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「そういや、最近あいつらを見ねえな」
訓練を終えて一息ついていた第四団所属の騎士は、額の汗を拭いながら訓練場の一角に目をやる。
そこは、第十三団の連中がよく使っていた場所だった。他と違って設備の損傷が著しいので、否応にも目がつく。壁は焼け焦げ、ところどころ亀裂が走っている。地面にはクレーター状の穴がいくつもあり、修繕待ちの状態だ。彼らが訓練場を破壊するのはいつものことで、それを気にする者はいない。
精霊魔法を操ることを想定してある訓練場は、強固な造りになっているはずだった。精霊魔法の流れ弾が壁に当たるのは良くあることで、この黒焦げた壁も同様の理由でついたものだ。だが、普通はこうも激しく損傷したりしない。
『格の違い』
ひとつの団が二百人程度で構成されているのに対して、第十三団はたったの五人しかいない。それにも関わらず、第十三団に与えられる任務はひとつの団に相当する。彼らだけで、二百人分の戦力に値すると評価されているのだ。
数々の高ランクの魔物を討伐した第十三団の実績は顕著で、彼らの実力を疑う者はいない。しかしながら、彼らだけが上層部に目をかけられているようで、それが気に食わないと感じる者も少なからずいる。
第十三団を設立したギルバート王の後ろ盾があることも、そう感じる要因の一つだった。また、ギルバート王と敵対する貴族派は彼らを快く思っていない。
「なんだ、知らないのか?ヒュドラ討伐任務に就いてるって噂だぜ」
「討伐なわけがないだろ、ヒュドラって言いやあS級だ。ただの偵察だよ、偵察。奥地にいるらしいから、小回りが効く奴らに任務が回ってきたんだ」
「それにしても、五人でS級は無理だろう」
「せいぜい失敗すればいいさ。あの自惚れ屋たちも、自分たちの限界を思い知るべきだ」
訓練に一区切りをつけた騎士たちが、次々と集まってくる。
第三団は、王立討伐騎士団において強い発言力を持っていたトラヴィス・メイラーが率いていただけあって貴族派がほとんどの割合を占めていたが、ドラゴン戦に特化している第四団は実力主義的思考が強い。
それにより、第十三団を頭ごなしに否定はしないが、好ましく思ってもいなかった。
なにせ第十三団の連中は実力こそ確かだが、他の騎士に対する人当たりは良くない。彼らは決して打ち解けようとしないし、突き放したような態度をとることも日常茶飯事である。プライドが高い討伐騎士たちは、それに反感を抱くのだった。
「噂じゃあ、この任務を後押ししたのがコリンズ侯爵っていうじゃないか。何にせよ、第十三団は潰されるんだよ」
トラヴィス・メイラー公爵が殉職したことで王立討伐騎士団の均衡が崩れるかと思われたが、ウィルノ・コリンズ侯爵がその後を上手く引き継いだことで、危惧していたような混乱は起こらなかった。
しかしながら第三団の崩壊は免れず、生き残った一番から四番隊の何人かは郊外の病院に収容されているというが生死は公にされていない。総司令部に待機していた五番から七番隊の三部隊は、状況を持て余したように訓練に身が入っていないようだった。
コリンズ侯爵は、この事態を立て直すという名目で討伐騎士団の方針に口を出しているというが、サザン総長とララサム副総長がどれだけ食い止められるかによって討伐騎士団の行く末は変わってくる。
「コリンズ侯爵に付いた方がいいと思うか?」
ひとりの騎士が、ぽつりと呟いた。
第十三団の処遇に関してコリンズ侯爵の意見が通ったということはつまり、彼の力がそれだけ強まっているということに他ならない。
口には出さなかったが、この騎士のように考える者も現れつつあった。
「……」
それぞれ思うことがあるのか、無言が続く。
そんなとき、バタバタと廊下を掛ける音とともに第四団の騎士が転がり込んできた。
「お前ら、聞いたか!十三団が帰って来たってよ!」
集まっていた彼らは勢いよく顔を見合わせると、再び駆け出した騎士の後を追いかける。
正門についた頃には既に人だかりができていて、門が開くのを今か今かと待ち構えていた。四団団長オーランドと副団長レーン、副総長ララサムの姿もあった。
フェレスとオルデュールでは討伐任務から凱旋した団をこうやって迎え入れるが、王都から出撃するのは緊急事態時か第十三団の任務くらいなので、珍しい光景だった。
通常は二部隊以上で編成され、重厚な装備を身にまとった騎士たちは隊列を組んで街を通り過ぎる。国民にとってそれは『英雄たちの行進』として一種の催し物のように騒がれるが、第十三団の場合に人々の反応はない。
門が開いた先には、馬を引いて敷地内へ歩いてくる五人がいた。装備に損傷はなく、偵察任務説が正しかったのだと見受けられる。
もし、これが偵察だけであったり失敗であったりしたなら、彼らはその奮闘を労われてその場を立ち去る。何かしら成果があるなら、その魔物の討伐証明部位と破壊された魔結晶石をこの場で提示するのだ。その瞬間が、騎士たちの楽しみでもあった。
討伐騎士団の任務において、特定の魔物を狙うこともあれば襲い掛かってくる危険度の高い魔物を無作為に討伐することもある。魔の森では何が起こるか分からない。任務は総合的に評価されるが、目撃情報があった場合は、やはりその魔物を優先的に討伐することが求められる。
膨らんだ麻袋が馬に括りつけられていることから、何かの魔物を討伐したことが窺えた。
「第十三団五名、ただ今帰還いたしました」
五人は、迎え入れたララサムに礼をする。
ララサムが労いの言葉を掛けている間に、赤髪の騎士がいそいそと馬から荷物を外す。二つの袋を置いたレナードは、続けて中身を取り出した。
「なっ」
「これはっ!」
ことり、と音を立てて晒された二つの魔結晶石に、騎士たちは言葉を失った。オーランドとレーンが辛うじて驚愕の声を上げる。
それは明らかにA級であるものと、目にしたためしがないほど巨大な魔結晶石だった。
それが何の魔物なのか直ぐには判断できず、騎士らは当人が口を開くのを待つしかない。静寂に満ちたなか、二つの魔結晶石の隣に置かれた討伐証明部位を見て目を見開いた。
「これは、まさか……A級キュクロプスか?」
一見すると白いボールのようだが、それは巨人型の魔物の目玉だった。巨人型の魔物は目玉で種類を特定できる性質があり、これがキュクロプスのものであると気が付いたオーランドは恐る恐る問いかける。
「はい、クービック辺境伯領ファブルから第二十二安全地帯に向かう途中に遭遇し、セオ・マイヤーズを中心として討伐しました」
平然と答えたニケル・カーマーに、オーランドの口元が引き攣る。
キュクロプスはA級の中でも特に討伐が困難とされ、手痛い目に遭った討伐騎士が数多くいる。
巨人型の魔物は総じて動きが鈍いため、重量のある攻撃を食らわなければどうということはない。しかしながら、キュクロプスだけは特別で、その巨体でありながら身体能力は驚異的だ。馬ですら逃げきれずに、命を散らした騎士もいる。それに加えて、精霊魔法による攻撃を見切って躱す反応速度を兼ね備えているのだ。
「それで、こちらの魔結晶石は?」
A級キュクロプスよりもはるかに大きい魔結晶石を、ララサムは指した。
A級よりも大きいとなれば、それはもはやS級しか考えられない。騎士らは、これが何の魔物の魔結晶石なのか薄々勘付いていたが、ニケルが肯定の言葉を口にするのを、固唾を呑んで待った。
「当初の任務に従い、S級ヒュドラの討伐を確認しました」
「そうか」
簡潔なララサムの一言に、騎士らは「えっ、それだけ?」と全力で突っ込みを入れたくなった。
そうか、で済む話ではないことは、魔物と近い立場にある彼らが一番分かっていた。A級とS級を五人で討伐するなど、正気の沙汰ではない。
誰も成功するなど思っていなかったし、信じられないあまり任務の内容を曲解する者までいたのだから。
だが、ララサムは討伐証明部位と魔結晶石の保管を命じると踵を返し、オーランドとレーンが慌ててその後を追う。
騎士たちは残された五人から話を聞こうとするが、彼らは集まった視線を跳ねのけるように周囲へ睨みを利かせた。「近付くな」という態度を前面に押し出し、硬い表情のままその場を立ち去る。
普段から彼らとは距離があったが、これほどまでに壁を感じたのは初めてのことだった。
どういう経緯でS級を倒したのか、皆気にはなっていた。しかし、彼らから直接聞きだすのは諦めて、報告書が公開されるのを待とうと目配せし合ったのだった。
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