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映画館は休業の札がかかっていましたが、ジーノはかまわずガラスに煉瓦を投げつけて、腕を突っ込んで、鍵を開けました。休業とはいっていますが、明りはまだ落ちておらず、小さなお菓子売り場には蓄音機が置かれていて、〈迷子はだあれ?〉がかかっています。ジーノは次々とドアを蹴り開けます。チケット売り場、給湯室、物置き。ビロードの椅子が並んだ観賞ホールには人はいませんが、古い海賊映画がスクリーンにかかっていて、髭もじゃの海賊が曲刀をふりまわしています。その海賊の動きが止まって震えだし、気味の悪い焼け焦げがその体を食い破り、あっという間に全ての絵が焼き尽くされ、白く四角い光だけがスクリーンに残りました。
「フィルムが燃えたな」
裏から侵入していたロレンゾと合流しますが、誰もいないと首をふります。次に調べるべきは二階です。作り物の観葉植物を並べた廊下があって、まず映写室のドアを蹴り開けます。大きな映写機がふたつ並んでいて、ひとつには燃えて溶けたフィルムが嫌なにおいをさせていて、焦げたフィルムの破片がカーペットに大きな焦げをつくっています。特にめぼしいものはありません。映写機の運用に関する注意書きが壁に貼ってあり、他には白黒時代の古い映画のポスターが何枚か。支配人室が蹴り開けられ、ジーノが油断なく銃を手に入っていきます。ウェストブルックの仕事部屋ですが、何年も使われていないようです。埃が積もった額入りの映画のポスターと枯れた観葉植物。何冊かの帳簿がソファーに重ねてあり、水没前にボトル・シティから送られた市への文化的貢献に関する感謝状が貼ってあります。ロレンゾはデスクの引き出しを次々と開けていき、二本の鋼鉄製の鍵を見つけました。
「裏手に地下へ通じるドアがあった。金属製だ」
そのドアは裏庭へ出た先にありました。バケツとシャベル、それに何かを植えようとして途中で放置された作りかけの花壇があり、その隣に物置き用の地下室の斜めに取り付けたドアがありました。頑丈そうなドアに頑丈そうな錠前がかかっていて、支配人室で見つけた鍵を差して開きます。わたしとロレンゾで左右のドアを開き、ジーノが奥を銃で狙います。待ち伏せはいません。階段を降りた先には映画館側へと曲がる廊下があり、その先にはまた金属のドアがあり、これも鍵を開けます。真っ暗な部屋でしたが、ドアのすぐ横に発電機があり、ジーノがそれを蹴飛ばすと、百ワットの電灯がつきました。
そこで見たのはまずサム・ウェストブルックです。皮膚はよれて、皺だらけになり、全裸のまま、手術台にベルトで縛りつけてあります――おそらく何年もずっと、そのままで。性器は薬品か何かで焼き切られていて、脹れたお腹の上に防臭剤と防腐剤が砕かれてまかれてありました。
「ひでえな」
本棚と薬品棚があり、汚れたノコギリやペンチが壁にかかっていて、そして、ここにも映画のポスターがあります。どれも薄気味悪い怪物の映画です。薬棚には茶色い小瓶がいくつもならんでいて、ラベルには記号、ときどき赤い髑髏や火がついた爆弾が描かれています。
本棚に手を伸ばそうとしたとき、小さな写真立てがあることに気づきました。古い写真ですが、映画に関わるということは写真にも関わることがあるのでしょう。割ときれいな写真です。そこにはまだ痩せていた黒い背広のウェストブルックと十歳くらいの少年が映画館の前に立っています。写真立ての留め金を外して、写真を取り出し、裏を見ると、『1911年、息子カールと』と鉛筆で書いてあります。間違いありません。カールはスマッツ・カーター氏をたずねたときに会った、あの映写技師です。
「こいつ、死んでるんだよな?」
ジーノが銃でウェストブルックをつつくと、ウェストブルックが咳き込み、目を覚ましました。
「うおっ! おどかしやがって!」
ウェストブルックはゲホゲホと咳き込んでいます。彼はいったい何年間、ここに生きたまま縛りつけられていたのでしょうか。
「カ、カ、カ、カール」
「こいつ、何か言い出したぞ」
「生命、神秘、追及、フィルムを取り戻したか、繰り返しのない生命、創造主の条件、実験は順調か、カール、まだ半券を切っていないチケット、引き出しは左だぞ」
黒く塗ったライティングビューローの左の引き出しを引くと、一冊の日記があります。実験記録、カール・ウェストブルック。それを手に取って、ページをめくります。よく分からない絵――入浴する腕のない人びと、記号化した樹木、読めない文字の羅列――さらにページをめくったとき、それはあらわれました。
マグロの胸びれでつくった手、アザラシの頭にサメの歯を埋め込み、巨大タラの脹れた腹にアホウドリの翼を縫合した薄気味悪い合成生物。
わたしはこのおぞましきクリーチャーを大学地区の水没区域で見たことがあります。あの、とんでもなく気味の悪い実験室。あれが全ての元凶だったのです!
モーターボートで大学区域へ向かいながら、ガッツと勇気で何とかわたしが知り得たものをジーノとロレンゾに口頭で伝えました。
「なるほどな。あのデブとそのいかれた息子はその実験に使う金をポルノで稼いでたんだろうな。フローレンス・アンシュターはどうやってかそれを知り、商売に割り込もうとした。そして、この実験のことを知った。デブは縛りつけられてから最低でも十年は経ってる。アンシュターどもが相手にしたのは息子のカールだ。従弟が言っていた第三の男はカール・ウェストブルックだ。アンシュターはすっかりビビって、映画フィルムのひとつを盗んで、それで保険にした。それにはサム・ウェストブルックがもろに映っている。あんな頭のおかしい映画を警察に持ち込むと脅したんだろうが、カールは屁とも思わない。もう親父を地下室に縛りつけるようなやつだからな。脅かし方を間違えたわけだが、そんなの美人局にあってはならないことだよな。脅してなんぼの稼業だってのに」
ジーノはわたしの伝えた一で十を悟りました。犯罪計画への理解力の高さはさすが常習的な犯罪者です。わたしとロレンゾがウェットスーツに着替え、潜水準備をしているあいだ、ジーノがまとめたことはそのまま真実だと思います。それに考えてみると、わたしを見て、あの映写技師は驚いたのです。フローレンス・アンシュターを殺しているあいだ、そこに座っていたわたしがやってきたので驚いたのでしょう。
ボートは安ホテルのネオンが下がった夜の水路を急いで走りますが、それはおそらくミカ嬢がカールの手にあると見たからです。あの水中実験室に通うということはカールは潜水技術があるということです。ボトル・シティには潜水士はわたしくらいしかいなかったので、ジェファーソン弁護士が潜水士を雇うとき、うまく潜り込めたのでしょう。偶然かもしれません。実験費用のさらなる捻出かも。しかし、ひどくまずい偶然です。生き物を切って縫いつける人間にとってミカ嬢は興味深いものに違いありません。カールはミカ嬢を見て、気が変わり、相方の潜水士を殺し、ミカ嬢を強奪、自分の実験に使うつもりです。本当に最悪です。




