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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスと色彩の女神
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 取調室という名の窓のない小部屋に放り込まれたとき、最初に目に入ったのは辛子色の漆喰壁にべったり残った古い血の跡でした。ボトル・シティ警察は容疑者の権利を尊重するつもりはないし、容疑者の段階ではまだ有罪が確定しているわけではないことをきちんと認識していないようです。ルシオ警部が速記係の警官を連れてやってきました。わたしは椅子にかけるよう言われ、ルシオ警部は獲物のまわりを泳ぐサメみたいに歩きながらわたしに質問しますが、どの質問にもわたしはこたえることはできず、静かに首をふりました。女性の身元、犯行に使った銃はどこにやったか、なぜ撃ったのか、そばで燃えていたギャングの車について、なかで焼け死んでいたギャングについて。

 そして、一番の謎、なぜわたしは死んだ女と一緒にあの部屋にいたのか?

 わたしが犯人ならば、なぜあそこから逃げなかったのか?

 全部、わたしには分からないことです。女性の顔だって見ていません。ハンカチがかけてあったのですから。

「女の顔には四五口径が二発撃ち込まれていた」ルシオ警部が言います。「顔の真ん中が吹っ飛んでいるから身元の確認には時間がかかるが、普通の女が観光地区の廃モーテルにひとりでいるはずはないから、きっと前科マエがある。じきに身元も割れる」

 わたしは首をふりました。ふりながら、ルシオ警部は警官になる前、ミドル級のボクサーであったことを思い出しました。あまり愉快なことではありません。わたしがあの部屋にいたのは外の世界にうんざりしたからです。そのことを分かってもらえばいいのですが。

「正直なところ、お前の評判と得意な殺しを考える限り、あんなふうに陸地で標的を撃ち殺すとは考えられない。相手の女は海まであと二十メートルの場所にいる。なら、なぜお前はあの女を海に引きずり込むかわりにモーテルの部屋で撃ち殺して、しかも現場に残った?」

 殺し屋と誤解されていることもたまには役に立つようです。ルシオ警部は誰彼かまわず罪を着せて、手早い一件落着を好むタイプの悪い警官ではありません。謎はきちんと解いて、正当な罰を正当なものが受けることが、この荒廃した水没世界で唯一の倫理だと思っています。

 ルシオ警部が話すのをやめました。そして、わたしの目を見つめてきます。いわゆる先に瞬きしたほうが負けというマッチョたちが好むゲームが始まったわけです。もちろん、わたしはすぐに瞬きし、念には念を入れて、目線を下げました。こうして、反抗する意志がないことを知らせて、そっとしておいてもらうのです。

「まあ、いい」

 警官の自尊心をくすぐる方法を初等義務教育にぜひ加えるべきです。

「いったんは釈放だ。猶予は四十八時間。四十八時間以内に真犯人が出なければ、またしょっぴく。お前じゃないって確定はまだないんだからな。あの女は拷問されていた。指が八本折れていたんだよ」

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