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「いま、わたしが何を考えているかというと、フィリックスの生物分類学上の立場です」
スーッ、ゴボゴボ。わたしはこのジーノ特製の談話プールで、釘を刺すように言いました。
「つまり、タコの下半身に足が八本、上半身に人の腕が二本。これはイカの特徴です」
先手必勝。大切な打ち明け事の前にこんなことを言われれば、ああ、こいつは使えねえな、と思ってもらえることでしょう。もしかすると、こんなやつとは同じ屋根の下に暮らせん、と出て行ってくれるかもしれません。
スーッ、ゴボゴボ。
スーッ、ゴボゴボ。
……エレンハイム嬢がマスクのなかから冷ややかにこちらを眺めています。怖いです。逃げたいです。安易な解決法のリスクを軽視していました。わたしは二度と生きて、この水から出られないと――。
「ぷっ……あはははは!」
エレンハイム嬢の笑い声がくるくるまわる泡となって吐き出されます。
「確かにそうですね。フィリックス兄さまはタコじゃなくて、イカなのかもしれません。ふーっ、苦しかった。なんだか、さっきまでいろいろウジウジ考えていたのがバカみたいに思えてきました。ありがとうございます。ギフトレスさん」
「どういたしまして」
わたしはヘンリー・ギフトレス。悪党になるには遅すぎる、善良な潜水士です。




