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三日後、わたしとエレンハイム嬢とロレンゾ、そしてジッキンゲン卿は要塞地区につながる土産物屋街の一角に瓦礫が山になっている場所があり、わたしたちはそこでお肉たちのパトロール隊を待ち伏せていました。さすがオオクチバス病第三フェーズだけあって、ジッキンゲン卿は水のなかでも生きていけます。わたしたちは水中銃とナイフですが、ジッキンゲン卿は円錐を細長くした騎乗槍を持っていて、これが目立ちます。
現在、賞金は一体につき、五十三ドル。前日比、マイナス一ドル二十セントですが、最初の二十ドルに比べるとかなり上がりました。南東方面への連絡船が出せないことの不便がだんだん見逃せなくなってきたのでしょう。わたしは賞金稼ぎは本業ではありませんが、お金儲けとボビー・ハケットのツアー再開の両立を考え、挙兵に加わることにしました。
すーっ、というエアを吸い込む音の後にエレンハイム嬢の声がきこえてきます。
「ボクがきいた話では、この水域を通った船の底に槍が突き刺さっていたそうだ」
「だから、船会社たちも賞金を出し始めた」
わたしは自分たちが吐き出す泡とそれ以上に目立つジッキンゲン卿の騎乗槍を眺めながらきいています。我々の待ち伏せ場所は古い石畳の道を見下ろす位置にあります。土産物屋街は低い崖で分断されていて、粒々お肉たちはその崖の下を通るのです。
目下のところ、気になるのは彼らは陸地へ上がることができるかどうかです。もし、陸も歩けるのであれば、賞金は暴騰することでしょう。ただ、水に潜らない既存の賞金稼ぎたちも狩りに参加するので、むしろライバルが増えすぎて、賞金が下がってしまう可能性も否定できません。水没前の世界ではコーヒーの価格を守るために作り過ぎたコーヒー豆を海に捨てたという話をきいたことがありますが、賞金稼ぎを海に捨てることはできないのです。
ジッキンゲン卿は痺れを切らして、隠れてこっそり背後から襲いかかるのはよくないというロレンゾの職業を全否定することを言い出し、自分は敵の進軍路に立ち、真正面から勝負すると言いました。誰もそれを止めるつもりはありません。言ってきくような人には見えませんし、それに、これはロレンゾの言い分ですが、いいオトリになる、とのことです。呼吸マスクのなかの表情は読めませんが、暗殺の否定にちょっと気分を害したようです。
こうして、そのうちエレンハイム嬢が退屈を紛らわせるといって『水中で出くわしてびっくりする魚ナンバーワン』について決めようと言い出しました。話し合いの末、ナンバーワンの座はボトルシティオオナマズに決まりました。ホオジロザメや巨大な古代魚は確かに恐ろしいですが、大きすぎて遠くから見つけやすく、隠れて待ち伏せされてびっくりということはありません。それに比べるとボトルシティオオナマズは本当にびっくりさせられます。泥のなかに沈んで隠れて、いきなり飛び出してくるのです。じゃあ、カレイやヒラメだってびっくりするだろうということですが、ボトルシティオオナマズは全長が二メートルはあるのです。大きさと隠蔽のどちらも備えた、まさに『水中で出くわしてびっくりする魚ナンバーワン』です。それにこのボトルシティオオナマズはボトル・シティに固有のナマズであり、同じナマズは世界のどこにもいないのです。
「そのうち、一体二百ドルくらいになるとボクは踏んでいる」
「その根拠は?」とロレンゾがたずねます。
「賞金稼ぎとしてのカン。それにこういう化け物たちは遅かれ早かれ殺しちゃいけない大物を殺す。そうしたら、跳ね上がる」
世をすねたところのあるエレンハイム嬢らしい意見です。
「ところで、気になってたんだけど」と、エレンハイム嬢がロレンゾにたずねます。「きみ、ひとりいくらで殺すの?」
「五百ドル」
「安すぎない?」
「人の命はそれが妥当だ」
「技術を提供する対価としてだよ」
「それについては……おれにはよく分からない。とにかく面倒な金額交渉はしたくない」
「気持ちはよく分かります」
「それってジーノに頼まれても、五百ドル?」
「当然だ」
「ケジメの問題かぁ。ヘンリーが頼んだら?」
「そうだな……」
ロレンゾは自分が吐いた泡がくるくるまわりながら、水面を目指すのを見つめています。そこに値段表でもあるかのように。
「タダで殺そう。世話になっている」
奇妙な話ですが、不意打ちを得意とするプロの暗殺者から物語の騎士の恩義のようなものを感じます。
見下ろした石畳の道ではジッキンゲン卿が蟹をサンドイッチみたいに片手で持って、バリバリ食べています。ああいう姿を見ると、彼は騎士はおろか、人類にカウントすることもできない気がしてきます。なぜ、我が家の闖入者は風変りな人ばかりなのでしょう。
そう、エレンハイム嬢とロレンゾにたずねると、
「あなたが一番変わっている」
と、声をそろえて言われました。
なぜ、善良な潜水士ヘンリー・ギフトレスがいつもウェットスーツ姿でタンクを背負って足ヒレをペタペタ鳴らしながら表通りを歩くエレンハイム嬢や職業暗殺者のロレンゾ、そして自分以外の誰かの体表面に銃口を密着させて引き金を引くことに喜びを見出すジーノよりも変わっていると言われるのでしょうか?
ちょうど水中なので言い返してやろうと思っていると、ロレンゾが、
「しっ。来るぞ」
と、制します。
要塞のほうへ緩やかに曲がっていく道を見ると、ロレンゾが注意した三十秒後に赤い粒々お肉の騎士たちがあらわれました。姿が見えてから、少し経つと、鍋を十個以上吊るして揺らしたみたいなガタガタという音もきこえてきます。ロレンゾの気配察知能力には驚かされるばかりです。
「標的が近づいてくると、うなじのあたりがゾクッとする。それで分かる」
だんだんロレンゾも人類にカウントして大丈夫なのか不安になってきます。
騎士団の紋章を打ち出したジョッキを売る店をまわり込み、外に漏れ出た赤いお肉を様々な形に変えながら、騎士とその家臣たちがやってきます。兜の目庇を降ろしているのもいれば、顔の部分に人の顔を打ち出した金属のお面をつけているものもいます。鋼の小手で槍やクロスボウを握っていますが、きっと小手のなかはみっちり粒々のお肉が詰まっていることでしょう。
ジッキンゲン卿はというと、鎧をつけた馬にまたがっています。どこにそんなものを隠していたのか不思議です。
「いざ、尋常に勝負せられよ!」
ジッキンゲン卿は騎乗槍をまっすぐ敵目がけて構えて、突撃します。最初に当たった騎士は徒歩でしたが、低めに狙った突きはバケツみたいな兜をぶち抜いて、さらに胸に大きな穴を開けました。赤い粒々のお肉が紫色の干し肉に姿を変えていくのを振り返らず、ジッキンゲン卿はさらに歩兵たちを蹴散らします。矢が何度か鎧を跳ね返ったようですが、構わず突撃を続け、敵の縦隊を左右に弾き飛ばします。わたしたちの役目は彼が倒し損ねたお肉に水中銃の銛を撃ち込む残敵処理です。全ての敵を蹂躙すると、ジッキンゲン卿の乗馬がガラガラと崩れました。中身は小さなフグの群れだったのです。




