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今度こそ、異次元の入り口――我が家への帰路が開きました。
「本当に帰るのか? ここにいれば、好きなだけ宇宙人を倒せるのに」
お誘いありがたいですが、不法占拠による所有権消滅が起こりそうなので帰ります。それにここではわたしをおもちゃにする連中が艦長の後ろでじりじりとスタンバイしています。
「じゃあ、向こうのわたしにとっとと死ねと伝えておいてくれ。さらばだ」
気づくと、わたしとエレンハイム嬢、そして、フィリックスはわたしの家にいました。
時計を見ると、昼の二時。みな出かけているようです。
ああ、やはり我が家はいいですね。こちらの海にはきれいな珊瑚もかわいいクマノミもいませんが、わたしの家があるのです。
「なんだか、いろいろあって疲れたね」フィリックスが言います。「それではわたしは帰らせてもらうよ」
「うん。兄さま。またね」
おやおや。エレンハイム嬢が兄さまを引き留めないのですか? まあ、兄依存が治るのは悪いことではありません。ふああ。眠いです。地球の平和は彼らに任せて、わたしはお昼寝を楽しむとしましょう。
ウェットスーツをえもん掛けに吊るして、陰干しし、パジャマに着替えておやすみなさい。
トントン。誰かがわたしの部屋をノックします。
いえ、いるのはエレンハイム嬢しかいないのですが。
ドアを開けると、エレンハイム嬢がいました。ペパーミントのドレスを着て。
「ダンスの約束、忘れてませんよね?」
一方的な通告を約束と言えるのかどうか。
「じゃあ、着替えてください――いつもの灰色の服じゃない、よそ行きですよ」
めんどくさいです。ですが、宇宙人をひねりつぶし、その脳を食らう兄がいる少女の命令に「めんどくさいから、やです」とこたえるのはリスクがあります。
仕方ありません。いままで二回くらいしか袖を通していない燕尾服があるので、それに着替えます。
「うん。いいと思いますよ。兄さまほどじゃないですけど。それとマスク、外してください」
いやです。とっとと踊って、とっととお昼寝したいです。
エレンハイム嬢は参加者一名の『ヘンリー・ギフトレスのマスクをはぎ取ってやろうゲーム』をしました。ひどいです。むごいです。ウツボ男やカニ男への変異同様、人類が凶暴化している証拠です。
「ほら。ヘンリーさん。顔はきれいなんですから」
そりゃ、毎日真水で顔を洗っていますからね。と、黒板に書きます。
「そういうことじゃないです。さあ、リードしてください」
レコードが『波路はるかに』をかけます。
仕方がありません。手をとり、背中に手をまわし、リードします。わたしはヘンリー・ギフトレス。善良な潜水士にして――、
ガチャ、バタン。ガチャ、バタン。ガチャ、バタン。
「あーあ、よく寝た。って、ああ!?」
「どうした、ジーノ、何が――ああ?」
「うむ。休むときは休む。これもまた騎士道――うおっ!?」
「寝たら、元気が出てきた! ……おおっ!」
「同志諸君。休息のときは過ぎた。さあ、革命へ邁進せよ! むむっ、ブルジョワ趣味」
エレンハイム嬢が顔を真っ赤にして、わたしの胸におでこをくっつけます。
わたしはそのままリードを続けて、くるっとエレンハイム嬢のターンをアシストします。
そして――、
「わたしが踊りたいと言って、無理につき合わせた」
――わたしはヘンリー・ギフトレス。善良な潜水士にして、捨て身の紳士なのです。
ヘンリー・ギフトレスと戦艦ブラックプリンス end




