ギルドの拠点に戻ってから王都に来るって言ってたよね。空を飛べるハヤテなら、もう王都に着いてるかもね)
「じゃあ、何で俺たちを訪ねてこねえんだよ」
ノエルにそう言い返したところで、思い当たる節があったのかレナードはむすっと口を閉じた。
視線を他の四人に向ければ、困ったように笑う。考えていることはレナードと同じようだった。
フェイはきっと、用事がない限り王立討伐騎士団には来ない。次に彼らの前に現れるとしたら、サザン総長が帰還した時だろう。
ヒュドラ討伐任務の間に、フェイと彼らの間にあった壁はほとんどなくなった。あれほど全てを拒絶していたフェイが、その強さの源を曝け出してくれたのだ。
そして、彼女の変化は結果として、第十三団の五人にとって多大な影響を与えた。
即位とともにギルバートが退団して以降、他の団に移籍することで団員は減っていき、気が付けば、残ったのは他に居場所がないこの五人だけだった。討伐騎士団として完全に孤立してしまった彼らは、唯一の居場所を守るためにひたすら功績を上げるしかなく、誰もが必死だった。
仲間を大切に思っていても、その仲間が悩み苦しんでいても、彼らにはそれを受け止めるだけの余裕はなく。表面上は取り繕っていても、その実は崩壊ぎりぎりのところを持ち堪えている状態だったのだ。
セオは、魔物と戦えない無能と蔑まれた過去に囚われ。
ノエルは、声が出ない欠陥を精霊魔法で補いつつも、どこか自信がなく。
ルークは、精霊名を知らないことが傷となり、どこか投げやりな人生を送り。
団を纏めているニケルや能天気に見えるレナードでさえ、時が経つにつれ危うい立場に追い込まれていく第十三団を守り切れず、他団から圧力をかけられる日々に辟易としていた。国王ギルバートの覚えが良いにも拘わらず強い後ろ盾を持たない第十三団は、貴族派の騎士たちからすれば恰好の餌食だったのだ。
そんな彼らの前に現れたのが、フェイ・コンバーテという冒険者だった。世間と隔たりをもって生活していたフェイは良くも悪くも常識知らずだったが、その彼女のおかげで、騎士として燻っていた彼らは光明を見いだした。彼女の言葉は、これまで彼らに影を落としてきた過去を軽く覆すだけの力があったのだ。
フェイは、それを意識していたわけではないだろう。なぜなら、フェイ自身も人との間に高い壁を築き、拒絶していたのだから。
だからこそ、政治とは切り離せない討伐騎士団を嫌っていた彼女が、彼らとの関係を終わらせたくないと願ったことは得難い幸せだった。
対等な存在として認め、失いたくないと言ってくれた冒険者。
もう一度会えるその日を、彼らは心待ちにしていた。
この度は、「精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~」をお読みいただき、ありがとうございます。しばらく連載をストップしてしまいましたが、本日より更新を再開させていだだきます!
これからタイトル回収に走りますので、どうぞお付き合いください……
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詳しくは、活動報告をご覧ください<m(__)m>




