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革命党のことを描いたら、資本家側のことを説明しないと不公平な気がします。
というより、ロンバルト通りが資本家たちの勢力圏にあるので、そちら側に行かなければならないのです。
「なんだよ、無口コンビじゃねえか」
革命家と資本家のあいだには様々な相違がありますが、ただひとつ、わたしとロレンゾに対する呼び方は一致するようです。
「お前らは資本家か、革命党か?」
確かに資本家というほどお金を稼いでいるわけではありませんが、このあいだ、わたしは石鹸一個から百ドルのお金を生み出しました。これを実業家や投資家が集まるラウンジで言ったら、間違いなく資本家認定してくれることでしょう。
「……」
「……」
「おい、ジェイク! こいつら、何にもしゃべらねえぞ!」
「質問の仕方を変えろや、ガス!」
「よし。お前らは革命党か?」
わたしたちは首を横に振りました。
「じゃあ、資本家陣営か?」
わたしたちはうなずきました。
「よーし、通れ。それとすぐにライフルを調達するんだな。いっぱしの男はライフルを持っておくもんだ」
資本家の言い分では彼らはその地位を得るまでにリスクを負ったというものです。つまり、銀行からお金を借りて、一か八かの博打に出て、事業を成功させたというわけです。妙な話ですが、金持ちを支持する労働者というものが一定数存在します。資本家はいかに革命党が有害かで自分よりも所得の低い人たちを引きつけていました。特に個人事業主が支持層で、革命が成功したら、店を取り上げられると言っています。エレンハイム嬢の質問に対するこたえを思い出す限り、店を取り上げられるのは事実です。エディ・カールソンやアンクル・トッドもこちらの陣営です。
しかし、自分の店ももたず、貧乏な人がなぜお金持ちの言うことに耳を貸すのか、やはり不思議です。そこには何か信用詐欺みたいなことがあるのか、それとも……。
果物箱の上に乗った資本家陣営の演説をちょっときいたら、こたえが分かりました。
「やつらは一切の宗教を認めない! 信仰を、神を、蟹に食べられた天使を敵視している! 先代の教父さまを殺害したのが、その証拠だ」
なるほど。すとんと納得しました。お金がない労働者だけど、信仰心が抜群な人たちはかなりいます。蟹に食われたほうがマシ、という常套句だって、大聖堂に通うような人の前で言ったら、厄介なことになるのです。
この騒ぎは思ったより長くなりそうです。資本家陣営にはそんなに支持者がいないと思っていましたが、ボトル・シティは完全に二分されていました。回転銃座付きの本物の装甲車には〈秩序、伝統、信仰〉の文字が書かれています。これは労働者対資本家ではなく、労働者対蟹に食べられた天使の戦いです。資本家はそこにさりげなく自分を挟み込んで、うまくこの波乱を乗り越えんとしているわけです。
資本家側の労働者たちも老若男女問わず集まって、蟹に食べられた天使の旗を掲げて、無神論者たちを地獄に落とせ!と合唱しています。彼らは教えに忠実です。そして、世界じゅうのどの宗教にもあるように、蟹に食べられた天使の教会でも神の前では人はみな平等という教えがあります。戦いが長引けば、食糧事情が悪くなり、下っ端の警官も腹を空かせることでしょう。そうなると、高級レストランでサーロインステーキを食べるお金持ちたちがどんなふうに見えるか、貧民たちが襲いかかるとき、警官たちはどこにいるのか。革命家たちは魚市場をかかえ、資本家サイドは警官隊と装甲車をかかえている。武力は資本家のほうが高いですが、時間は革命の味方です。
わたしとロレンゾはロンバルド通りに帰る代わりに大聖堂地区に向かうことにしました。このあたりは資本家側の勢力圏でバリケードの類はありません。一見変わりがないようですが、ガラクタ市がなくなりました。これからの物資不足を見込んで、ガラクタにも価値が出ることを商人たちは目ざとく感じ取ったのでしょう。大聖堂の大きな扉は開放されていますが、警官隊が警備についています。先代教父が殺されて、現教父が殺されたら、とんでもないことになります。
現在の教父カインは静かな演説と信徒ひとりひとりに寄り添う親切で教区民の心をつかみました。それに見た目も、ハンサムで優しく、背が高い。女性信徒に非常に人気があります。百メートル以上離れた位置にいるのに、わたしたちの視線に気づき、手をふってきました。前は死体がごろごろ転がっていました。わたしも手をふり返しますが、ロレンゾはジッと見つめていて、左手がそっとナイフの柄に触れています。凄腕の暗殺者が本能で危険を感じているのです。
「茨の冠が見える」ロレンゾが言いました。「紫の血がしたたっている」
人間が危険極まりないものを見たときに視覚イメージがあらわれるということはきいたことがあります。わたしはそれを信じます。初めてペスト男を見たとき、彼の頭上に電飾看板のイメージが浮いていて『こいつはペストだ』と点滅していました。人間の本能です。
そういえば、イルミニウスもカインについては邪悪なものを連れてきた、と言っていました。彼を批判したことを恥じた信徒たちが自殺しているなか、微笑んでいたのも不安を感じさせるものでした。いま、カインは警官隊の隊長と握手していて、微笑みながら何かを言っているようです。隊長は警部補で〈ロバの男〉と呼ばれていました。ロバに顔が似ているわけでもないですし、発作的にロバみたいな鳴き声をあげるわけでもありません。ただ、彼は亡きルシオ警部の盟友だったと言えば、どんな人物か知れることでしょう。
ぐー。
ロレンゾのお腹が鳴りました。耳まで赤くして恥ずかしそうなので、わたしは大聖堂広場の桟橋のそばにある店を指差しました。魚粉パンケーキを割と食べられる形に仕上げることで有名な料理屋です。奥行きの深い洞窟みたいな店で入り口から出口まで伸びているカウンターにはゴムをひいた防水オーバーオールをつけた漁師がふたり、蟹ビールをあおっています。わたしはカモメの卵のオムレツを頼み、ロレンゾは魚粉パンケーキを二枚、玉ねぎのソースで頼みます。
世のなかにはこうやって向かい合ったら、何かしゃべらないといけないと思っている悲しき人びとがいますが、わたしたちは違います。お互い黙って、じっとしているだけです。
「やってられねえよ」
カウンターの漁師です。彼らはカウンターに隣り合ったらしゃべらないといけない呪いにかかっているのです。
「金持ちどもはフエダイを魚市場より高く買うって言ってるのに、値段が四セントの固定だぜ? 十五セントが相場だろうが。そう文句を言ったら、魚市場に売りに行けばいいとほざきやがった」
「結局、やつらはおれたちのことは革命家のハジキをしのぐ弾除けにしか思ってねえんだ。これだけは革命党の労働者どもが正しい」
「おれはもうフエダイ漁はしねえ。たとえニ十セントの値がついても売ってやらねえ。おれと家族が食べる分だけを釣る。あいつらには売らない。文句があるなら魚市場に買いに行けばいいんだ」
「そうだ。やつらを飢えさせてやれ。おれのとこでもシルバーヘイクは全部塩漬けにしてやる」
「そいつは名案だ。もっと漁師どもを味方にしよう。みんなで獲った魚を塩漬けにしてとっておくんだ」
「教会のことがなければ、革命の側にもついてよかったんだが。あいつらが金持ちをけなすのは正解だが、教父さまの悪口は言っちゃいけねえ」
「あの方は本物の聖人だ。ヒューのとこの婆さんが、あの方に膝を優しくさすられた途端、ウサギみてえに元気に跳ね回ったって話だ。あの婆さんは水没前から歩けなかったのにな。ひょっとすると、蟹に食われた天使さまが新しい天使を遣わされたのかもしれねえ。正しいおれたちを救って、間違った罰当たりどもを叩き潰せって」
驚きました。革命家が相場を捨てた固定額なので、お金持ち資本家陣営は市場経済にのっとって、相場をきちんとさせると思ったのに、彼らは魚の値段は革命家、他は全部資本主義をとったのです。前々からボトル・シティの高所得者はケチだなと思っていましたが、これほどとは。多少身銭を削って、労働者たちを自分たちの側に引きつけないといけないのに、これでは内部抗争は時間の問題でしょう。彼ら労働者が離れないのはひとえにカイン教父のおかげということです。なんだか不気味です。食事を済ませると、ロレンゾが自分の右頬を指差しました。なんでしょうか。ぷに、とつついてほしいのでしょうか。
「穴。裂けている」
自分のマスクの左頬側を軽く触れて、ぎょっとしました。確かに裂けています。無口なわたしの最終防衛線であるわたしのマスクが。いま、一枚予備を持っています。家に帰れば、同じものが五枚あります。でも、わたしはつけているマスクと合わせて、常に七枚持っていないと不安なのです。じゃあ、破れたところを縫い合わせればいい? それをすると、ああ、この縫い合わせたところがいきなり糸が外れたらどうしようとえんえん考えるハメになります。じゃあ、どうすればいいのか。
とりあえず、いま持っているのはスペアに変えます。右頬の後ろの編んでいる紐をとき、同じものをしっかりつけると、一枚のマスクを買うために出かけなければいけません。そういうわけでロレンゾには先に帰ってもらおうかと思ったのですが、
「大学地区なら、おれも用がある」
と、言いました。
ふむ。一緒に行こうということです。特に断る理由はありません。ロレンゾは話しかけてきませんが、誰かがわたしの平穏をぶち壊しにやってきたときには筆頭会話代行人として、いい仕事をしてくれます。




