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精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
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 しばらくして、サザンからの紹介状が届いた。アーシブルの王都にある王立討伐騎士団の総司令部に行けばいいらしく、昼前には王都から少し離れた街道へと舞い降りた。


 ハヤテの背中に跨ったまま、そびえ立つその白い壁を眺めた。

 アーシブル王国の王都アーバンは、魔の森から離れた場所に位置するものの、対魔物の最終要塞としてその周囲は高い外壁で覆われている。小高い丘の上に鎮座する王城は、遠方からもその姿を見ることができた。


「ハヤテは、一旦フヨールに戻って。王都に聖獣が現れたら、大騒ぎになっちゃうからね」


 ハヤテは、私を乗せていなければ二倍以上の速さで空を翔けることができる。王都との往復にもそう時間はかからないはずだ。

 人目につかない場所から飛び去るハヤテを見送った後、私は歩いて外壁へと向かう。近づくにつれ増えていった商人や冒険者、大きな荷物を積んだ馬車などを見て、私は思わず呟いた。


「ここが王都……」


 門では、商人などで積荷の検査を受けなければならない人と、私のようにほとんど手ぶらな人とに列が分かれていた。前者はかなり混み合っていて、なかなか前に進まないが、後者は次々と進んでいく。


「荷物はそれだけですか?」


 門守に肩に背負った袋を指さされたので、頷いた。ちなみに中には、野営道具一式が詰まっている。その後、王都に来た目的と身分を証明できるものはあるかと聞かれたので、ギルドカードを提示しながら、『自分は冒険者で、依頼で来た』と答えた。一連の流れが面倒だが、これを怠ると盗賊や犯罪者を入れてしまう可能性があるのだろう。多少は抑止力になる。


「ギルドカードを確認しましたので、徴収金は免除となります。どうぞ、通ってください」


  免除なんだ、と少し感心しながら門をくぐる。魔物の脅威に脅かされているアーシブルでは、魔物を討つ役職、王立討伐騎士団や冒険者が優遇される傾向がある。他にも、宿代が安くなったりもするそうだ。

 さて、王都アーバンに来たわけだが、まず始めに目に入ったのは、アーシブルの王城であった。その存在感は圧倒的だ。

 そしてアーシブル王国を守護する四つの組織、王立討伐騎士団、聖愛騎士団、守護騎士団、エレメンタル・オーダーの所在を表す塔がそれぞれ、王城を囲むようにして位置しているのも見えた。それぞれの場所に、その騎士団を示す旗が掲げられている。

 他の三つがどれをさしているのかは分からないが、うちの一つには見覚えがあった。血に染まったような赤の生地に、交わった二つの剣。王立討伐騎士団のものに間違いない。きっと、あの塔が立っているところが王立討伐騎士団の総司令部だ。

 だが日はまだ高い。このまま総司令部まで直行するのも勿体ないし、折角なので見物をすることにした。アーバンの地理については全く無知なので、取り敢えず歩くことにする。建物や道の整備はされていて、街並みの景観は綺麗だった。道端には花が植えられているし、ところどころに噴水があったりもする。そして、ものの数分で大きな市場に出くわした。


「お客さん!ちょっと見ていってごらんよ、この新鮮な果物!」

「そこの美少年!特別に安くするよ!」


 右を見ても左を見ても、天幕を張ったような移動式の店が立ち並んでいて、通り過ぎるだけであちこちから声がかかる。この市では食べ物を主として、装飾品や商人が持ち込んだ輸入品、剣や盾などの武器も売っているようだった。しかしその規模の大きいことといったら、フヨールの街なんて比べ物にならないほどだ。

 ついつい色々なものに目移りして買いそうになるが、『今から大荷物を抱えてどうする』と、すんでのところで堪える。

 さんざん見物を楽しんだ後で、王立討伐騎士団の旗が掲げられた塔を目指して歩いた。

 城の直ぐそばにある総司令部の建物は、その周囲は高い壁で覆われている。正門は鉄格子で頑丈な作りになっていて、周辺には何十人もの警備兵が配置されていた。絶対的な警備体制が伺える。

 私はそこで、正門の警備をしている男に紹介状を差し出した。

 サザンは見習い騎士である体を装えばいいと言っていたが、私は何の変装もしていない。いつも通り、胸当てだけの軽装備だ。サザンから特に何も言われなかったし、紹介状を出してしまったのでもう遅い。なるようになるさ、と気を楽に待っていると、彼らの反応は至って普通だった。


「見ねえ顔だが、新入りか?」


「はい、この総司令部に来るのは初めてなんです」


 紹介状を見ただけで、私が見習い騎士として来たことが分かったのだろう。封を開けて中身を読んだ警備の男は、「ひょー」と感嘆の声を上げた。


「フェリクス・コルダー……推薦状はサザン総長じゃねえか!お前さん、見掛けによらず光るもの持ってんだな」


(いや、誰だよそれ)


 聞き覚えのない名前に応答が遅れかけるが、サザンが適当に偽名をつけたのだと瞬時に悟り、心の中で突っ込みを入れた。高い金属音を立てて開いた門は、この大きな鉄格子の正門ではなく、少し離れたところに備わっている小さな通路用のものだった。


「おっ、ちょうどいい所に。ルイス、ちょっとばかり頼まれてくれないか!」


 門の手前まで案内した彼は、突然声を張り上げた。その先にいるのは、まだあどけなさの残る少年だった。少年といっても、ルイスと呼ばれた彼は私よりも身長は高いし、体格もしっかりしている。

 そういえば、王立討伐騎士団の見習い騎士という制度は、騎士になるための養成学校に通っている学生が、休日などに現場で従事できるものだった。彼も、騎士を目指して日々鍛錬を積んでいるのだろう。


「マーチェスさん、どうかしたんですか」


 駆け寄ってきた彼は警備の男と顔見知りなのか、親しげに言葉を交わす。               


「お前さんと同じ見習い騎士なんだがよ、ここに来るのは初めてだってんだ。暇だったらでいいが、中を案内してやってくれないか」


「良いですよ、特に急ぎの用事もないですから。さあ、いこう」


 気前よく頷いたルイスに促されて、私は建物の中へと足を向けた。行きたい場所を聞かれて真っ先に総長室を挙げた私に驚いていたが、紹介状を見せると納得した様子を見せた。

 斜め前を歩くルイスは正真正銘の見習い騎士だが、装備は私と大して変わらない。心配は杞憂だったと胸を撫でおろす。


「それで、君の名前は?」


 思わずフェイと名乗ってしまいそうになったのを喉の奥で堪えて、何だったかな、と記憶をたどった。


「ええと、フェリクス・コルダーです」


「ルイス・デイヴィット、アーバン王立学園の騎士育成科三年だ。よろしく、フェリクス」


 小麦色に焼けたルイスの顔には、笑うとえくぼができる。よろしく、といって爽やかな笑みを浮かべたルイスに私も微笑んで返した。王立学園はアーシブルに八校あると聞いたことがあるが、その優劣はいまいち分からない。だが契約している精霊はルイスのことを好んでいるようで、彼自体は優秀な精霊魔法使いなのだろうと推測する。

 

「ルイスは、どうして王立討伐騎士団に?」


「うーん、そうだな。小さい頃から憧れていたっていうのが一番の理由だけど……」


 ふと、ルイスの表情に影がさす。立ち入って欲しくないことだったのかもしれない。しかし、ルイスは何かを探すように視線を彷徨ませると、「面白い話じゃないけれど」といってゆっくり口を開いた。


「僕の父さんがね、王立討伐騎士団の部隊長なんだ。それはかっこいい人だった。だから僕と僕の兄さんは、父さんのようになりたいって、いつも夢見てた。兄さんは正式に王立討伐騎士団の騎士に任命されて、父さんと同じ団に配属になってさ。すっげー喜んでた」


 でもさ、とルイスはその足を止めた。


「四日前に、ドラゴンが襲撃してきた事件があっただろ?父さんと兄さんもその任務にあたったんだ。無事に帰ってきたらしいんだけど、怪我が酷いからって、家族にも面会させてくれないんだぜ」


 えっ、と私は声を上げる。


「怪我人は治療したはず……」


 私は途中で言葉を切った。そうだ、ひとつの傷も残さず治したのだった。常識から考えて、誰一人怪我を負っていないのは不自然である。私の存在が露見してしまわないように、サザンたちが力を尽くしてくれたのだろう。ルイスが家族と会えないのは、ある意味私のせいだとも言える。


 言葉を止めた私を不思議に思ったルイスが振り向くが、何でもないと首を振って返す。彼はそれ以上何も語らなかった。代わりに、あの爽やかな笑みを浮かべる。


「そういえばさ。フェリクスってなんだか、綺麗だよな」


「はぁ?」


 この人は突然何を言い出すのかと、私は目を剥いた。こんな男のような恰好をしている私に、その言葉は似合わないだろう。


「あ、いや、別に変な意味で言った訳じゃないよ。なんというか、言動ひとつひとつに気品があるというか、丁寧な感じがするんだよ」


「そんなの買い被りですよ。私はただの……」


「へえ、一人称も”私”なんだなー」


「なっ、からかってますね?」


 と、まあ、そうやって取るに足らないやり取りをしているうちに私たちは総長室へと到着した。

 誰かとこうやって話すのは初めてで、あっという間の時間だった。友人のように気安く話せる相手がいたことの無い私は、この時間を普通に過ごせる人々が少し羨ましくも感じた。


「ありがとう。ルイスと話せて、とても楽しかった」


 きっと私は満面の笑みだったのだろう。ルイスはあっという間に耳まで赤くすると、照れたように頭を掻いた。


「何だよ。同じ見習い騎士なんだから、また会えるだろう?」


 私はそれに頷くことが出来なかった。ここに来るのは最初で最後になる、そう決めていた。もう二度と彼に会うことはない。

 彼に返事をしないまま、私は後ろ髪を引かれる思いで総長室の重厚な扉を叩いた。


 ――――――――――――――


「フェリクス・コルダーです」


「ああ、どうぞ入ってください」


 両開きの扉を押し開けた先に佇んでいたのは灰色の髪の男で、眼光は刃物のように鋭く、身のこなしに隙がない。身に付けているのは、鎧ではなく王立討伐騎士団の濃紺の制服だが、まるで戦場に赴くかのような殺気がうかがえた。


(彼がララサム・コロハンス……サザンの右腕か)


 サザンは知略に長けているが、そのサザンが「あいつは策略家だ」と評価しているほどララサムは優れた人物だ。こうして彼を前にすると、なるほど、全てを見透かされたような疑心にとらわれる。

 ハウゼントにいたころ、ララサムのような貴族を相手にしてきた私にとっては痛痒を感じないが、私を見極めようとしていることは明らかだった。


「改めまして、フェイ・コンバーテです。ララサム副総長殿とお見受けいたしますが」 


 ピクリとも表情を動かさない彼に視線を留めたまま、サザンがつけた偽名ではなく本名を名乗る。ララサムは僅かに目を見張ると、自然な動作で顎に手をやった。


「ええ、如何にも。王立討伐騎士団副総長ララサム・コロハンスは私です。しかし……高雅の蒼穹というからには、剛人な巨漢を想像していたわけではありませんが、まさか貴殿のように小柄な方だとは、正直なところ驚きましたよ」


 ……いえいえ、瞬きすらしない無表情のままでは驚いているように見えないですよ。

 その言葉を胸の内に留め、促されるままにソファーへ腰かけた。

 ララサムは机の引き出しを開けて、ひとつの冊子を手渡した。


「先日のクエレブレ討伐に関する資料が纏まりましたので、ご覧ください」


 本ほどの厚さだと思っていたから、本当に本になっている。

 ページを捲ると、マスター・キャメロン作のクエレブレの姿が描かれていて、その次には攻撃に特徴などについて事細かに記されている。私とマスター・キャメロンが苦労して書き上げたものに、幾つか追記されている項目もあった。


「コンバーテ殿から頂いた報告をもとに、生還した騎士からの聴取を加えてあります。相違ありませんか」


 ふと目に入った言葉に、ページを捲る手を止めた。

『精霊魔法が行使できず』

『団長は突撃の判断を下す』

 ハヤテの言う通り、彼らは精霊魔法が使えない状況に陥っていたのだ。それにも関わらず、あの場の指揮官は打って出ることを命じた。その結果が、全滅という惨劇なのだ。

 私は、手元の資料を強く握りしめた。


「常に魔物の脅威に晒されているアーシブルで、王立討伐騎士団は絶対の存在でなければならないのです。しかしながら、今の我々にはその力がない。精霊魔法が全く使えなくなったのは初めてとはいえ、阻害されることは珍しくありません。その場合には、速やかな撤退が義務付けられているはずなのですが、それすら守っていられないのですよ」


 苦々しく吐き出された言葉からは、この王立討伐騎士団という組織に対する歯がゆさが現れていた。彼もまた、サザンと同じように歪んだ体制を憂いているのだ。そして、形勢を覆す何かを、彼らは探している。

 その役割を、ララサムは私に望んでいるのだろうが、私はこれ以上深入りをしたくなかった。


「サザンは、貴方の核心に触れることは禁忌だと考えているようですが、あえて伺わせていただきたい。なぜあの状況下で貴方は精霊魔法が使えたのか、どうやって騎士を癒したのか。……貴方は一体、何者なのか」


「……」


 その問いに、私は答えなかった。精霊との対話を打ち明けることなどできないし、それなくして私の力については一切語れないからだ。


「ララサム副総長。私は、S級討伐作戦の応援に来ているのです。これ以上の詮索は、無用に願いたい」


 しつこく追及してくる人間を往なすのには慣れている。私が下の立場なら上手く話しを逸らし、上の立場なら強引に拒否してしまえばいい。

 私と討伐騎士団はこれきりの関係なので、下手に出る必要もないと判断した。


「……分かりました。どうぞ、ご無礼をお許しください」


 すごすごと引き下がったララサムは、何事も無かったかのように向かいのソファーに腰掛けた。


「それでは、任務の話に移りましょう。サザンから聞き及んでいるかもしれませんが、先日S級ヒュドラの出現が確認されました」


「っ!ヒュドラ……」


 ヒュドラと聞いて、体中の血が凍り付いたように感じる。

 ヒュドラは、あのとき私とジャックが遭遇した魔物だ。一時期、私はヒュドラをこの手で殺すのだと固執していたこともあった。それが、ジャックに対する唯一の罪滅ぼしだと思っていたからだ。魔の森の奥底まで潜り、歯向かってくる魔物はすべて討ち倒し、ただひたすらにヒュドラを探し続けた。

 だが、そんな折に出会ったハヤテは、私にこう言ったのだ。

『ヒュドラを討つことは、お前にとって利があるのか』

 私の苦悩を汲み取ったわけではない。聖獣にとって、人間の感情は正常な判断を妨げるものでしかないからだ。だからこそ、ハヤテのこの言葉は私を冷静にした。

 ヒュドラを殺すことで、ジャックに対する罪が許されるわけではない。私は、償いだと言い訳をして、罪の意識から逃れているに過ぎなかったのだと気が付いた。

 まあ、その時には、既に周囲から隔絶した立場に置かれてしまったわけだが、それはどうでもいいことである。

 首を傾げるララサムが視界に映って、はっと我にかえった。


「クエレブレの事件で後回しになってしまったので、どうなるかは分かりませんが。それでも巣窟が確認されている以上は、討伐隊を送らないわけにはいかないと、総会討伐騎士団で判断が下されました。コンバーテ殿には、第十三団と組んで、その魔物を討伐してもらいたい」


「……分かりました」


 煮え切らない思いを抱きながらも、私は承諾した。一度引き受けたのだから、やるしかない。


(大丈夫、私には精霊たちが付いているから……)


「貴殿の活躍を期待しています」


 ララサムが差し出した右手を、テーブル越しに握り返す。貴族たちの手入れされた滑らかなそれとは違い、節くれだった大きな手だ。

 だが、手を握っただけのことなのに、彼はハッとしたように目を見開いた。これまでで一番表情が動いたなと思いつつ、「どうかしましたか」と尋ねようとしたとき、コンコンと扉が叩かれた。


「第三団七番隊所属、イズミ・シューティンであります。ララサム副総長はおいででしょうか!」


「どうぞ。ちょうどいい、彼に第十三団の詰所まで案内してもらいましょう」


 入室したイズミという騎士は、ララサムよりも飾り気の少ないシンプルな制服に身を包んでいる。用事のついでに道案内を頼むと、彼は喜んで承諾してくれた。

 詰所までの道すがら、彼はついでにと幾つかの所要施設について説明してくれた。


「ここは、王立討伐団騎士団の資料室です。魔物だけではなく、生息する植物や地理などに関する情報が全てここに集結しています。歴代の討伐騎士や冒険者から寄せられたものが集約していますので、その情報量は膨大ですよ」


 私が提出した報告書は、ここへたどり着くのか。

 他にも、対魔物を想定して作られた剣や防具などを保管する倉庫など、一般公開していいのか不安になる場所までも見せてもらった。


「これで大体見終わったかなあ」


 前を歩くイズミは、考え事をするように腕を組みながら宙へ視線を彷徨わせる。


「そうだ!」


 突然声をあげた彼は、勢いよく振り返った。


「訓練場を見学しませんか?」


 私は、その提案にすぐさま首を縦に振る。総長室へ向かう途中に訓練の音が聞こえてきて興味を持ったが、部外者が見ていいものではないと諦めていたのだ。そのことを伝えると、イズミは顔を綻ばせて喜んだ。

 訓練の様子を披露することは、騎士団の実力を誇示することに繋がる。王都の総司令部では、本業である討伐作戦は実施しないため、国民への特別演習なども定期的に行なっているようだ。


「では、今から行きましょう!それほど時間はかかりませんから」


 イズミは進路を左に変えて、長い通路を進んでいく。いくつものドアが連なった廊下を抜けると、視界が開けた。


「わぁ、凄く広い」


 訓練場というと、ギルドにあるような観客席付きの闘技場を想像していたが、ここは比べ物にならないほど広大な敷地を有している。驚愕に目を瞬かせる私に、イズミは得意げに口角を上げた。


「騎士たちは、剣技と精霊魔法を組み合わせることで、多様な魔物と渡り合っているんですよ。同規模のものがもう一つ隣接していて、あと二つの訓練場はここより小さいですが、観客用のバルコニーが設けられています」


「なるほど」


 用途が違うというわけか。

 場内をぐるりと見回すと、どうやら精霊魔法の稽古をしている者が多い。私とは発動の過程が違うという彼らの精霊魔法を観察するいい機会だと、精霊たちの声に一段と耳を澄ませた。だが、その様子はあまり芳しくない。


(精霊たちが、あまり乗り気ではないみたい)


 私が力を貸してほしいと頼めば、精霊たちは我先にと集まってくる。だが、ここでは違うようだ。喜んで与える精霊もいれば、渋る精霊までもいる。何よりも、反応を示している精霊の数が圧倒的に少ないのだ。その原因は、すぐに思い至った。契約という縛りのせいだ。

 精霊と対話するうちに気が付いたのだが、精霊は、基本的に人間と関わることを望んでいない。人間に力を与えているのも、それが魔物を排除するのに最良だからだ。だが、精霊は契約という方法でしか人間との繋がりを持てない。契約を行うというのは、四六時中その人間の傍にいる必要があることを意味している。

 不思議なことに、理性を持たないはずの精霊にはそれぞれ個性がある。光の精霊が顕著な例だが、明確な自我を持つ精霊やそうでない精霊がいるのだ。それはつまり、喜んで人間に協力する精霊と、仕方なしに力を与えている精霊とに分かれているということである。


 募ることが出来る私とは違って、人々は契約に縛られる。精鋭と呼ばれる彼らでさえ、精霊の反応にこれほどの差があるのだ。

 それに加えて、彼らはなぜか、追い詰められたような緊張感に満ちている。その揺らぎが、精霊にも伝わっているのではないだろうか。


「どうです?騎士らの精霊魔法は圧巻でしょう。俺も、最初にここを訪れたときは、驚きで声も出ませんでしたよ」


「ええ、確かに凄いです。でも……少し焦っているように見えるのは、気のせいでしょうか」


 私の率直な意見に、イズミは困った顔をした。


「先日の事件があって、騎士も思うところがあるんですよ。団長を含めた二十三人が殉職し、肝心の討伐は冒険者頼みで。これでは、国民の生活を守るどころか、討伐騎士の存在意義すら見失ってしまいそうになる。確かに、皆焦っているのでしょうね。自分も含めて」


「それは……」


 クエレブレの一件で、悔いるべきは彼ら騎士の実力不足ではない。それよりも、間違った判断を下した指揮官を、誰も諫めることができないという状況を問題視するべきなのだ。

 サザンやララサムが尽力して、この体制を変えようとしている。だが、それに付いていく者がいなければ、何も変わらない。

 深入りしたくないと思うのに、私は王立討伐騎士団の課題ばかりに目を向けてしまう。中途半端な自分がほとほと嫌になった。


 すると、長髪を低い位置で束ねたひとりの騎士が訓練の輪から外れて歩み寄り、イズミの肩を軽快に叩いた。どうやらイズミの部隊の同僚らしく、彼らは親しげに言葉を交わした。


「よっ、イズミ。お前も訓練か?」


「いや。いま、彼にこの辺り案内しているんだ」


 長髪の男は、イズミの横に立っていた私の元へ詰め寄り、わざわざ腰を屈めて顔を覗き込んだ。


「新しい騎士見習いにでもなんのか?にしてもお前、細いな。そんなので剣持てるのかよ」


「ベン、失礼だぞ」


 イズミが嗜めるが、私は笑って受け流した。ベンという騎士の言う通り、軽いミスリルの剣を使っている私は、必要以上に鍛えていない。筋肉がついて重くなるより、俊敏性を鍛えた方が勝手がいいからだ。だから、剣と精霊魔法の両方の実力が求められる討伐騎士団では浮いて見えるのは仕方のないことだ。


「申し訳ない。こいつ、思ったことを直ぐ口にするんですよ」


 これ以上彼が不躾なことを言い出さないうちにと、イズミは私を訓練場から連れ出した。


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