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精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
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「ノエル、何があったんだよ!」


 安全地帯へ戻り息をつく間も無く、レナードは馬から飛び降りてノエルへと詰め寄った。馬の上で荒い呼吸を繰り返すノエルは何かを伝えようとするが、その口からは乾いた空気が漏れるばかりだ。いつもの声は、聞こえない。精霊力を制御する余裕がないほど、彼が動揺しているのが分かる。

 ノエルを一旦馬から下ろして深呼吸をさせるレナード達を視界の端に捉えながら、私もハヤテの背に乗ったまま、乱れた呼吸を整える。


(フェイたいへんだ!)(ヒュドラ強いよ)(僕の力を使って!)


 ヒュドラの魔力によって飛ばされた精霊たちの声が、私を再び取り巻いた。体の緊張がじんわりと解け、心が安堵に満たされていくのを感じる。

 精霊たちの声に包まれているのが普通だった私にとって、完全な静寂は恐怖を呼び起こすものでしかなかった。私は自分で思っているよりも、精霊に依存してしまっているのだ。たった一瞬彼らがいなくなっただけで、冷静な思考回路を手放してしまうほどに。

 やはり、思い出すのは三年前の出来事だ。不用意にヒュドラに近づいた私は、かの魔物の魔力に中てられた。精霊たちの力を借りることができず、前後不覚に陥ってしまったのだ。

 そんな私を救ったのは、ジャックだった。

 ただ、その代償に、彼は命を落とした。

 一人で戻った私を、他の冒険者たちは咎めなかった。冒険者として生きると決めた以上は、いつ死んでもおかしくないと覚悟している。すべて自己責任なのだ、と。

 それでも、命の重さを目の当たりにした私は、自分を責めずにはいられなかった。私がいなければ、ジャックが死ぬことはなかった。優れた冒険者だった彼は、もっと高みを目指せるはずだった。その全てを奪ったのは、私なのだ。

 当時の私は、彼に対する思いを何に向ければいいか分からなかった。孤児だった彼に親族はいないし、特定のパーティーを組んでいるわけでもなかったからだ。私は、ただひたすら、死んでしまったジャックに懺悔するしかなかった。

 結局、やりきれない思いを魔物に向けることしかできないまま、三年という年月が過ぎてしまった。ヒュドラをこの手で殺さなければと固執していた時期もあったが、それも無意味だとハヤテに突き付けられ、ついには他人を拒絶するという逃避しかできないありさまだ。

 どれだけ魔物を屠ったところで、ジャックが浮かばれることはない。時間が経てばたつほど、私のなかの焦燥は質量を増していた。

 そんな折に、再びヒュドラと出会ったのだ。ハヤテの言う通り、ヒュドラを倒しても利はないかもしれない。けれども、付けるべきけじめとして、ヒュドラを討つことに意味はあるはずだ。


 しかし、この戦いに彼らを加えるべきでないことは、一目瞭然だった。なにしろ、彼らでは精霊魔法が使えないのだから、セオのように優れた剣技をもってしても討伐は不可能だろう。

『一人でヒュドラを倒しに行く』

 そのことを提案するために、蹲ったノエルに寄り添う彼らへと近づいた。


(精霊魔法が使えなくなったんだ。突然だよ)


「危険度の高い魔物に、ごく稀にみられる現象ですが……。対象からは、かなりの距離があったはずです。他の魔物が周囲にいたという可能性は?」


 ノエルが、ヒュドラを千九百メートルの距離に捉えたところで、事態は急変した。ニケルのように、他の魔物がいたのではないかと考えるのは妥当だが、ノエルは首を振る。


(僕はあの時、周囲の探査も同時にやっていたけど、半径千九百メートルの間に危険度が高い魔物はいなかったよ。あれをやったのは、ヒュドラに違いないんだ)


「それじゃあ、ヒュドラはその距離から俺たちの存在を探知して、精霊魔法を妨害したっていうのか?」


 自分の言葉を否定しないノエルに、セオは苦悶の色を浮かべる。予想していたよりも、討伐対象の危険性が高いことが、今になって表面化されてしまった。

 これからどう行動するか、彼らの意見は分かれることになる。


「ここは一旦引きましょう。あのヒュドラは、過去に残された記録とは明らかに違う。我々が立てた作戦は、もはや通用しません。討伐騎士団で正規の討伐部隊を編成するのが得策です」


(僕もニケルに賛成だ。あれは、僕たちの手に負える魔物じゃないよ)


 第十三団の参謀と司令塔が同様の見解を示したが、セオとルークはそれが腑に落ちないようだった。


「正規の部隊を組んだところで、精霊魔法が使えないことに変わりはないさ。大部隊になれば、かえって相手を刺激してしまう。少人数で討てるなら、その方が良いんじゃないかな」


「そうだね、俺もルークと同意見だ。むしろ、あの魔物を野放しにしておくことの方が大事だよ」


 二人はセオとルークの主張に賛同する要素もあるようで、それを真っ向から否定することもできない。方針が纏まらないまま、時間ばかりが過ぎていく

 どんよりした雰囲気に、ちょっと口を挟みにくいなと気後れしてしまうが、私の提案は彼らのすべての問題を解決するものなので自信をもって言挙げする。


「ハヤテと一緒に、私がヒュドラを倒しに行きます。皆さんは、安全地帯で待機していてください」


「却下で」


 速攻で切り捨てたのは誰だったか。だが、誰も私の提案を支持する者がいない。

 てっきり、『それは良い』と諸手を挙げて賛成されると思っていた私は、肩透かしをくらった気分だった。だが、私も引き下がるわけにはいかない。


「何故ですか!それが最善なんです。一番確実で、誰も傷付かずに済む……」


「仲間を一人危険に晒して、俺たちは安全な場所でのうのうと待てと?」


 私の説得は、セオによって遮られる。セオだけではなく、真剣な視線を向ける彼らに、出そうとした言葉が喉の奥で引っかかってしまった。

 先ほどまでどんよりとしていた雰囲気が、いつの間にか剣呑なものに変わっている。


(……え、何で怒ってるの)


 不機嫌を通り越して、その表情は険しい。その原因に心当たりは全くないので、私は戸惑うばかりだった。


(ヒュドラ討伐に一人で行く、って言ったからかな)


 もともと、緊急事態にはそうするつもりだった、それに加えて、私には戦う理由がある。

 それを言うかは決めていなかったが、彼らの様子を見て腹をくくる。


「そうです、ここで待っていてください。私は、仲間が死んでしまうのを見たくないんです」


 はっ、と彼らは目を見張った。私が単独行動に拘っているのは有名で、その一端に触れたことを感じたのだろう。セオに言い返した私だが、それに対する反論はなかった。黙って私の話の続きを促す。


「三年前、あのヒュドラに偶然出くわした私は、かけがえのない仲間を失いました。無力だった私は、何もできなかった……。彼は、ジャックは、勇敢に立ち向かったというのに」


 ジャックのことを誰かに話したのは、初めてのことだった。一度口にすると、洪水のように記憶があふれ出てとまらない。

 私は、それをひとつひとつ汲み上げて、言葉にしていくのだった。


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