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精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
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 立て続けに二つの魔物を討伐してしまった私は、翌日、マスター・キャメロンの書斎で報告書の作成に追われていた。クエレブレを最優先に終わらせたが、まだワームの分が残っていると思うと頭が痛い。


「ちょっと休憩します」


 軽い本一冊分ほどの厚さになったクエレブレ関係の資料を脇に放り、机に俯せた。マスター・キャメロンが散らかった紙を束ねる気配を感じながら、私はそれとなしに切り出した。


「マスター、昨日あった王立討伐騎士団からの依頼、受諾することにしました」


「うん、分かったよ……え?」


 何も考えず返事をしたのか、彼は数秒の間を置いて目を見開いた。信じられないものを見るような視線を送るマスター・キャメロンに向き合って、私はもう一度言った。


「だから、王立討伐騎士団からの依頼を受けます」


「いや、ずっと断ってきたのに、突然どうしたのさ」


 マスター・キャメロンが戸惑うのも無理はない。貴族の力が強い王立討伐騎士団を毛嫌いしてきたのに、一晩で考えを変えてしまったのだから。


「サザンから直接話を聞いたら、案外面白そうだったので。特殊な任務を手伝うだけですから、王立討伐騎士団そのものに加担するわけではありません。私が関係したことを公にしないように、条件をつけますしね」


「そっか。それがフェイのやりたい事なら、いいじゃないか」


 いつもの薄っぺらな素振りは何処やら、マスター・キャメロンは真剣な面持ちで首を縦に振った。

 私のやりたい事、本当の私が望む事……彼も、ハヤテやサザンと同じようなことを言う。私がどれだけ自分の意思を疎かにしていたのか、目の前に突きつけられた気分だった。


 マスター・キャメロンを通じて承諾の連絡を送り、私はいったん家に戻って支度を始めた。野営のための道具は揃っているはずだが、もう長い間使っていなかったので物置に片付けてある。

三年前にトルン・コンバーテの洞穴で手に入れた黒いマントも、久しぶりに引っ張り出した。日帰りの討伐では邪魔だったが、野営をする今回は必要だろう。

 それらを袋にまとめ、王都へ向かう準備を終えた頃には日が暮れかけていた。


「いま出れば、夜には王都に着くんだけどなぁ。サザンの返事、待ったほうが良いと思う?」


 庭にいるハヤテに相談するが、ハヤテは興味がなさそうに鼻を鳴らすばかりだった。こっちは真剣に悩んでいるのに、と少しむくれつつも部屋の中をウロウロと歩き回る。


 朝方に連絡をしたのだから、既にサザンの手元に届いているはずだ。何か間違いがない限り。

 アーシブルでは、急ぎの連絡を取るときには二つの方法がある。

 一つは、鷹や鳩といった鳥に括りつけること。彼らは自分の帰る場所を覚えているので何処にいても連絡が飛ばせるが、目的地は一か所しか指定できない。

 もう一つは、風の精霊魔法で飛ばすこと。届ける地点の方角と距離が正確に分かっている場合にのみ使える方法だ。建物との間で用いられることが多く、ギルドもこれによって連絡を取り合っている。

 私がマスター・キャメロンに頼んだのも、王都のギルド本部に送ってもらったからだ。ギルド本部で受け取った連絡を、人の手で直接サザンの元へ届けてもらう。より確実性が高い方法だが、予想外の出来事は起こるものだ。


(やっぱり直接会って話した方が確実かな。空から忍び込めば誰も気づかないだろうし、サザンの居場所は精霊に聞けばすぐに分かるし……)



 部屋の中を行ったり来たりしながら、王立討伐騎士団の拠点に侵入する手口を大真面目に考えていると、精霊は驚きの人物の来訪を告げた。


(サザンだ)(サザンが来るよ)


 私は自分の耳を疑ったが、精霊たちは確かにサザンの名前を呼んだ。連絡を入れてから半日ほどしか経っていないのに、まさか王都からここまで来たのだろうか。


(サザンの契約してた精霊って、確か土だったよね)


 昨日の事件があったのだから、王都に滞在していたのはまず間違いない。何かの精霊魔法で、この驚異的な移動を可能にしているのだろう。

 こちらに向かっているというので家の外に出たが、待つまでもなく、馬に乗った彼はすぐに姿を現した。


「いらっしゃい」


 家の門の前に立っていた私に、サザンは愕然と目を見張る。


「フェイ、俺が来るとよく分かったな」


「ああ、そんな気がしたもので」


 直接話をしたいと切望していた矢先に彼のことを聞いてしまったものだから、何も考えずに飛び出してしまった。何の知らせも出さずに来たサザンからすれば、私が待ち構えていたら驚くだろう。

 ただの勘を装って誤魔化せば、サザンは追及してこなかった。


「依頼を受けると連絡を貰った。本当にいいのか」


 直前になって覆すほど軟な意志ではないが、王立討伐騎士団という組織を否定し続けてきたのだから、彼が用心深くなるのも仕方がないかもしれない。


「いくつか条件が。第十三団の騎士以外には私のことを明かさないこと。私のことを必要以上に詮索しないこと。もう一つ、どういう形でS級を討伐するにせよ、討伐権は譲ります。報告資料等はそちらでなさってください」


「すべて承諾しよう」


 私の提示した条件をサザンが受け入れたのを確認して、私は右手を差し出した。


「全力で任務に尽くします」


 サザンはその手を握り返したが、ハッとしたように目を見開く。何を驚くことがあるのかと怪訝そうに窺えば、慌てて首を振った。


「いや、フェイに詫びなければならないことがあってな。俺はこれから、任務でハウゼントへ向かわなければならない。済まないが、王都でもてなしてやることができん」


「ハウゼント……」


 ガツン、と鈍器で頭を殴られたかのように、私は呆然とその場に立ち尽くした。アーシブルに着いて暫くしたころ新国王と王妃が即位したという噂を耳にしたきり、もう随分とその名前を聞いていない。だが、王立討伐騎士団の団長であるサザンがわざわざ向かうということは、それが魔物に関係する任務であることを示唆している。

 ハウゼントには魔物はいない。だがハウゼントにいたとき、私は一度だけ魔物に会ったことがある。

 そう、契約の儀式だ。あの魔物はいったい何処から入手していたのか、ぼんやりとした疑問でしかなかったが、ハウゼントにいないなら他の国から連れてくるしかない。それが、アーシブルだった……

 一度結論に辿り着いてしまうと、そうとしか考えられなくなる。


「そう、なんですね。サザンも遠くまで大変だ。私のことは気にしないでください」


 不自然にならないように曖昧に微笑みながら、何とか返事をした。それでも、頭の中は纏まらない思考が渦巻いている。

 アーシブルという国が、魔物の流出を容認するはずがない。つまり、密かに取引をしている人物がいるという事だ。しかもその人物は、容易に裁くことができない身分の高い人間、おそらく伯爵以上の貴族だ。サザンは、その尻尾を掴むためにハウゼントへ赴くのだろう。

 その任務が危険なものであることは、もはや疑いようがない。彼と特別に親しいわけではないが、案じずにはいられなかった。


「どうか、ご無事で」


「大げさだな。ただ即位三周年の祝賀会に、来賓として行くだけさ。まあ、先方からの指名だがな」


 ……それは、どういう意味だろう。

 サザンに尋ねる前に、急いでいるのか彼は忙しなく馬に飛び乗った。


「王都の拠点には、見習い騎士が頻繁に出入りしている。フェイもそれを装ってくれ。俺から紹介状を出すから、適当に騎士に見せれば副団長ララサムの所まで連れていくだろう。あいつに話は通してあるからな」


 言うより早く、彼は手綱を引いた。その瞬間に巻き起こった砂煙で姿が掻き消された間に、彼はハヤテに勝るとも劣らない速さで駆けて行った。


「あれ、ただの馬だよね?」


 私の呟きだけが、寂しく取り残された。


 ――――――――――――――――

 王立討伐騎士団の総司令部は、アーシブル王国の王都アーバンにある。王立と名乗るだけあって、王城と境を接した場所に構えていた。

 しかしながら、総司令部といっても彼らの活動の中心地はフェレスとオルデュールであるため、規模はそれほど大きくはない。

 本部となる建物を中心に、四つの訓練場と巨大な資料館が独立しているほか、各団には詰所が与えられており、簡易な寝床も備わっていた。


 とある団の騎士もまた、そこで次に課せられる任務について不平不満を零していた。


「なあ、ニケル。今回の作戦を、本当に俺たちだけでやるのか?」


 室内を忙しなく動き回りながら、レナード・ジンクスは向かいに姿勢良く座りながら冊子を手にする青年へ声をかけた。ニケルと呼ばれた彼は視線だけをレナードへ寄越すが、直ぐに手元へ戻す。


「残念ながら本当のことです。上からの命令なのですから、仕方がありません」


 と、あまり両者とも乗り気ではないようだった。というのも、彼らの言う今回の作戦は、誰の目から見ても無理があったからだ。

 彼らは、魔の森の奥地で確認されたというS級の魔物ヒュドラの偵察および討伐を命じられていた。しかし、S級の魔物を相手取るときは五個部隊、少なくとも百五十人で編成されるはずだ。それをたったの五人で行けなどと、いくら個々の能力が群を抜いているとはいえ、無茶な命令であることは間違いない。

 彼らが所属しているのは、王立討伐騎士団第十三団。本来なら十二団までしかないはずのところを、レナード・ジンクス、ニケル・カーマー、他三人の計五人は第十三団として密かに活動していた。


「コリンズの野郎、俺たちを潰す気だぜ。やつは、S級に勝つことなんざ端から期待しちゃいない。無惨に負けるか逃げ帰るかしたところを、俺たちは……おい、何でそんな平然としてんだよ、ニケル!」


 大声で詰め寄るレナードを鬱陶しそうにしながら、ニケルはもう一度手元から目を離した。


「総長殿から聞いていないのですか?高雅の蒼穹が加勢してくださるそうですよ」


「なっ、高雅の蒼穹だって!?」


 鼻息を荒くしていたレナードは、高雅の蒼穹という言葉に血相を変えた。その異名はもはや、アーシブルの誰もが知る存在であった。特に、王立討伐騎士団では彼の功績が余すことなく伝わってくる。王立討伐騎士団の第三団を壊滅させた怪物を、たった一人で倒したという逸話は記憶に新しい。


 一人の冒険者について談じていた二人の間に、隣の部屋から第十三団の数少ないメンバーであるセオ・マイヤーズが、そのダークブラウンの髪から汗を滴らせながら音もなく現れた。どうやら向かいの訓練場に行っていたようだ。


「サザン総長も凄い置き土産を残していったね」


 セオの言葉に賛同の意を示しながらも、レナードは呆れた様子で容喙した。彼は第十三団で唯一訓練熱心な前衛方だが、三度の飯より戦闘と公言するほど戦いに対する執着心は並大抵ではない。


「オメェはどうせ、手合わせしてみたいとか考えてるんだろう、セオ」


「ああ、よく分かっているじゃないか。互いの全力の剣技をぶつけ合ったら、楽しいだろうな」


 ゾッとするような危険みを帯びた笑いを浮かべたセオは、またかという顔をした仲間を尻目に更衣室へと向かった。


 彼の日ごろの戦闘意欲は誰もが認めるほどだが、その一方で魔の森での任務になれば、その才腕を発揮していない。風の精霊魔法を我がものとする彼の実力を高く評価している彼らは、その差を案じつつも、対処しかねていた。


「全く、セオは相変わらずだな。訓練にも熱心に取り組んでるしよ、何処からそんな活力が湧いてくるんだ?」


「あなたが不精すぎるんですよ。彼ほどとは言いませんが、もう少しやる気を出したらどうです?」


 ちょっとの愚痴に揚げ足を取られ頬を膨らませるレナードだったが、やはりあの高雅の蒼穹に会えることが嬉しいのか、上機嫌に鼻歌を歌いながら部屋を歩き回る。


「そういえばノエルとルークのやつは何処いった?」


「ルークはきっとまた街に出ているんでしょう。ノエルは先ほどからそこにいますよ」


 ニケルの視線を辿ったレナードは、椅子の上に膝を立てて丸くなっているノエル・ブラウンの姿を見つけた。彼はこの部隊の司令塔であり、無くてはならない存在だ。だが、後天性の発音障害を持ち、口頭で話すことは無い。


「うわっ、気づかなかったぜ。悪いな、ノエル」


「......」


 ノエルはレナードを暫く見つめていたが、フイとそっぽを向く。


「そうむくれるなって。でもよ、よく高雅の蒼穹が応じたな?噂じゃあ、総長を振りまくってたって聞くぜ」


「さあ、どういう風の吹き回しでしょうかね。まあ、サザン総長が頭を下げたという噂もありますし、我々のために奮闘してくださったのでしょう」


 その異質さから孤立しがちな第十三団を、サザン総長は度々気にかけていた。

 この団は今から六年ほど前、現国王ギルバートが王太子だった頃に設立された。討伐騎士団の任務に加わることを望んだ彼に対して、前討伐騎士団総長ハーヴィー・オルコットが新たな団を創設することを勧めたのが始まりだった。

 しかしながら、その二年後にギルバートが即位したことで団を脱退。そのまま十三団は解散かと思われたが、残されたメンバーの強い要望を、総長の座を受け継いだサザンは容認したのだ。

 その経緯を知る者は多い。だが、総長から手厚い待遇を受け、国王からの覚えもいい彼らを、騎士らは心の奥底で妬んでいるのだった。そしてそれは、彼らに対する態度として時に現れてしまうのだった。


「高雅の蒼穹のことは他言無用、かつ彼のことを詮索するなと厳命されていますので、くれぐれも他の騎士に言いふらさないように」


 浮かれるレナードやセオに念を押したニケルは、やれやれと首を振った。何か面倒があってとき、その尻拭いをするのはいつも彼だ。これから巻き起こるかもしれない嵐の如くを予感して、密かに溜息をついたのだった。


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