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精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
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「これはジャック・ハサン。このギルド随一の冒険者さ。きっと学ぶことも多いだろうけど、とんでもない気まぐれだから、気を付けてね」


 アーシブル行きの船の上で出会ったキリス・キャメロンに連れられて来た所は、本当に冒険者ギルドだった。彼の周りの精霊たちが否定していないので疑ってはいなかったが、港から離れていたぶん不安はあった。

 そして、紹介されたジャックという冒険者は、キリスが見繕った私の教育係らしい。よく鍛えられた体躯に重厚な上着を纏った彼は、他の冒険者と比べて一際異彩を放っていた。眉間に深いしわを寄せて不機嫌を隠そうともしない彼だが、申し訳ないが私は笑いを堪えるので精一杯だった。


(こいつは男か?……いや、女の可能性もあるな。フェイ……くそっ、名前では判断できん!)


 彼の契約している精霊は火属性だが、随分とお喋りのようだった。彼の考えていることを余すことなく私に教えてくれるものだから、ジャックという冒険者が私の性別を判断することで頭がいっぱいだと直ぐに分かってしまった。怖い顔をしているのに内心がこれでは、笑わずにはいられない。

 だが、感情の起伏を表に出さないのには慣れているので、ただ一直線にジャックのこげ茶の瞳を見据えた。


「ちっ、面倒ごとを押し付けやがって。何で俺がひよっこの世話なんか」

(ジャックめんどくさがってるー。でも楽しそう!)


 彼は煩わしそうに悪態をつき、射るような眼差しを向ける。

 睨みつけられている……ことは分かるが、精霊が彼の心の声と情動を教えてくれるので、あまり気にならなかった。


(俺を前にしても動じないとは、けっこうやるじゃねえか)


 心の声を聞いてしまうことは申し訳ないが、精霊は強い思念に反応する。彼の考えの一つ一つに尋常でない意志の強さが伴っているのだろう。

 精霊の言葉に嘘偽りはない。精霊が伝える言葉が、彼の本心なのだ。

 和らいだ眼光に、私はとうとう笑みを浮かべた。このとき初めて、人を信用してみようと思えたのだ。


「フェイ・コンバーテです。どうぞよろしく」


「……ジャック・ハサンだ」


 ぶっきらぼうに差し出された右手を握り返す。ハウゼントでも商人たちがよくやっていた挨拶の方法だ。節くれだった彼の右手は、働く者の手だった。

 水に触ることなどほとんどなく、外に出る時には必ず手袋を付けていた私の手は、肌荒れとは無縁だった。少しだけ剣を振るようになって、肉刺や剣たこができるかなと構えていたが、ミスリルの剣が軽過ぎるせいか皮膚は痛まない。

 やはり怪訝に思ったのだろう、ジャックは片眉を上げた。だが、すぐに不敵な笑みに変わる。


「随分と軟弱じゃねえか?いいぜ、二週間で一流に育ててやるぜ」


 彼は私の出生を疑うでもなく、貧弱な体躯を蔑むでもない。

 彼の一言に、何もかも失って途方に暮れていた私は救われた。何も持っていなくても、これから培っていけばいいのだと、自分の存在を肯定された気がしたのだ。


 面倒ごとが嫌いな彼は、他の冒険者のように訓練場で実力を測ったりしなかった。つまり、初めから魔の森での実地訓練を行った。

 魔の森の移動には馬が必要不可欠だが、浅い部分ならば徒歩でもいいらしい。前を歩くジャックは、まるで自分の庭のようにすいすいと木々を避けていく。

 時々ゴブリンなどの危険度の低い魔物と遭遇したが、目にも止まらぬ速さで振られた剣によって一捻りにされてしまう。緑色の体液がほとばしる様子は気味が悪いが、殊の外平気だった。


「魔物を見ても問題なさそうだな」


 平静を保ったまま魔物の死骸を覗き込む私に、ジャックは満足そうに口角を上げた。

 新米の冒険者の中には、魔物に対して嫌悪感を拭えない者もいるそうだ。魔物の死骸を見て吐き気を覚えることも少なくないそうだが、私は何ともなかった。


(やったね!)(すごいよジャック)


 魔物が一体死んだことで精霊の喜ぶ声が聞こえてくるのも、理由の一つだろう。


 途中で魔物と出くわせば、ジャックはその攻撃の特徴や弱点を事細かに教えてくれる。事前にキリス・キャメロンから渡された『低級魔物図鑑』なる分厚い本には様々な魔物が載っており、そのほとんどを記憶してきた私にとっては、実に興味深い時間だった。挿絵が描かれて分かりやすい本であったものの、字面で読むのと実際に見るのとでは理解度が違う。


 魔物を倒した後の魔石の処理の方法や、周囲に生えている薬草や食物などを学びながらも、彼の歩調が緩むことはなかった。

 つい先日まで貴族の令嬢だった私に、現役の冒険者である彼に着いて行けるだけの体力はないはずだが、彼は私が見失わないギリギリの速さを保っていた。だから私は、息が切れようとも、木の根に足を引っかけて転ぼうとも、必死に彼を追い続けた。


(フェイがんばって!)(大きく息を吸いな!風のが新鮮な空気をもってきたからさ)


 全身が心臓になったのではないかと思うほど鼓動は波打ち、足は痺れて感覚が無くなっていた。それでも歩き続けられたのは、ハウゼントとは比べ物にならない数の精霊が、私へ声を掛けてくれたからだ。

 アーシブルでは初めて会う精霊がほとんどだが、私を警戒するでもなく、受け入れてくれたことが感じて取れた。返事を返す余裕は無かったが、彼らに活力を貰ったのだ。


 半日ほど経ってようやく辿り着いた安全地帯で、私は場所を選ばず倒れこんだ。


「冒険者になろうってのが阿呆ってほどの体力の無さだが、根性はあるな」


 離れた場所に座るジャックを横目に見ながら、半日を振り返る。

 魔の森の精霊たちは、とても親切だった。新鮮な空気を運んでくれただけでなく、水筒に水を入れてくれたり、湧き水や川の場所、人間たちがよく採取していく食べ物や薬草を教えてくれたりもした。尋ねたなら、安全地帯まで案内してくれることだろう。


「そろそろ回復したかー」


 目を瞑って体力が戻るのを待っていると、いつの間にか近づいていたジャックに上から覗き込まれる。

 息は整った。試しに起き上ってみるが、残念なことに足が震えて真っ直ぐ立てなかった。歩くどころの話ではない。体を限界まで使うとこうなるのだと私は感動に浸っていたが、ジャックはやれやれと首を振る。


「仕方ねえな。それじゃあ、精霊魔法でも拝見するか」


「精霊魔法、ですか?」


「おう、使えるだろ?キリスが言うには、船でクラーケンを撃退したって話だし」


 アーシブルに向かう船に乗っていた時、クラーケンという海洋性の魔物に襲われたのは記憶に新しい。見る見るうちに絡み取られていく船体と初めて見る魔物に、私は精霊に助けを求めた。だが、大量の水を振り撒いただけで、クラーケンは海の底へ戻っていったのだ。

 精霊魔法の使い方は分かる。精霊に力を貸してと問いかけ、その精霊力を受け取り、思うような魔法へ具現化すればいい。

 しかし、ジャックの求めているのは攻撃手段としての精霊魔法だろう。どのようにして精霊魔法を攻撃に用いればいいのか、皆目見当がつかなかった。


「皆さんは、精霊魔法をどのように使って魔物を倒すのでしょうか」


「あ?そんなもん、人それぞれだろ。魔物との相性もあるしな。まあ、それは追々教えるとして。じゃあ、こうしようぜ。フェイが出せる最大出力の精霊魔法を見せてくれ」


「それなら、やってみます」


 火の攻撃が一番高い威力を出せそうだという勝手な印象から当たりをつける。


(あの、火の精霊?ちょっと力を貸して欲しいの。どうかしら?)


 おずおずと語りかけ、祈るように目を瞑る。ここの精霊は私に友好的ではあるが、力を分け与えてくれるほどか、心配だった。

 だが、それも杞憂で終わる。


(まかせてー)(よろしくね、フェイ!)


 予想を上回る精霊たちが反応を示し、我先にと申し出てくれた。精霊から精霊力が分け与えられると、身体中に不思議な力が漲る。

 これを少しずつ放出していけば、思い描くような現象を生み出せるのだ。

 私は掌の上に小さな炎を生み出し、段々と大きくしていく。ジャックは最大の出力と言ったが、私も限界まで精霊魔法を使い切ったことがないので、どれほどのものが生まれるかは分からない。

 瞬く間に頭ほどの大きさに膨れ上がった炎だが、火の精霊が様々なアドバイスをくれるので、それを実践してみる。


(もっと力をギュっとして!)(アツアツになるよ!)


(なるほど、放出する精霊力を圧縮すると、炎の温度が高くなるのね)


 赤く揺らめいていた炎の色は次第に薄くなり、やがて青みを帯びていく。火の精霊から貰った精霊力に包まれているおかげで、熱さは感じない。

 だが、ふと周囲が焦げ臭い匂いに包まれていることに気が付いた。


「おいおいおいおい、嘘だろ!?」


 ジャックの叫び声に、火の精霊魔法に集中していた私は目を覚ます。周囲を見渡せば、私を中心にして芝生が焼け焦げ、プスプスと煙がたなびいていた。

 焦げ臭い原因はこれか。

 呆気にとられてと地面を見やる私に、ジャックは声を張り上げた。


「フェイ、とんでもないその炎を何とかしろ!森を焼き払いたいのか!」


「……え?」


 何とかしろと言われても、ここまで精霊魔法を圧縮したことがないので、私にも分からないのだ。行き場の無くなった精霊魔法を手に右往左往する私を見て、ジャックは額に手を当てる。


「まじかよ!」


 まじ……の意味は分からないが、相当焦っているのだろう。だが、私は直ぐに正気に戻った。何のことはない、精霊の助言を経て、精霊魔法を分解しただけだ。

 跡形もなく消え去った青い炎と、くすぶる煙を鬱陶しく払いのける私を、ジャックは交互に見やって溜息を吐いた。


「お前……とんでもないヤツだなぁ」


 黒焦げになった芝生を踏みしめながら、私も反省する。まさか、熱余波で被害が出るほど高温の炎だとは思わなかったのだ。

 これでも、ジャックの指示した最大出力とは程遠いし、まだまだ余裕がある。精霊力を精霊魔法に変換する過程も、以前より潤滑に行えるようになった。


 だが、ジャックの言うように森を傷つけてしまったのも確かだ。森に宿る精霊たちに謝罪しながら、水の精霊の力を借りて木の葉に燃え移った火を鎮火する。


「……複数属性使えるってのは、本当みたいだな」


 ボソリと呟いたジャックの一言を、私は聞き逃さなかった。何気ない言葉だが、その中には明らかな驚愕と、受け入れ難いという思いが含まれている。

 私はそこで初めて、一対一という人間と精霊の関係が、アーシブルもハウゼントも同じであることに思い至った。

 精霊が好むアーシブルという国は、ハウゼントと違って、人と精霊の垣根が低いのだと勝手に決めてかかっていたのだ。契約に縛られているのは、ここでも同じだった。人々は、契約した精霊にのみ理解を示し、それ以外の存在を感じ取ろうとしていない。

 アーシブルに来て最初に抱いた印象は、驚くほどに精霊が人間を好いているということだった。だから、人々が複数の精霊から力を借りることなど、当たり前だと思っていたのに。


 ジャックの反応からして、それは異端な考えだったようだ。火の精霊魔法で高揚していた気分が、みるみるうちに萎んでいく。


「ちょっ、なに落ち込んでんだよ。精霊の寵児ってのは、ごくまれに現れるもんだから、悪い意味で言ったわけじゃあねえよ」


「精霊の……寵児?」


 聞きなれない単語に、首を傾げる。


「ああ。四大属性以外の精霊と契約するとか、強力な精霊魔法が使えるとか、そういう奴らのことを言うんだよ。実際に、今の国王は強力な闇属性の精霊と契約しているって話だ。複数属性が使えても不思議じゃあねえよ」


 私の契約した精霊は寡黙なので、どの属性を持っているかすらも定かではない。精霊の声を聞くことができるという奇跡のような力を与えられた私も、『精霊の寵児』に当たるのだろうか。

 だが、そういう事にしておけば、人の目を気にする事なく精霊魔法を使えるのではないだろうか……という私の期待を、ジャックはことごとく裏切ってしまった。


「悪いことは言わねえ。冒険者としてある程度の地位が確立するまでは、精霊の寵児って事を大っぴらにしない方が身のためだぜ。何せ、精霊の寵児を囲いたい連中が、権力に物言わせて来るからよ」


 彼の言いたい事はよく分かる。どの国でも、権力者の薄汚さは変わらない。駆け出しの冒険者である今の私に、それを全て跳ね除ける自信はなかった。彼の助言に従うのが最善だろうと判断し、頷いてみせた。


「精霊魔法の発動に問題はない。むしろ、熟練の冒険者より安定してんじゃねえかってくらいだ。後はまあ、剣だな。中には物理攻撃の方が効く魔物もいる。剣術を身につけておいて損はないぜ」


 私は、無意識のうちに腰の剣に手をやった。つるりとした感触は、柄頭に埋められている紅色の宝石だろう。まるで宝飾のような剣だが、この切れ味が普通でないことを、私は身を以って味わっている。

 この剣を抜いて、魔物に向けることができるだろうか。

 だが、ジャックは私の不安をことごとくねじ伏せてしまうような指示を出した。


「木剣で素振りから始めるのが普通なんだが、どうにも面倒くさい。フェイ、その腰の剣を抜いて、魔物を三体倒してこい」


「はい?」


 私は自分の耳を疑った。初めて魔の森に入ってから、半日しか経っていない。いろいろな魔物を見たが、それらを倒したのはジャックであって私ではない。

 抗議の視線を向けるが、ジャックはどこ吹く風と受け流し、緑の部分が残った芝生に横たわってしまった。


 ……こうなれば、やるしかない。

 私は覚悟を決めて、森へと向き直った。

 精霊の声に耳を澄ませば、どこにどんな魔物がいるか教えてくれる。集団で行動している魔物を相手にするのは避けたいので、危険度が低く単体でいる魔物を狙う。


「あ、精霊魔法は使うなよ。この辺は、剣で十分倒せるくらいの雑魚しかいねえから」


 後ろでジャックが付け加えるのが聞こえたが、精霊の声に意識を寄せていた私はさらっと無視する。

 目を付けたのは、ここから程よい距離にいる三体の魔物たち。E級サルトス・サーペント二体と、F級ゴブリン一体だ。


 どの魔物も、首を落とすだけでいい。討伐方法は簡単だ。こっそりと忍び寄るのも手だが、私も疲れているので手っ取り早く終わらせたい。

 震える足を叱咤して、精霊の導くままに森を進めば、他の魔物と遭遇することもないまま目的のサルトス・サーペントを見つけることができた。

 胴体は低木の幹ほども太く、もたげた鎌首からは枝分かれした舌がチロチロと見え隠れしている。木の影に隠れてその様子を窺っていたが、サルトス・サーペントは直ぐに私のいる方角を凝視する。

 居場所がばれていることは、明らかだった。

 迷っている暇などない。私は躊躇なく剣を抜き放ち、魔物の前へと躍り出る。


(たいへん!そいつは毒を吐くんだ!)


 私は、反射的に右へ跳躍した。その角度を利用して、せり出されたサルトス・サーペントの頭を上から切り落とす。その皮膚がどれだけ硬いかは分からないが、ミスリルの剣は吸い込まれるようにして首を切断した。

 転がって行った首を目で追えば、私が初めに立っていた地面からは不気味な湯気が立っていた。精霊の言う毒だろう。

 精霊の御蔭で事なきを得たが、一歩間違えれば私の下半身は毒に犯されていたことだろう。胴体と首が分かれたサルトス・サーペントの死骸を見て、私は冷や汗を流した。それでも、初めて魔物を倒したにしては上出来だと、自分で自分を褒める。


 しかしながら、問題はその後処理だった。


(確か、討伐証明部位を切り取った後に、胴体を縦に引き裂いて、魔石を探すのよね……)


 サルトス・サーペントの討伐証明部位は腹部の皮膚なので、それを切り取ろうと手を伸ばす。

 だが、そのヌルっとした感触と、魔物特有の生臭さに、私は思わず嘔吐いた。少し離れたところでは平気だったはずが、目の前にすると桁違いの異臭だった。


 コレから皮膚を切り取って、魔石を探さなければならない。

 冒険者がどれだけ厳しい仕事かを強く実感しながら、私は必死にサルトス・サーペントの死骸と戦う。

 目尻に涙が浮かんだのは、鼻が曲がりそうな臭さにやられたからだ。


 やっと見つけた魔石を剣で割ったとたん、灰のように散っていった魔物に驚きつつも、もう一体のサルトス・サーペントとゴブリンを片付ける。思ったよりも順調に倒せたが、やはり事後処理には涙を禁じ得ない。

 どれくらい時間が経ったかは分からないが、二枚のサルトス・サーペントの皮とゴブリンの耳を持って安全地帯へ戻る。


「ジャック、ご指示の通り、魔物を三体倒しました」


 頭の下で両手を組み、完全に寝入っているジャックの隣に討伐証明部位を落とす。

 ドサッという音に、彼は目を覚ました。


「あ、早くねえか?まだ三十分も経ってないぜ」


 そう言いつつも、自分の隣にある魔物の残骸を見れば、納得するしかない。


「ゴブリンと……サルトス・サーペントか!E級の魔物を狩って来るとはな」


 ジャックは討伐証明部位を手に取って、その状態などを吟味していく。


「サルトス・サーペントの皮は傷跡もないし、これは十分売り物になる。残念だが、ゴブリンの耳は証明にしかならん」


 冒険者は、魔物を倒すだけではなく、その魔物の素材を売ることでもお金を得ているらしい。『低級魔物図鑑』には書かれていなかったことなので、現役冒険者であるジャックから聞く情報が頼りだ。

 他の魔物について尋ねるうちに日が傾き始め、フヨールへと戻ることとなった。翌日からは、馬に乗ってより奥地へと進んでいく。

『実力が予想以上に高かった』、とジャックは言い、実践で技術を培った方が良いと判断したようだった。

 突然に戦いへ放り込まれた私はたまったものではなかったが、迷っている暇がなかったので、ある意味良かったとも言える。

 それから、剣と精霊魔法を組み合わせたことで、相手に出来る魔物のランクはみるみるうちに上がっていった。

 最初にジャックが宣言した二週間がたつ頃には、単独でのB級討伐も成し遂げた。

 A級バンシーと遭遇した時は死を覚悟したが、ジャックと共に力を合わせれば、それすらも倒せてしまった。


 ここ二週間で分かったことがいくつかある。ジャックは腕の立つ冒険者でありながら、威圧感を含んだ鋭い眼光に気圧される者も少なくなく、その逆立った剛毛と火の精霊魔法使いという特徴から「烈火の獅子」と呼ばれていた。


(烈火の獅子……)


 本人は恥ずかしくないのかしら、とジャックを見やれば、「いつかお前にも渾名がつけられるから、覚悟しておくんだな」と逆に脅された。

 そんなはずはない。半月前まで箱入り娘だった私が、彼と肩を並べられるほどの実力者になるなど、夢のまた夢だ。

 そうやって高を括る私を鼻で笑い飛ばしたジャックだが、彼は自他ともに認める凄腕の冒険者なのだ。彼を前衛にと求める者も多い。しかし、彼は特定のパーティーを組むことはなかった。基本的に単独で行動し、気が向いたら手を貸す。その気まぐれな態度も、彼だからこそ許されていた。


 そんなジャックを、二週間もの間拘束してしまったことに罪悪感を覚えたが、それもこの遠征で終わる。

 B級ミノタウロスの目撃情報から出された討伐依頼を正式に受け、それを達成したらジャックとの訓練期間は終了するからだ。タイミングからも、ジャックはこれを卒業試験とした。野営の準備や食料調達など、すべて私が任されている。

 あっさりとミノタウロスを討伐すると、その証明部位である角を持って帰路についた。

 第七十二安全地帯に立ち寄った私たちは、そこで一晩を明かす手筈になっている。ジャックに火起こしを頼んでいる間、私は森に入って食材を採取することから始めた。


(昨日の肉がまだ残ってるから…スープにしよっか)


(じゃあ、ウマミダケがいいよ)

(具はカラッパだよねー)

(ラパヌスもいいよ)


 生い茂る葉を掻き分け、精霊たちにどの食材をどのようにして食べるのか教えて貰いながら、摘んだものを腰のポーチに入れていく。


 カラッパは、葉が幾重にも重なって、丸くこんもりとした植物だ。ラパヌスは地面に埋まっており、根の部分だけを食べるという。

 ウマミダケというキノコを採取するのには一瞬躊躇した。木のうろにそれは生えていたのだが、なにせ色が真っ赤なのだ。見た目に反して、ウマミダケはいいスープになるらしい。ジャックからは聞いたことがない情報だが、ここは精霊たちを信じて、色には目を瞑ろう。

 火の番をするジャックの所まで戻り、夕食の支度を始める。

 まず、水を出して鍋に注ぐ。そこに、採ってきたウマミダケを半分に切って放り込む。火にかけ、沸騰するのを待ちながら焼いておいた昨日の残りの肉、カラッパ、ラパヌスをナイフで細かく刻み、頃合いを見計らって入れた。


「手際がよくなったなあ」


 しみじみと呟くジャックに、私は得意げに頷いた。


「もう慣れたよ」


 料理を始めた頃は、まな板も無しに材料を切るのにもたつき、火加減に失敗し、思うように調理が進まなかった。精霊のおかげで、食べてはならないものを持ってこなかっただけマシだろう。

 この二週間で、私も随分変わった。

 魔物と闘うことに一切の躊躇がなくなったし、命の駆け引きをする瞬間は気分が高まる。それに、口調も砕けた。

 反対に、変わらないこともある。

 襟のついたシャツとズボン、膝下のブーツという簡単な服装と、胸当て一枚だけという超軽装備は、魔の森の奥地に潜るようになっても変わらなかった。私はとにかく筋力がないので、重たい装備はかえって動きを妨げるから、とのジャックのアドバイスだ。

 胴体と太ももしか防具がないジャックも比較的軽装備なので、マスター・キャメロンは「親子みたいだね」と指を刺して笑っていた。

 眉間に皺を寄せたジャックに吹っ飛ばされていたけれど、ついつい私も笑ってしまったので、ジャックは渋々引き下がっていたっけ。


 そろそろ鍋からいい香りが漂ってくる。きっと、ウマミダケの効果だろう。色には少しの抵抗があるが、スープとしての味は一級だ。

 器によそったスープと、保存用のパンをジャックに渡す。


「ちょっ、フェイ!これ食べたらまずいやつだろ⁉︎」


 やはり、ジャックは赤色のウマミダケに反応を示した。だが、味気のない野営食が多い中で、これほどの旨味が出る食材は貴重だ。色には目を瞑ってほしい。


「いいから、食べて見てよ」


 ウマミダケだけを摘まみ上げるジャックに、「食べろ」と視線を送る。しぶしぶ器にウマミダケを戻したジャックは、スープの匂いを嗅ぎ、そして一息に飲み干した。


「えっ、美味いな」


 それから上機嫌でスープを平らげたジャックに、私は少しだけ寂しさを覚える。

 こうやって二人で野営をするのも、あと数回しかない。

 凄腕の冒険者であるジャックには面倒だったかもしれないが、私にとっては大切な時間だった。

 ぼんやりとする私の様子に気が付いたのか、ジャックは困ったように顎をさする。


「フェイ、これで晴れて一流の冒険者となったわけだ。まさか、ここまで育つとは思っていなかったけどな」


「うん」


 自分でも驚いている。相変わらず体力はないが、長期戦に凭れこまなければ問題ない。剣術は苦手だが、あの剣なら当たりさえすれば攻撃になる。つまり、ほとんどの魔物を相手にしても何とかなるという事だ。


「俺も、この二週間で変わったよ。ずっと、誰かと組むなんて面倒でしかないと思ってた。でもよ、あのA級を倒した時の興奮は、一人じゃあ味わえねえんだって気が付いたんだ。フェイのおかげさ」


「え?」


 彼が言っていることを理解できなかった私は、調子はずれな声を上げた。

 ずっと、ジャックの負担になっているのだと、彼に対して申し訳なさでいっぱいだった。ジャックは何かに縛られるのが嫌いで、その気持ちは強く共感できる。だからこそ、彼に対して生き方を強要することはしたくなかったのだ。

 けれど、私と過ごした二週間が、ジャックにとって充実していたのなら、これほど嬉しいことはない。


「ありがとう、ジャック」


「なんだよ、礼を言ってるのは俺だろ?」


「ううん、いいの。他の冒険者と組んだことがない私が言うのも何だけど、ジャック、あなたは最高の先生だった」


 満面の笑みを浮かべる私に、ジャックも表情を崩す。

 こんなに心が満たされたのは、生まれて初めてだ。

 ジャックは、私がどんな異質な行動をとっても、決してそれを否定しない。複数属性の精霊魔法を使えても、精霊の声に導かれて進んでも、私を信じてくれた。

 ……私のおかげ、そう言ってくれた。

 私は、この返しても返しきれない恩に、どうやって報いればいいのだろう。

 彼は、何を望んでいるのだろうか。

 赤々と燃える焚火をつついて、思考に耽る。だが、時間というのは無情なもので、容赦なく過ぎ去っていってしまう。

 ふと、横になっているジャックが寝返りを打って私の方を向いた。


「なあ、フェイ。ギルドに戻ったら、俺たち二人でパーティーでも組もうぜ」


 突然の提案に、心臓が止まるかと思った。

 まさか、ジャックの方からそう提案してくるとは、夢にも思っていなかったからだ。


「組むっ」


 悩むことなく即断した私に、ジャックは目を丸くした。

 そして、満足そうに笑うと、今度こそ瞼を閉じたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] うっ・・・なんて幸せな世界。 この後のことを想像するのが怖いです。 2人でパーティ組んだ幸せなif世界を読みたくなりました。
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