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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスとペンドラゴンの財宝
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 フィリップ・ペンドラゴンはペンドラゴンM1からM999まで開発して、銃器メーカーを儲けさせましたが、メーカーの販売担当はその銃が確実に売れるようスペックに口を出したそうです。会社は名前こそ、ペンドラゴン・ファイヤーアームズでしたが、彼は銃の開発費のために自社株を刷ったそばから手放していたので、実態は雇われ社長でした。

 経営についてはずぶの素人でしたから、投資家たちの送り込んだ経営顧問の口出しを全部突っぱねていたら、ペンドラゴン・ファイヤーアームズはペンドラゴンM15か16あたりで倒産してしまっていたのでは?と言われています。ペンドラゴンが自殺をしたのはそのあたりが原因かもしれません。屈辱とか。

「その研究所に、ペンドラゴンM1000が眠っているのです」

 ああ、イルミニウス。そのまま寝かせておいたほうがいい気もしますよ? だいたいM999は軍艦を撃つための銃でした。M1000は何を撃つ気でしょうか? 惑星?

 ですが、ここはプロに徹しておきましょう。ボビー・ハケットの、まだ世に出ていないレコードがかかっているのです。

 翌日、ボートで大学水域へと出て、潜ります。わたしが選んだ相手バディは――。

「ルゥじゃなくていいのか?」

 ロレンゾです。

「エレンハイム嬢に声をかければ、もれなくフィリックスがついてきます」

「おれだって、ジーノがついてくるが――」

 と、ロレンゾはため息の泡を吐いて、つぶやきます。

 実は今朝、わたしたちは潜る前にジーノがカムイとタチアナ女史を相手に「なあ、もう一本、腕が生えてこねえかなあ。そうすりゃ、ひとりで三丁、マシンガンが持てる。トリプル・ブッチャー・タクティクスだぜ」と言っているのをきいています。

「軍艦を撃つにしろ惑星を撃つにしろ、ジーノの手に入るのは防ぎたい」

 双子の弟の責任です。

 わたしたちが錨の綱を伝って潜っているのは旧下宿街です。大学水域にはその昔、大学生たちを泊めていたであろう下宿屋通りが何本かあります。潜っていると、街並みは気球から見たみたいに把握できるのですが、どの通りにも靴屋や教科書専門の書籍店など学生に必要なものを売る店が多く、またパン工場のような苦学生の働き場もあります。よくできた街でしたが、地面の低さがネックとなって、ほとんどが沈みました。しかも、その地下に世界的に有名な銃工の秘密研究所があったなんて、誰が考えたでしょう? たぶん、相当の火薬を貯蔵していたはずですから、沈まずとも研究所内のうっかり人間が捨ててはいけない場所にタバコをポイ捨てしたら、このあたりの街は火山にやられたみたいに空へ飛び散って、ボトル・シティじゅうに降り注いだはずです。

 ペンドラゴンの研究所は学生やその他住民には極秘でしたが、それ以上に株主たちに秘密にしなければいけません。そんな研究所をつくるにはポケットの小銭では足りません。おそらく会社のお金を横領して資金をつくっているはずです。その研究所はペンドラゴンが何物にも制肘されずに作りたいM1000のためなのですから。

「あの家です。スーッ、ゴボゴボッ」

 古い民家です。屋根には不用心な漁師が引っかけてしまったらしいトロール網がかぶさっています。家の規模を考えると、二階は下宿人の部屋だったのではないでしょうか。恐ろしいことです。わたしも居候たちに家を占拠されていて、その悲運には相通ずるものがあります。この裏手に小さな礼拝堂があり、そこに問題の研究所への入り口があります。礼拝堂は小さいといっても、個人のものとしてはそれなりの大きさでした。四つのベンチがあり、そこに窓を背にした石像があるのですが、それは蟹に食べられた天使ではなく、――イルミニウスの姿をしていました。肩に泥が積もった司祭の服、ハゼがへばりついた丈の高い司祭帽子、いまのイルミニウスと大差のない少年の顔は礼拝堂の外で海草の小エビを追いかけまわす凶暴なすずきに向けられています。この礼拝堂は扉さえ開けておけば、庭までの視界が十分すぎるほど確保されているのです。ひょっとすると、水没前、この少年司祭の偶像を崇める人たちは礼拝堂に入りきらなかったのかもしれません。

「これはイルミニウスか?」

「おそらく。本当によく分からない人です」

 イルミニウス像は小さい旗をつけたショットガンを宝杖のようにかかげています。そのショットガンの機関部にあるボルトを引くと、イルミニウス像は石の削れる音を鳴らしながら沈んでいき、正四角形の暗い穴があらわれました。ライトをつけ、洞窟ダイビングには欠かせない出口への命綱を滑車から出しながら、その穴へ潜ります。固定された梯子の竪穴を五メートルも潜らないうちに横穴のようなものがあらわれました。特殊な金属で縁取りした大きな穴でよく見ると、パイク・パーチの幼魚が退屈そうに群れて、静止しています。形は鱸に非常によく似ていて、淡水魚。釣り人たちはなぜかかっこつけてザンダーと呼びます。『こちら、ザンダー。司令部応答せよ』みたいな感じです。いまのところ、六センチを超えないちっぽけな魚ですが、大人になれば七十センチになる大魚です。クレイズ・クロッシングを潜って通過するとき、一メートル五十センチのパイク・パーチが目の前のエビから釣り針の先っぽが出ていないか用心深くにらんでいるのを見たこともあります。

 パイク・パーチは産み捨てではなく稚魚を守る魚ですから、この秘密の研究所には親魚もいるでしょう。獰猛でオオクチバスみたいに手当たり次第に食べますから、秘密研究所はパイク・パーチたちの捕食圧に耐えられるほど大きく豊かな水域になっているのか、あるいはどこかに魚たちが自由に行き来する穴があるということです。

 トンネルを通ると、大きなホールに出ました。中央にペンドラゴンM1からM998まで集めて積み上げた物騒な塔型の偶像があり、ホールの四隅には受付カウンターと自動販売機、今は泥だらけの穴だらけなソファ、脅威の生命力で水中に順応した観葉植物たちが床に蔓と根を這わせています。これだけのホールをつくるのに必要なお金を横領したのだと考えると、秘密研究所は本当に秘密にしなければいけなかったわけです。しかし、これだけのものをつくるお金を抜かれていても、会社が倒産しないのですから、銃というのは非常にお金になるようです。

 これは戦争全般にも言えることでしょう。わたしが身につけているウェットスーツだって、海軍が戦争のため、命知らずの潜水士がより快適に軍艦の底に爆薬を設置できるようにするために開発されたものです。我々卑小の人類は戦争のためならば努力を惜しみません。病気の子どもたちを助けるためとか、美しい自然と共生するためとかよりも、敵とみなした相手の体内に金属片をぶち込むためのほうがずっと意欲が湧くのです。銃、大砲、毒ガス、爆撃機。敵という概念だって戦争の発明品です。

 ホールの半分は少し高くなっていて、銃の塔の左右の階段から上がることができます。が、階段を無視するのは水中を潜るものに与えられる特権です。こうして建物の広い部屋にいると、まるで自分が宙を浮いているみたいに思えるものです。

 武器だらけという点ではロレンゾも負けていません。体じゅうにベルトをまわして刃物の類を身につけています。もし、包丁会社の発明家が秘密の研究所をつくるときはロレンゾの像をホールに置くのがいいでしょう。暗殺に使うとはいえ、ロレンゾは刃物販売会社にとって非常に重要なお客さまです。

「ただ、真似されるのはあまりいい気分じゃない」

「真似?」

 ホールの奥の、錆で脹らんだアーケードをくぐりながら、耳につけた通信装置がロレンゾのうんざり声を伝えてきました。

「最近、おれが使ったナイフがどういうわけだかあちこちで知られている」

「偶然では?」

「五回も起きている。それに五回目はひどく反った、三日月型の珍しいものを使った。人の喉を切り裂くために発明されたナイフだが、これを仕事に使ったら、あちこちのナイフ使いが同じものを持ち出した。まさか、おれが殺したとまでは知れ渡ってはいないが、そのうち手口まで真似されそうで嫌になる」

「ジーノが酔っぱらって、誰かに話したのでは?」

「それも考えたが、ジーノがおれの仕事をうかつに話すほど酔っているということは、ジーノはもう敵味方の区別がつかなくなっているということだ。それなら、相手はジーノが素面に戻るまで生きていられるとは思わない」

「確かにそうですね。ナイフの製造を頼んでいる店は?」

「あそこではない。顧客の情報を漏らすようなら、とっくに廃業している。それよりも、おれのファンがいるのかもしれない。あんたなら、分かるだろう?」

「さんざん勘違いされました。東洋にはカッパと呼ばれる化け物がいて、人間を水のなかに引きずり込んで殺してしまうそうです。しかも、それだけでは満足せず、お尻の穴から内臓を引きずり出すというのですから、ウツボ男と同じくらい凶悪です。よほど凶悪な見た目をしていることでしょう。一度見たら、人間が記憶を自由に忘れる機能がないことを恨むくらいに」

 ん?と話が止まります。ロレンゾはいい話相手です。うんざりするほど話を続けないあたりなど、コツを心得ています。わたしも水のなかなら話もしますが、それだって無限ではありません。わたしたちの会話を止めたのは天井のエアポケットです。こうした洞窟や建物のなかにはどうやってか空気がたまっていることがあります。水没前の空気ということになります。それがただのエアポケットなら、わたしたちも怪しんだりしません。ところが、その空気たちは光っているのです。まるで、小さなくぼみではなく、大きな空間につながっていそうな深みのある光です。おそるおそる、光る空気に頭を突っ込んでみると、わたしたちの頭はポケットどころか広大な空間の床に出ました。

 研究所は完全に水没していなかったのです。

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