表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスと闖入ペンギン
7/111

 水没区域に三方を囲まれた大聖堂地区は西で旧市街と地続きになっています。そこはブレッキンリッジと呼ばれる横町でここを道なりに進むとロンバルド通りの外れにぶつかります。

 そこから西へとまた道なりに歩いていけば、我が家はすぐそこです。大聖堂のガラクタ市で大きなタンクをふたつも背負った闖入ペンギンを見かけたりしなければ、そのまま素直に帰ることができたのですが、見つけてしまった以上、平常心ではいられません。敵は大きなサイザル麻の袋に入ったボールみたいなものを小脇に抱えています。外からでは何が入っているのか分かりません。

 古来より敵を知るにはまず己からと言いますが、自分のことはよく分かっています。口で説得することが絶望的であり、その他の方法をとらざるを得ない――これがわたしです。もう、敵を調べなければいけない段階まで来ているわけです。そこで、わたしはマスクがしっかり装着されていることを確認すると、自分の顔を両手でパンパン叩いてカツを入れ、闖入ペンギンを尾行することにしました。

 闖入ペンギンは大聖堂地区を南に、つまり商業街を目指してヨチヨチ歩いています。

 時間は午後三時でいまから獲物を探すには遅すぎる時間です。何をしに行くのか見てやろうと思うのですが、もし、それで重大な秘密でも握れたら、一挙に戦況をひっくり返すことも可能です。ただの尾行にあまり期待をかけると、外れたときの落胆も大きくなるものですが、たまにはボトル・シティにも希望を胸に抱くものがいてもいいはずです。

 そのうち大聖堂地区を外れて、商業街が見えてきました。すでに道のほどんどが水没していて、彼は潜水服のまま、水にずぶずぶ入ってしまいますが、こちらは私服です。どうしたものか考え、結局、ボート屋でボートを借りて、追いかけることにしました。

 五十セントを男に渡し、黙ってさっさとボートに乗り、オールで漕ぎます。水面にあがる泡を追えば、こちらは水上にて確実に敵を捕捉できます。わたしが駆逐艦でないことが残念です。そうしたら、機雷を落とすことだっできたのに。

 泡はぶくぶくぶくぶくと水面で弾けながら、ファースト・ナショナル銀行のほうへと向かっていきます。ボトル・シティで唯一の現役銀行はその前面に広い階段があり、そこがそのまま水辺と船着き場を兼ねています。金持ちの乗るクルーザーや寸胴なディーゼル漁船のあいだからぶくぶくと泡が大きく立ち、そこから闖入ペンギンがマスクとフードに隠れた頭をひょいと出し、ペタペタと銀行の大階段を登り始めました。

 大階段は銀行のなかに入れるほど真っ当ではない取引の舞台となっていて、怪しげな捕鯨証券や担保貸付などが相場師にしか分からないしゃべり方で売り買いされています。誰かから絶対に儲かる話があると言われたら、思い出してください。本当に儲かる話をするとき、彼らは彼らにしか分からない言葉をつかいます。ひっぷ、ひっぷ、りっくる、はんたー、ざんたー。こんな感じです。

 銀行に入ると、大きなホールが客のポケットの小銭にかぶさるかのごとく屋根を塞ぎます。闖入ペンギンはサム・ブラウン・ベルトをつけた警備員に何かの専用窓口の場所をたずね、警備兵は機関銃の銃口でぞんざいにある場所を指します。

 そこは賞金取り扱い窓口でした。メッキ処理した銅の格子がかかっていて、白い口ひげをたくわえた行員が紙幣を色別に分けて、古い紙幣を抜き出して、何かに数字をつけています。

 わたしはこっそり銀行に入ると、観葉植物の後ろに隠れて、闖入ペンギンのやり取りを見守ることにしました。

「賞金支払いですか? 受け取りですか?」

「受け取り」

「賞金を受け取りにあたって、対象の賞金首を倒した証拠はお持ちですか?」

 闖入ペンギンは言葉のたとえが分からないのでしょうか? 賞金首を倒した証拠に、賞金首の首を持ってきたのです。首は茶色く変色していて、皮膚がぶよぶよしているようでした。目は白目を剥いていて、顎が大きく開いて外れかけています。

「ちょっと待ってくれ。まだ、ある」

 そう言いながら、闖入ペンギンは袋を振り、すると、スッパリ斬られた二匹のウツボの頭が落ちてきました。

 それを見て、あの変わり果てた首がピーター・ローデスこと〈ウツボ男〉であると分かりました。すると、窓口の老人は首をふりました。

「また、厄介で面白くないやつをとってきたもんだね」

「どういうことだい?」

「ローデス家とヴァンデクロフト家は賞金をふたつ合わせて十万ドルに設定したが、この手の客はなんだかんだねばって、結局、払う賞金をごくわずかにしぼっちまうんだ。弁護士や会計士を大勢連れてきて、さんざん賞金首をいじめた後にな」

「じゃあ、確実にはいくらもらえる?」

「あいつらもいっぱしの名家だから、千ドルは払うだろう」

「では、それで構わない」

「でも、そっちもギャングみたいな弁護士か弁護士みたいなギャングを雇って粘れば、五千ドルくらいにはなる」

「いいんだ。別に。お金のためにしているんじゃないので。ただ、ひとつ条件がありる。ローデス家とヴァンデクロフト家の方が直接、賞金を渡しに来てほしい」

 なんとも理解しがたい話です。本来なら十万ドルもらえるはずの仕事を千ドルで納得するとは。

 まあ、金銭に対して淡白であることは美徳に数えてもいいでしょう。でも、わたしとしてはたっぷり一万ドルくらいもらって、一万ドルの賞金稼ぎにふさわしいペントハウスにでも引っ越ししてくれれば、さらに美徳です。

「ふむ。分かった」白ヒゲの窓口係がこたえます。「部屋が空いているか、頭取にきいてみないとな」

「いや。ここではなくて。ロンバルド通りの――」

 はぁっ!? わたしは耳はいいほうできき間違えはしないのですが、このときばかりはきき間違えであってほしいと願いました。

 闖入ペンギンがローデス家とヴァンデクロフト家の人間と会うのに指定した場所は間違いなく、ロンバルド通りのわたしの家です。そこで午後五時にお金の受け渡しをするというのです。

 これは何かの冗談でしょうか? いっそ、ここでダイバーナイフを出納係に突きつけて、金を出せと叫び、警備員の機関銃で細切れにされたほうがどんなにマシでしょうか!?

 我が家で会談? これでは家に帰れません。両家と闖入ペンギンの会談が一時間かかるとして、午後六時までわたしは帰ることができません。いえ、もしかしたら二時間かかるかもしれませんから、午後七時――いえ、土壇場で千ドルも嫌だと言い出して、両家がごねれば、午後八時までだってありえます。こんな悲観的なことを考えないといけないのは、それもこれも闖入ペンギンの越権行為のせいです。

 とにかく、わたしは午後八時まで、どうやって時間を、それも誰にも話しかけられずにつぶすかを考えながら銀行を出ました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ