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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスと戦艦ブラックプリンス
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 海軍軍人には敵を見かけたら、戦力差など気にせず攻撃を仕掛けろという困った文化があります。こちらの戦力が劣っていたら、いったん逃げる戦略的撤退がごとくは陸軍のすることであって、海軍はしない。敵を見たら、必ず戦え。臆病成分は全てバグにたくした少女艦長はためらうことなく、魚雷発射のボタンを押しました。

 結果から言えば、我々は勝ちました。正確に言えば、フィリックスが勝ちました。わたし? わたしは戦いません。善良な潜水士は平和主義者なのです。

 さて、勝者の略奪が開始されました。宇宙人の円盤のなかには空気があり、ピカピカした通路から通路へ、部屋から部屋へと調べてまわり、大きなスクリーンにボトル・シティの地図が映っているのを見たとき、しかもロンバルド通りのわたしの家に赤いマークをつけられているのを見たときは血の気が引きました。宇宙人たちはわたしの家への居候を考えている! わたしの家をどうするつもりかきくべく、事情を知っている脳みそを連れ帰って、尋問した結果、あのアパートメントの、まさにわたしの部屋に次元トンネルをつくって、あっちの世界への侵略を行う。

 事態は最悪のように見えますが、少なくとも宇宙人たちは向こうの世界へ戻るための手段について、持っているとまでは言わずとも知っているようです。テロリスト脳みそをもっとたくさんさらって、電極でつつきましょう。

 ところで、ブラックプリンスの乗組員たちは宇宙人たちの具体的な侵略計画を知り、あちらの世界への入り口を開ける目途が立っていることが分かると、いろいろ意見が出始めました。

「かまうこたあねえ。開けさせちまえ。そうすりゃ、やつらは入り口に集まるから、効率的にぶっ殺せるし、こいつらも帰れるじゃねえか」

「ばーか。宇宙人どもがあっちに行っちまうじゃねえか」

「そんなもん知ったこっちゃねえよ。だいたい、向こうに行くって言っても二、三匹の話だろう? そのくらい、向こうでも始末できるだろが」

(この意見は尤もな話です。わたしの家につながるということはジーノかロレンゾ、ジッキンゲン卿、カムイ、タチアナ女史、あるいはその全員がいます。タコ足宇宙人や脳みそ装置に負けるようなかわいらしい人たちではありません)

「なあなあ、地球侵略する連中ってのはよ、何も無鉄砲無我夢中に侵略するわけじゃねえよな?」

「なにが言いてえんだよ、ヴァージル?」

「つまりよ、地球に行ったら、真っ先に攻撃するリストがあるってことよ。そのリストによ、別れた女房たちの住所と電話番号を入れられねえかな?」

「無理だろ。宇宙人だって我が身はかわいい」

「大丈夫だって! 宇宙人にはむしり取られる養育費なんかねえだろ」

「お前、何か月滞納してる?」

「二年」

「お前、そりゃあ、いくらなんでもだろ。おれだって一年経ったら、三ドル入れてる。そうすりゃ訴えられねえって弁護士が言ってた」

「こちとら、三ドルだって払いたくねえんだよ」

「なあ、人の腹を刺したら時効は何年だ?」

「死んだかどうか。強盗目的かどうかで変わる。まさか、レイプじゃねえよな」

「そんなんじゃねえ。レイプなんてやってねえよ」

「じゃあ、せいぜい十年かそこらだ。一番重い武装強盗付きでも十一年だからな」

「やったぞ。じゃあ、時効だ。十二年たってる。おれのは武装強盗じゃなくてレイプだから十一年よりも短いはずだ」

「お前、さっきやってねえって言ってなかったか?」

「大切なのは殺意の有無だ。つまりよ、刺したヤッパを腹に入れたまま捻じったら、これだけで五年上乗せされる」

「そんなこと、宇宙人どもにはしょっちゅうやってる」

「やっぱり、あっちの世界には戻りたくねえな。まだ手榴弾を試してない」

 機関夫と軍医たちはフィリックスと潜水艦が持ち帰ったガラクタを適当にいじり倒しています。ネジでつなげたり、コードをつなげたり、金属っぽい粘土を転がして丸くしたり。彼らの制作活動はまったくの勘であり、方針やリスクの検討があるわけではありません。ただ、またしても宇宙人たちがあらわれると、わたしはさっと伏せて、あの狂乱の出陣地獄を避けました。思い思いの武器を手に全乗組員が宇宙人目がけて突っ込んでいきます。エレンハイム嬢とフィリックスも一緒です。

 平和主義者のジレンマです。ある人物が平和主義者を唱えるには別の誰かが手を血で汚さなければいけません。そうでなければ、わたしは宇宙人に頭をこじ開けられて、脳みそを取り換えられてしまいます。平和主義確立には戦いが欠かせないのです。と、なるのですが、わたしは悪い平和主義者なので、誰かが代わりに戦っている状況でも一向にかまわないのです。それにいま、わたしは製作途中のガラクタにぶつかってしまいました。これは大砲の砲身が光線銃のようなものになっていて、斜め上に狙いを定めています。だから、まあ、誰も傷つけません。とはいえ、平和主義者が武器を敵の頭上に向けて放てば、世界平和主義協会からの除名処分は免れません。いえ、平和主義者は他人の戦争の上に成り立っているという秘密を知った以上、敵は刺客を送り、わたしを殺して――あ、あれ?

 光線が泡の天井にぶつかると、大きな穴が開きました。ただ、それは海に開いたものではなく、別の世界、見覚えのあるドアと黒板……あっ! わたしの家です!

 宇宙人たちは異次元への入り口が開いたことに気づいたようです。すぐに光でできた梯子があらわれ、タコ足宇宙人がにょろにょろと昇ります。彼(あるいは彼女)は最初に地球に達した宇宙人というわけですが、地球の歓迎状況はあまりよくないものだったようです。宇宙人はズタズタに切り裂かれて、落ちてきました。ロレンゾが家にいるようです。脳みそを搭載した機械が梯子を上りますが、わたしの部屋に到達する前に長いたくましい腕が伸びてきて、上にさらわれて、べこべこにへこんだ状態で落ちてきました。カムイがいます。ということは主人のジッキンゲン卿もいます。開いた穴から縄梯子がひょろっと下へ伸びていきました。残念ながら地上に達するには三分の二足りない長さでしたが、タチアナ女史が降りてきて、梯子にしがみついたまま、全宇宙の労働者兄弟に向けた演説を始めました。どうやら、この侵略戦争は宇宙的資本主義者が自己の利益のために考えたものであり、兄弟姉妹たちはただちに武器をおさめ、真の敵へ当たらなければならない!とそんなことがきれぎれにきこえてきました。もし、宇宙人たちがわたしたちよりもはるかに高度な民主主義制度を確立していれば、タチアナ女史の演説は侮辱ととられます。わたしたちの言葉は分からないはずの宇宙人たちがなんだか腕をふりまわしているのは演説への賛同なのか敵意なのか。ただ、梯子を上る宇宙人たちの勢いがより強くなった気がします。タチアナ女史が梯子を上った直後、何かが落ちました。それが爆発して、宇宙人たちがベトベトのネバネバになって飛び散るころには元の世界への穴は閉じてしまいました。

 ……恐ろしい居候たちです。普通、足元に異空間へ入り口が開いて、こんなにすぐに攻撃的な態度を取れるものでしょうか? 話しかけるとか、敵意を持っていないジェスチャーとかをして、お互いの意思疎通をはかろうとするものではないでしょうか? いえ、まあ、確かに彼らの凶暴な攻撃性のおかげで地球は侵略を免れたわけですので、文句は言いません。ただ、わたしが戻るときにいきなり攻撃しないようお願いしたいものです。

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