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確かにそろそろ本物の騎士がやってくるかもしれないと想像しました。しかし、想像するのと現実が目の前でゲンコツみたいな形になって飛んでくるのとでは大きな違いがあります。
いま、ボトル・シティは粒々お肉の騎士たちの蜂起に悩まされています。現代の物質主義に対する封建時代の最後の抵抗。そんなときにやってくる騎士が粒々お肉でない確率はどのくらいでしょうか? 正直、粒々お肉たちが人の言葉を話せるとは思っていませんが、そんな安易な思い込みに自分の命を賭けるくらいなら蟹に食べられたほうがマシです。
ロレンゾがいないことが悔やまれます。彼はいま仕事の真っ最中なのです。同じ無口同士、常識が通用するのは彼だけなのです。もちろん彼は暗殺者ですが、女性と子どもは殺さないなどのルールを課し、それを守り続けています。
「再度、乞う。門を開けられい!」
なんでですか?と問いたいですが、大きな声で話しかけてくる人は苦手です。
このままベッドに戻って、目をつむり耳を塞ぎ、現実から逃げようと思ったところで、ジーノが起きてきました。
「ぎゃあぎゃあうるせえなあ。アッタマいてえ。……ゲッ、まだ夜じゃねえか」
「ここは水の騎士ヘンリー・ギフトレス卿の居城とお見受けする。三度、乞う。門を開けられい!」
「ここにはヘンリー・ギフトレスなんてやつは住んでねえよ」筆頭会話代行人がこたえます。「ここはヘンリー・グレイマンと愉快な仲間たちの家だ。分かったら、帰りな」
「そうはいかぬ。我輩はアンドレアス卿より、追撃紋の手紙筒をいただき、そこにサー・ギフトレスの居城にて部屋を住まわせていただくことを騎士として約束をいただいている」
「んなの知ったことか」自身がその追撃紋の手紙で居候していることをすっかり忘れて、ジーノが銃を抜きます。「こっちはアタマがいてえんだ。三つ数える。そのあいだに失せな。でなきゃ、後悔するぜ」
そして、ジーノはイチ、ニ、サンがイニサンときこえるほど素早く数えて、ドア越しに騎士ジッキンゲンに六発ぶち込みました。
ぎゃあ! ド、ドアが! わたしのドアに穴が六つも!
「へっへっへ」
まだ酔っぱらっているらしいジーノはドアを開けて、自分の作品を見ようとドアノブを握ります。
そのとき、まっすぐ騎士の剣が、これもまたわたしのドアを貫き、とっさに飛びのいたジーノの鼻先一センチのところで止まります。
わたしはこれ以上のドアへの狼藉をやめさせるために「それまで!」と叫びました。「やめろ」でも「ストップ」でもなく、「それまで!」と叫んだのは、それがなんとなく騎士っぽい言い方であり、ジーノはともかくジッキンゲン卿は止めさせることができると踏んだからです。
実際、剣はそろそろと後ろへ下がっていきます。
リヴォルヴァーに弾を込めているジーノをそのまま、わたしはドアを開けました。
ざっくばらんに言えば、ジッキンゲン卿は間違いなくオオクチバス病の第三フェーズに侵されていました。全身は焦げた茶色の鎧に包まれていて(ジーノの発射した弾丸は鋼の胸甲で止まっていました)、兜の眉庇が上がっているその部分だけにしか肌は見えていないのですが、その顔は見事に青い鱗に覆われていました。どんなふうに青いかというと、白い眉と口髭が空を漂う雲みたいに見えるほど青いです。
ここまで病気が進行していたら、もうオオクチバスになるまで時間はない気がしますが、ミカ嬢のような突然変異かもしれません。
「ギフトレス卿。恩義、痛み入る。我輩のことは兄弟と思って、いつでも卿の戦いのために馳せ参じよう」
そして、こちらの言い分をきかず、そのまま空いた部屋にガチャガチャ鎧を鳴らしながら入っていきました。我が筆頭会話代行人はというと、カーペットの上に倒れて、いびきをかいています。頼りにならない筆頭会話代行人です。
この極めて危険な罹患者を追い出したい反面、それほどの衝撃を受けていない自分に若干驚いているのも事実です。闖入も三度目となると、慣れがあるのでしょう。だからといって、わたしの静穏な生活を破っていいことにはなりません。わたしはオオクチバス病の進行で彼が一匹のバスになるのを待つほど、おめでたくはないのです。




