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倒して集めた紫の干し肉は全部で十一ありました。潜る前の相場がまだ有効なら、約五百七十ドル。
そのほとんどはジッキンゲン卿のものでしたが、騎士は金銭には興味がないのだ、ということで、わたしたち三人で分けることになりました。
おかしいです。『騎士フェリペ・デ・カザマルナのあられもない日々』に記載されていた強欲さがないとは。それにその価値判断基準が、どことなく物語の騎士のようです。
しかし、ひとり百九十ドルが手に入るなら、細かいことは気にしないでおきましょう。賞金は旧市街の警察署で受け取ることになっていました。セサール・ルシオ警部の一件があって、わたしはあまり警察署に行く気はしません。あの建物にいる人間全員が――警察署長から平の巡査まで――わたしが警部に殺されるほうに賭けていたのです。悔しいし、水には流せませんが、しかしボトル・シティで暮らす以上、どんな善人であれ、警察と関わることなく生きてはいけないのです。ずっと苦手なままにしておくわけにはいかないのです。
ロレンゾは一度も捕まったことがないので警察署に入るのは初めてですが、ジーノはあらゆる都市のあらゆる司法機関にお世話になっています。市警察、州警察、郡保安官事務所、内務省直属捜査局。これらすべての留置施設で床にキスをした経験があります。
「おれはキスマニアなんだよ」ジーノは言います。「留置所を見ると、おまわりにこう言わずにはいられないんだ。『てめえなんざ母ちゃんとファックしてろ、クソヤロー!』。で、次の瞬間にはバシッとぶん殴られて、留置所の床にキスするわけだ。受け身も何もねえ。こっちは手錠したままだぜ?」
わたしたちが賞金の受け取りに警察署に行くと言うと、ジーノはわたしたちが警察に騙されて、賞金をふいにされないよう、ついていくと言いました。
「やつらの手口はこうだ。部屋が空いていないから、取調室でカネを受け渡すと言ってくる。それで、サツは親切ツラして熱々の海藻コーヒーを持ってくる。で、それをわざとあんたの膝にこぼす。そうしたら、あんた、アッツァ!って驚いて、思わずコーヒーカップをはたいてどかすだろ? その手がサツにぶつかって、ぶつかった手が傷害、熱々のコーヒーのカップを手で叩いて飛ばしたのが凶器使用の暴行罪、で、いつもの公務執行妨害、パクられたくなかったら、賞金はあきらめな、ってわけさ。本当にサツってのはきたねえ生き物だよ。賞金のほうはもう支払うってことで伝票を切ってるから、カネはそのサツが全部懐に入れる。ほんと、サツってのはきたねえやつばかりだよ」
そう言いながら、ジーノはショットガンに弾を込めます。
ロレンゾがジーノに、お前は来なくて大丈夫だと無口なりに頑張って説得しようとしましたが、「お前らはサツってもんが分かってないんだ」の一点張りできく耳を持ってくれません。ただ、ショットガンを持っていくことだけは何とかやめさせることができました。
ジーノは警察署へ歩いていくあいだも「見てろよ、腐ったポリ公ども。今日がてめえらの命日だ」とか「マシンガンだ。マシンガンが欲しい。どうしてもマシンガンが欲しい。マシンガンがなきゃいけないんだ」とかぶつぶつつぶやいています。いつだったか、ロレンゾがひとりフライド・ヌードル・サラダをフォークでつつきながら、どうしておれはジーノの兄弟なんだろう?とつぶやいたことがあります。ジーノのことは好きだし、大切な兄弟だが、ときどきどうしてもそう思わずにはいられない、と言っていました。
警察署は二階建てで、一階の両端に駐車場の出入り口があり、そこからひっきりなしにサイレンを鳴らした警察自動車が走り出します。ときどき、正面入り口の前に自動車が帰ってきて、「てめえら、みんなホモだ!」と繰り返し叫ぶ男がふたりの警官に両足をつかまれて後部座席から引きずり出され、そのまま正面の階段にゴツンゴツンと後頭部をぶつけまくる情景などにも出会えます。
警察署内部には書類を積んだデスクと本物のコーヒーが無料飲み放題の警官特権階級の権化の飲食コーナーがあります。それに受付がいくつもあって、陳情、密告、書類提出、申請、自動車免許全般と分かれています。わたしたちの賞金首のための受付もあって、女性職員がひとり、タイプライターのキーを叩いています。
「賞金設定ですか? 受け取りですか?」
「こっちはゼニを取りに来たんだ」いつの間にか筆頭会話代行人になったジーノが言います。
「では、こちらの書類に必要事項を記入してください」
「おい、こっちはお前らのいうやつらを殺して、その証拠も持ってきたんだぞ? それが紙に名前を書けってどういうことだよ?」
わたしはさっと申請書を受け取って、必要事項を埋めていきました。警察署のタイプ嬢が口頭での説得に応じたりするようなことはないことは分かっています。こういうときは相手の心証を悪くする前に仕事を済ませてしまうものです。
「ヘンリー・ギフトレスさん、ルゥ・エレンハイムさん、ロレンゾ・フェリーさん、ジグ・ジッキンゲンさんが賞金受取人でよろしいですね」
わたしはうなずきました。
「そちらのジーノ・フェリーさんは?」
「おれは警察アドバイザーだ」
「警察アドバイザー?」
「お前ら、サツがこの善良な賞金稼ぎどもをはめたりしないよう、目を光らせるのが仕事だ」
「申し訳ございませんが、賞金受取人以外の方は入れません」
「は? そりゃあ、なんの冗談だよ? こちとら、入りたくもねえときに無理やり連れてこられて、ブタ箱にぶち込まれたことが何度もあるのに、こっちが入りてえって言ったら、入れねえだと? そりゃいったい何のことだ? ケーサツのあいだでだけ通用するジョークか何かか?」
「とにかく賞金受取人以外の方は入れません」
「おい、ブス。おれがそんなふうに断られて、大人しく引き下がる男に見えるか?」
「見えません。でも、賞金受取人以外の方は――」
「いいんだ。そいつも入れてやれ」
見ると、ベネディクト警部が刑事部につながる階段部屋から出てくるところでした。
タイプ嬢はそれでこのことは自分の手から離れたとしたのでしょう。書類の複製に戻ります。
警部に促されて、わたしたちは警察署のさらに奥へと向かいます。その途中で、性犯罪者が階段から突き落とされ、スリは指を引き出しに挟まれてへし折られ、麻薬中毒者は体じゅうをかきむしるほどの禁断症状に追い込まれ、ほんの数ミリグラムのヘロインと引き換えに、ここ最近起きた迷宮入り事件を全部自白していました。警部はこれらの行為を司法コストの削減と呼んでいます。司法コスト削減の対象犯は微罪から重罪まで様々でしたが、共通しているのは賄賂が払えないことです。ベネディクト警部の情け容赦ない経営手腕によって、警察はよりビジネスライクな組織に生まれ変わりました。前任のセサール・ルシオ警部は賄賂を払おうが払うまいが、叩き潰したものです。有罪だろうが無罪だろうが、叩き潰したものです。実際に無実の罪で叩き潰されかけた身としてはあまりいい思い出はありませんが、それでもルシオ警部が金銭面では公平であったことは認めなければいけません。
警部は裏手の倉庫のような部屋へわたしたちを案内しました。緑のラシャを張ったテーブルがひとつあって、そこに手提げ金庫がひとつおいてあります。このガランとした大部屋で他にあるものというと、椅子に縛りつけた男を殴り続ける私服刑事くらいのものです。ベネディクト警部は無抵抗の人間がリズミカルに殴られる空間を賞金受け渡しに選んだわけですが、そこに何かの意味が隠されていると思うべきでしょうか? ジーノの言葉を真に受ければ、警察は賞金稼ぎが嫌いです。警官が安月給でしている仕事で、賞金稼ぎはがっぽり稼いでいるわけですから、好きになるわけがないというわけです。
警部はポケットにチェーンと一緒に入れておいた鍵で金庫を開けると、ひとりにつき八百ドルを支払いました。わたしたちが驚いているのを見て、警部はため息をつきながら、首をふりました。
「知らないのか? 市長の息子がやつらに食い殺された。市長には正妻と愛人合わせて十八人の子どもがいて、食われたのはそのなかで一番の無能なろくでなしだが、それでも市長の息子には変わりない。賞金は一体につき二百五十ドルだ」




