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首元の布製のバラまでペパーミント色、モダンなデザインでも背中を開かせないあたりに兄の過保護の香りがします(本当はペパーミントのバラにかかった香水のにおいです)。
「ギフトレスさん、ありがとうございます!」
わたしは古い人間なので、己が腕一本で賞金稼ぎとして生きてきた少女が、スカートをひらっとさせながら一回転して、女の子らしい笑みで喜ぶのは素直にいいことだと思います。平和です。
「でも、わたしのサイズ、どうして、ギフトレスさんが知っているんですか? まさか、寝てるあいだに測ったとかじゃないですよね?」
いけません。このままでは変態と間違われます。フィリックスとの約束はありますが、我が身が変態扱いされても守らねばならない約束とは思いませんし、この反故で世人がわたしに後ろ指をさすことはないでしょう(それどころか、十代の少女が眠っているときに体にペタペタ触って秘密でサイズを取ったなんて思われるほうが後ろ指です。常に頭のなかで「変態を殺せ」と声がきこえ続けているバーテンダーが、後ろから親指くらいの太さがあるアイスピックでぶすりと来るかもしれません)。
ドアの横にある黒板で実はフィリックスに頼まれたことを白状しました。
「フィリックス兄さまが!」
エレンハイム嬢の顔がドライトマトみたいに真っ赤になりました。
そのとき、ジッキンゲン卿が戻ってきました。甲冑がガチャガチャ鳴るのでアパートに入る前から近づいてくるのが分かるのですが、油断していました。
老騎士を目にすると、エレンハイム嬢が赤い顔のまま、もじもじし出して、
「ヘンリーがどうしてもって見たいって言うから着たんだ」
「ほう。我輩もよく似合っていると思うぞ。ギフトレス卿も存外、隅にはおけぬのだなあ」
と、なぜかわたしがエレンハイム嬢のドレス姿を見たいと言ったことになっています。ヘンリーがどうしてもって見たいって言うから着たんだ――この言葉の一番おかしなところはどこだと思いますか? 言う、ですね。
じゃあ、エレンハイム嬢のドレス姿は見たいかどうかなら、別に見るのは平気ですし、いいと思いますよ。感想を口述でねだられなければ。
わたしは黒板に『ダンスしますか?』と書くと、エレンハイム嬢はカジキマグロみたいにすっ飛んできて、その文字を慌てて消しました。え? なんですか?
「ダンスは――」
と、言いかけて、キッチンでオニオコゼをうまいうまいとバリバリ食べているジッキンゲン卿をちらりと見てから、
「ボクがボクじゃなくて――わたしのときに踊りたいから」
そう言って、自分の部屋に走って、ドアを閉めました。
乙女心は分かりません。




