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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスと革命の自動拳銃
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「警察署から出てきて、ひどく辛そうな顔してたからな。こりゃあ、ほっとけねえ。サツってのは、本当にひでえやつだからな。おれが自分でよーくわかってる。――え? あのタチアナがメシ抜いて、飢え死にしようとしてるって? で、ケーサツがどーか食べてチョーダイってお願いしてるって? マジかよ! サツがメシを食ってくれなんて、そんなことあり得るのか? メシ抜いて、供述書にサインしたらウミウシのサンドイッチ食わせてやるってのは何度もやられたけど、食べてくれって……そいつぁ、すげえな。あのタチアナってのにはガッツがあるぜ。サツをそんな方法できりきり舞いさせたやつはきいたことがねえ」

〈ハードウェア・ジョバーズ〉は相変わらず儲かっています。ルーレットが人気過ぎるので、テーブルが足りず、トランプを使ったルーレットを考案しましたが(山札一枚めくって何が出るか当てるだけです)、それでも足りない。海を舞台にした一セント専用スロットマシンでは労働者がフエダイ一匹分の儲けを夢見ています。〈ハードウェア・ジョバーズ〉において、フエダイの値段は十五セント。フエダイの絵柄を揃えれば、十五セントです。

 ときどきゴリラみたいな用心棒がイカサマ師をバットで殴って、外に放り出すことがありますし、ロシアンルーレットの部屋では一時間から二時間にひとり、継続的に死者を出しています。しかし、ギャンブラーたちはおれはああはならないぞと思いながら、一セントを一万ドルに生まれ変わらせる夢を見て、頑張ります。

「おふたりさん。遊んでくか? 十五ドル分くらいのチップならタダでやるよ」

 わたしたちは十五ドル分のチップをもらって、そのまま換金しました。

「夢がねえなぁ」

 ジーノが苦笑いしています。

 わたしたちがバニーガールという風紀的に問題のある服装をした女性従業員から一ドル札十五枚を受け取っていた瞬間でした。鋼鉄の扉が吹っ飛んで、ポーカーテーブルにぶつかったのは。色とりどりのチップが宙を舞い、からくて白い煙がもくもく渦を巻きながら脹らむなか、なんと白と黒の法衣をまとったシスターたちがショットガンとピストルを手に飛び込んできたのです。

「全員、手を上げろ! でないと、鉛玉をお見舞いするぜ!」

 おや? おかしいですね。見た目はシスターの、顔がしわくちゃだらけのおばあさんなのに声が野太い男の声です。つまりおばあちゃんの仮面をつけた男たちです。

 ちなみに、これに気づいたのは後のことで、この瞬間はわたしも頭がパニックだったので、野太い男みたいな声のおばあちゃんシスターなのだくらいにしか思っていませんでした。

「金目のものを全部出せ! 妙な真似するんじゃねえぞ!」

 強盗たちは枕カバーをいくつも持っていて、それにテーブル上のチップや現金、客が身につけている貴金属を手当たり次第に詰め込みます。もちろん、わたしとエレンハイム嬢がちょうど受け取っている真っ最中だった十五ドルも取られました。抵抗はしません。十五ドルは大金ですが、命と引き換えにする額ではありません。それにあぶく銭です。そういうお金は身につかない。教訓にしましょう。

 おばあちゃんシスターはもちろんジーノにも突っかかります。銃身と銃床を切り落としたショットガンを胸に突きつけ、もうひとりがジーノの体をあちこち触って、大きなリヴォルヴァーと小さなリヴォルヴァー、それに飛び出しナイフを没収します。

 ジーノはわたしたちがチップを速攻換金したときの苦笑いのまま、シスターたちにたずねました。

「お前ら、自分が何しでかしてるのか分かってやってるんだろうな?」

「黙りな、道化野郎。金庫を開けるんだ」

「鍵を持ってない」

 シスターのひとりがジーノのこめかみをリヴォルヴァーで殴りました。よろけて、殴られた紫色のあざから血がひと筋流れていますが、苦笑いしています。

 すると、シスターのひとりがわたしに銃を向けました。

「じゃあ、鍵を出しな。さもねえと、こいつを殺すぞ」

「勝手にしろよ。知らねえやつだ」

 は?

 すると、リヴォルヴァーのハンマーが上がるカチッという音がしました。

「わかったよ。案内する」

 シスターのひとりに銃を頭に突きつけられたまま、引っぱられ、ジーノの事務室へ連れていかれました。簡素な部屋で裸の女の人が描かれたカレンダーが壁にかかっています。それを外すと、小さな金庫の扉があらわれました。

「鍵はこのなかだ」

 そう言って、ジーノはダイヤルをまわし、扉を開こうとしますが、

「待て」

 大きなショットガンを手にしたシスターのひとりが言いました。

「扉はおれが開ける」

「鍵が入ってるだけだよ」

 今度はショットガンの銃身がふられて、こめかみに当たりました。ジーノは倒れて、絨毯に血を垂らします。

「ふざけやがって。道化野郎が」

 シスターたちは非常用の銃が入っていると思っていたのでしょう。ですが、実際に入っていたのは、釘と爆薬でした。扉を開けると、パリンと何かが割れ、次の瞬間、火のついた小さな釘の群れがシスターの顔と肩をズタズタに切り裂き、燃やします。

 わたしは肘でシスターの腹を打ち、慌てて伏せました。燃えているシスターの落としたショットガンにジーノが飛びつくのが見えたからです。床を転がりながら、ジーノが撃った鹿弾がふたりのシスターの胸に飛び込んで、背中が壁にぶつかるまで吹っ飛んでいきました。ひとりはジーノの部屋から逃げましたが、すぐに凄まじい銃声。ジーノの子分たちに囲まれ、蜂の巣にされたようです。

 弾の切れたショットガンを捨て、床に落ちている銃の弾倉を開けて弾が入っていることを確認すると、顔を焼かれて苦痛にもがいてジタバタしているシスターの胸を踏みつけました。ボロボロの仮面をはぎ取ると、ボロボロの顔があらわれて、とても正視できる代物ではありませんでしたが、その唇の上に鉛筆でひいたような口髭があるのを見て、分かりました。彼はガリャルドの店で見かけたセニョール・スミス二号です。

「た、頼む。医者を呼んでくれ」

「医者ならボトル・シティで一番のやつが隣の部屋にいるさ。ロシアンルーレットで死んでなきゃな」

「じょ、情報がある」

「懺悔室の秘密ならいらないぜ、シスター・マザーファック」

「殺しの情報があるんだ!」

 しゃべれなしゃべるほど顔の肉が裂けて落ちるくらいの怪我を負っていても生きることへの執着があって、ジーノと取引を望んでいるようです。

「殺しなんて、この街じゃかあちゃんの顔ほど見飽きてるぜ、シスター・マザーファック。嘘ってのはな、シスター・マザーファック、頭で考えるもんであって、ケツの穴で考えるもんじゃねえ」

「マーダー・インク!」

 殺人犯のインク?

 ひゅう、とジーノが口笛を吹きます。

殺人会社マーダー・インク? やつらが誰を殺したってんだよ?」

「言ったら、用済みだって殺すんだろ?」

「お前ぶっ殺して、お前に嘘つかれたと気づいて、頭にきたときにおれは誰を殺したらいいんだよ? で、マーダー・インクが誰を殺したんだ、クソ野郎?」

 胸をさらに踏みつけます

「リチャード・リチャードソン」

「あ? てめえ、馬鹿にしてんのか?」

「この街では教父と呼ばれてたじいさんだ」

「あー、なるほど」

「教えただろ? 医者を呼んでくれよ」

「いや。おれはお前を信じるぜ」

 バン!

 ジーノは銃を机に放り、椅子に深く座ると、煙草を一服つけてから言いました。

「誰でもいいから、この死体を穴倉に放り込んでくれ。それとロレンゾを呼んでくれないか? 厄介なことになった」

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