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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスと色彩の女神
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 わたしはこのとき、もうフランクは生きていないと思っていましたが、実は違いました。後で分かることですが、フランク・アンシュターはギャヴィストン一家にかくまってもらっていたのです。美人局で何度かピートやジムと組んだことがあり、またポルノ映画で稼げるかもしれないとほのめかし、とりあえず命の保証をしてもらったわけです。フランクは妻に見限られ、新ビジネスで締め出される予定だったのですが、少なくともフローレンスの従弟よりは知恵がまわりました。

 さて、エレンハイム嬢に〈醸造所〉であったことを話すので海に潜ることは確定していました。ホンボシの三人目。従弟が殺されたのは三人目の口封じに違いありません。

「そして、推理小説でおなじみの、名探偵の足を引っ張る警察というわけです」

「警部さんが犯人の可能性はないんですか?」

「どうでしょうか。ルシオ警部は普通に娼婦を買っていますし、家族はいません」

「でも、警部が娼婦を買ったりしたら、降格されませんか?」

「ルシオ警部が警部になるのは三回目で、これまで二回、平の巡査に降格されて復活しています。普通の警官とはいろいろ違うのです。それにルシオ警部なら、犯罪者を殺すのにあれこれ策を弄したりしません」

「あー、そんな感じですね。そう言えば、面白い仮説を立てたんです」

「きかせてもらえますか?」

「ギフトレスさんはモーテルの一室に入って、そこで現実逃避をしていたわけですよね」

「自己防衛と言っていただきたいものです」

「その自己防衛の時点でフローレンス・アンシュターの死体があった。これが現在の見方です」

「そうですね」

「でも、ギフトレスさんは現実逃――自己防衛に必死で死体に気づかなかった」

「そうです」

「実際はそうじゃなかったんじゃないですか?」

「つまり?」

「いくら自己防衛に必死なギフトレスさんでも部屋に死体が転がっていることに気づかないとは思わないんです。つまり、死体はなかった。犯人は死体を隠すつもりでモーテルに入って、ギフトレスさんがいた。いたけど、そのまま、死体を置いて逃げた。こんなところです」

 ふむ。死体を隠すために犯人がモーテルの部屋を使った。ありえる話です。水に沈めればいいだろうと思うかもしれませんが、水に隠すのは案外難しいのです。そこいらじゅうに釣り人だらけですし、漁師が網を仕掛けています。こうしたものに触れずに死体を隠し続けるのは難しいでしょう。

 わたしは死体を隠しに来た真犯人に気づかないのも、まあ、あり得る話です。わたしの自己防衛本能を甘く見てもらっては困ります。

 この仮説での疑問はなぜ真犯人はわたしを生かして逃げたのか。わたしが真犯人のことに気づかなかった様子は分かるでしょうが、殺してしまったほうが安心では? いえいえ、それよりも生きたままフローレンス・アンシュターの死体と一緒にさせて、警察に踏み込んでもらえば、死体を処理してスケープゴートもゲットの一石二鳥。

「まあ、それもあると思いますけど」

「なんですか?」

「ギフトレスさんがボトル・シティで一、二を争う暗殺者、だって思われているのも原因だと思います」

「また、その勘違いですか。でも、まあ、そうであってもいいでしょう。この厄介な勘違いだって、そろそろ何かの役に立ってもいいはずです」

 カプタロウが泥を吸い込み吐き出し、餌を漁っています。ロレンゾは〈醸造所〉の裏手に先行しているのです。カプタロウの案内でバタン式信号ごと交差点が沈み込んだ淵へと静かに潜ります。淡水サメが数尾群れていて、ボール紙みたいな色をしたソフトコーラルが崖にびっしりこびりついています。その淵の底にフローレンスの従弟がうつ伏せになっていて、ロレンゾが吐いた泡がぐるぐるまわりながら、灰色の水面へとぶつかっていきました。

「ここだ、ヘンリー・ギフトレス」

「どうして、わたしをフルネームで呼ぶんですか?」

「潜水士だと、隣のルゥ・エレンハイムと区別がつかない。どちらも潜水士だからな」

「あなたも潜水士ですしね。ロレンゾ・フェリー」

「ああ。しかし、驚いたな。あんたは本当に水のなかでなら口がきける」

「自分でも驚いています。では、従弟殿をひっくり返しましょう」

 光が遮られているのでひっくり返してもよく見えません。

「マグネシウムを焚くか?」

「いえ。唇の上から額の生え際までごっそりなくなっているのはこの暗さでも分かります。照明が確保されている状態で、じっくり見たいものでもありません。この大事そうに抱えているトランクを持ち帰りましょうか」

 ボートにはジーノが待っていて、トランクの鍵をほんの数秒でこじ開けてしまいました。中身は高級ウイスキー三本、かなり精巧な自動拳銃一丁、缶入りの映画フィルムがひとつ、見事な陶器製の万年筆が十本、そして現金で二千ドル。

 これの意味するところは?

 換金性があることです。フローレンスの従弟は何かから逃げようと思って、このトランクのなかには万が一、ドルでの払いを拒絶されたときに使えるものを入れたのでしょう。

「たぶん、盗品だな……あいたたた」

 ジーノは二日酔いの頭を抱えてよろよろしています。

「ジーノ、このフィルムは?」

「換金しやすい映画フィルムってことはエロ映画だろうな。上映できる場所はあるか?」

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