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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスと戦艦ブラックプリンス
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 プラズマ爆弾を沖に捨てに行く日、なぜかエレンハイム嬢も一緒に潜ることになりました。防水カバーのなかには例のペパーミント・ドレス。最近、フィリックスは観光地区沖合の海域のハマグリがお気に入りらしく、彼の家に行くよりは、ここに来たほうが遭遇確率は高いのです。どこかにエアポケットを見つけて、ドレス姿を見せたいのは、まあ、妹の乙女心ですが、プラズマ爆弾を処理するタイミングでないとだめなのでしょうか?

 この日は割と明るい曇り空でした。薄く光がにじむ雲の穴が点在していて、ときどき海面へ斜めに差し込む日光が見えたりします。そのせいか海中の透明度も素晴らしく、三十メートル先で光る壜の蓋を見分けられます。壊れた自動車や四軒で固まった別荘地(ここからは十二ドル相当の銀食器が見つかりました)、木造部分が崩れ去った汽艇モーター・ランチの骨格。こうしたものが広がった海底で懊悩する現代人みたいにバラバラに存在しています。小さな半島があったのが、そのまま沈み、軽いもの、広がったものは潮流に引っかかって、みな海にとられてしまったのです。このさらに西の海底には半島を陸地からもぎ取った原因である海の谷間が存在します。この谷間が地面をずるずる引きずり込んだわけです。

 わたしはこの谷間にプラズマ爆弾を投下することにしました。そうやって、谷の上へ泳いだとき、

「ギフトレスさん、待ってください」

 エレンハイム嬢が指差す先には断崖に座って、ハマグリを食べているフィリックスの姿がありました。いつもの燕尾服姿で、足を崖のほうへ揃えて座り、燕尾はお尻の下に敷いたりせず、後ろへきちんと伸びています。ハマグリだって両手でそろえて持って、小さな口でちょこちょこ食べている――ジッキンゲン卿やジーノ、カムイに見せてあげたい行儀のよさです。もちろん、皿に盛って、ナイフとフォークを使うのが最上でしょうが、海の底では取りうる行儀もわずかなものです。それを精いっぱい守ろうとするフィリックスの姿は非常に好感が持てるものでした。

「フィリックス兄さま」

「ああ、ルゥか。それにギフトレスさんも。ん? ひょっとして……」

 わたしは彼女にドレスのことを素直に白状しました。

 それからふたりはもじもじしてお礼を言い、首をふり、エアポケットがあったら見せてあげられると言い、もう踊ったのかい?なんて、まあ、兄妹の仲がよいことで、わたしはというと、この厄介なプラズマ爆弾を落とそうと、谷の上へひとり足ヒレを動かしていました。底の見えない谷底は藍色を可能な限り強くした、光を食いつくした暗闇です。

「じゃあ、いい人に拾われるんだよ」

 と、プラズマ爆弾を投下した瞬間でした。

 谷から七色の光が渦を巻くようにして上がってきて、そして、わたしを飲み込んだのです。

 思わず、目をつむり、再びまぶたを開いたとき、わたしがいたのは、美しい珊瑚礁の谷――碧と赤とピンクが崖を駆け上り、そして、白く波紋と描いている砂の底にはこれまで実存すら疑われていた戦艦ブラックプリンスが着床していたのです。

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