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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスと闖入ペンギン
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 リトル・オーギーを締めあげたらビッグ・ブランキ―の名前を出し、ビッグ・フランキーを締めあげたらブラック・トニーの名前を出し、ブラック・トニーを締めあげたらと、ルディ・フランコの歓楽街愚連隊行脚の末、ミリオネア・チャーリーという名前が出てきました。

 彼は他の街のギャングで、手下が三人――ラビット・アンディ、エレファント・ジミー、マッドドッグ・ヘンリー。相手はギャングですから、別にどうということはありませんが、我がファーストネームに冠するならジーニアス・ヘンリーとかがよかったです。しかし、わたし自身はヘンリー・グレイマンと呼ばれ、元殺し屋と思われていることを考えると、やはり無印のヘンリーが一番よろしいようです。

 ミリオネア・チャーリーと三人の手下は歓楽街ではなく、水没した新市街の北にあるハイマン・ハウスと呼ばれる豪邸に潜伏しているようです。せっかく隠れるように新市街に潜んだのに、ハンサム・ジョニーが前歯を折られて白状したばかりにその努力も無駄になりました。

 ハイマン・ハウスは四階建てのテラスハウスで二階までが沈んでいます。通りに面したほうが半円型に出っ張っていて、水中と陸上で合わせて八つの寝室がある大きな家です。バナナとレモンの卸売りで財を成した実業家アイゼン・ハイマンが建てたのですが、完成し家具を入れたわずか三日後に水没が起きたという悲劇の家です。ただ、保険をかけていたので、本当に悲劇なのは保険会社でしょう。

 空は完全に夜が明けたわけではありませんが、水面に突き出した看板や自動車の部品が見えるくらいの薄暗さにはなっています。東には大聖堂のチクチクした黒いシルエットが見えます。わたしのボートは船外機が大きな音を鳴らすので、ある程度まで進んだら、オールで漕がないといけません。

 漕ぐのはわたしで、ルディ・フランコは船尾で船外機に寄りかかりながら、あくびをしています。

「このあたりは怪物が出るのか?」

 出ます。人喰いと呼んでいいのが三匹。シーズンがよければ潜りますが、怪物の活性が高いころに潜るのは避けたいところです。ただ、闖入ペンギンはボトル・シティにやってきて以来、新市街で狩りをしているようです。ウツボ男のピーター・ローデスを仕留めるくらいですから、元人間のそれなりに知恵のついた怪物なら棲み処を変えることでしょう。

「出る」わたしは言います。さらに尋常ならざる努力を重ねて、つけ加えました。「引きずり込むやつが」

 ルディ・フランコはぎょっとして、寄りかかっていた体を船べりから離しました。

 現在、わたしは潜水用スーツ姿でエア・タンクも背負ってオールを漕いでいて、ルディ・フランコのほうは大きな自動小銃を抱えています。銃身に折り畳み式の二脚がついている、隊単位で動く人間を薙ぎ倒すための銃です。〈ストッピング・パワー〉でいうなら、人の足どころか、自動車だって止められるそうで、パワー・オブ・ストッピング教会の信徒たちはこの銃を持つことを修行の証みたいにしている、というのがフランコの話です。

 ミリオネア・チャーリーと三人の手下がどれだけ武装しているのかは分かりませんが、わざわざ人の少ない、それも怪物が出る場所に潜伏するのだから、機関銃くらいは持っているかもしれない、だが、この自動小銃なら壁に隠れようがバーベキュー用の鉄板に隠れようがボコボコ貫通する、と頼まれてもいないのに嬉しそうに話します。

 一晩中、歓楽街を連れまわされ、夜明け前の新市街をハイマン・ハウスまで漕がされて、自動小銃のスペックを延々ときかされるこの罪を闖入ペンギンがどう贖うのか、実に楽しみです。

 セント・ジェイムズ通りが沈んだあたりを北へ北へとゆっくり漕いでいるうちに機関銃の弾が飛んできました。このあたりはワニが泳いでいるからそれを狙ったのかと思いましたが、執拗に弾がボートのまわりで水を跳ね散らかすので、ようやく自分たちが狙われているらしいと思い至り、フランコが船外機のクランクをまわしました。エンジンがやかましく回転数を上げ、わたしのボートはしつこく追ってくる機関銃の弾を必死で避けました(あとでその機関銃が置いてある窓から見たのですが、わたしのボートは機関銃手にとって非常に狙いやすい位置を進んでいたようです)。

 フランコから、ボートをもっと速く走らせないとこのままではやられてしまうという注意喚起がありました。いえ、警告と言ってもいいでしょう。事態はそれほどひっ迫していました。わたしのボートはブレッキンリッジの干し肉業者から中古で購入したもので、タールを塗るなど船の防水コンディションには気を配っていましたが、以前の持ち主の酷使が船底のひび割れなどにもあらわれていて、機関銃の弾が五発か六発当たればバラバラになるのは間違いありません。フランコはひとりがボートから降りれば、それだけスピードが増すので弾丸を避けられるし、それだけ早くハイマン・ハウスに到着できると言いました。それは素晴らしい提案です。攻撃と防御を一度に行うこの妙案で、敵は度肝を抜かれるでしょう。

「よし、じゃあ頼むぞ!」

 そう言って、フランコはわたしを水に突き落としました。

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