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ヘンリー・ギフトレスと沈みゆく市街  作者: 実茂 譲
ヘンリー・ギフトレスとペンドラゴンの財宝
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「でも、やつらとは違う。信じてほしい」

 と、言われて、いま、わたしとミカ嬢は秘密の武器工場の最低部、スラム街を歩いています。ぴたん、ぴたんと水漏れの音がする路地は三メートルとて真っ直ぐになれず、ジグザグの曲がり角ではどろどろした鯨脂の塊が黄土色に燃えています。これが街灯のかわりです。

「もし、信じてくれるなら、来てほしい場所がある」

 そう言われて、もう一時間歩いています。

 アイアトン氏が言うように、ここのマン・ガンは少し異なるようです。これまで見たマン・ガンたちは狂ってはいましたが、武器としての機能は失っていませんでした。ところが、ここにいるマン・ガンは脚のかわりに大砲の砲架が生えていたり、ショットガンの銃身が蝶々結びになって頭から生えていたりで、戦いに向いていないようです。

「ペンドラゴンによって、改造された初期の実験者たちだよ」アイアトン氏が言いました「彼らは正気は失わなかったが、体の自由を失った。それと赤いスカーフを首に巻いている人には気をつけてくれ。構造上暴発の危険があるから。でも、悪いやつじゃない。嫌いにならないでほしい」

「へんりーはねえ! へんりーにおはなしさせないひとが大好きなんだよ!」

「それなら問題はない。みな、物静かだから」

 迷路のような道はちぐはぐなナマコ板を針金でまとめた大きな両開き扉で行き止まりです。よくあるやつです。ドアを秘密のノックで叩くと、覗き穴が開いて、わたしたちを睨む。ところが、この覗き穴はわたしたちのお腹くらいの高さにつくられています。想定する来客は小学生なのでしょうか?

「僕だ。開けてくれないか」

「僕って誰だよ」

「アイアトンだ」

「そんなやつは知らねえ」

 そう言って、覗き穴からにゅっとショットガンの銃身が伸びてきました。覗き穴は銃眼だったのです。

「スティーブンソン。ふざけないでくれ」

「わかったって」

 扉が開くと、顔の半分が引っぱられるように伸びてピストルになっているマン・ガン、スティーブンソン氏がわたしとミカ嬢、そして、彼女のニシキゴイたちを訝しげに見つめてきます。

「大丈夫だ。目的は僕らと同じだ」

「ハロハロー!」

 わたしも軽く会釈しました。その手にサメを撃つためのショットガンが握られているときは相手を刺激せず、卑屈にもなり過ぎない絶妙な会釈が必要です。

 アイアトン氏は樽の上に置いてあった石油ランプをつけると、わたしとミカ嬢をこっちだと案内してくれました。二段ベッドのあいだにひかれた通路を進み、魚を焼く煙に満ちた食堂で邪魔だと怒鳴られ、ようやくたどり着いたのは一枚の製図台が置かれた部屋でした。灯はそばに置かれたバケツ型の水銀ランプだけで、天井は真っ暗。どのくらい高さがあるのか分かりません。よく見ると、製図台から少し離れた場所に小さなテーブルがあり、奇妙なシルエットがテーブルに覆いかぶさるようにしてナイフとフォークを操っているようでした。

「連れてきましたよ、教授」

 教授、と呼ばれた奇妙なシルエットが顔を上げると、真上へ細い何かが伸びます。その老人は背骨のあるはずの場所に雷管打ちの古いライフルが生えています。銃身の半分以上が頭を突き抜けて生えていて、彼はそこにソケット式銃剣を着け、ついでに三角形の旗をつけていました。

「どうも」と、老人は軽くうなずくと、わたしたちに勧められる椅子がないことを詫びました。もっと気にすべきことはいろいろあるはずですが、それを口にするつもりはありません。

「きみたちがこんなふうにして、この呪われた銃砲工場に巻き込まれたこと、本当に気の毒だと思う。しかし、海底に沈んだ、この工場にわざわざやってきたのは少し軽率かもしれないがね」

 ボビー・ハケットの未公開音源がかかっているんです。

「ペンドラゴンM1000を探しているらしいね」

 わたしはうなずきました。

「そうか。ただ、ここから持ち出せるだろうか。ペンドラゴンM1000は大きい。銃のなかには象を撃つために造られた銃があって、その手の銃は()()()と言われるが、ペンドラゴンM1000は大きさは方向性が違う。何せ、ペンドラゴンM1000は究極の銃、銃を生み出す銃なのだから」

 教授はしんどそうに、立ち上がり、製図台にいろいろな線を引き始めました。太い線、短い線、まっすぐな線、曲がった線。そうしていると、気が安らぐのか、しんどそうな様子が多少なくなり、真実を話し始めました。

 結構、長くきいていました。話が始まったころには適当に書いていると思われた線がやはり適当だったのだとあきれるくらいに長いです。ですが、わたしはよい聞き手です。こちらに発言が求められない限り。まあ、求められたからといって、鉄拳制裁なんてできませんし、スタコラ逃げることすら叶いません。わたしはか弱い存在なのです。

 話を戻して端的にまとめれば、ペンドラゴンM1000の正体とは半永久的に銃を製造し続ける、この施設そのものであり、そして、その施設とはペンドラゴン氏本人が融合した姿、つまり、マン・ガンなのです。

 イルミニウスからきいている話ではペンドラゴン氏はペンドラゴンM999の反動で吹き飛んだというものでしたが、それは彼をこよなく崇拝する狂人だったらしく、マニアらしく姿まで似せて、どうやったのか工場から盗み出したペンドラゴンM999を、崇拝するペンドラゴン氏の最後にして、最高の傑作だと信じて、吹っ飛んでいったというわけです。

「だってさ! へんりー、あんりー、ういんりー!」

 これはタチアナ女史向きの話ですね。彼女は革命のために銃器工場をひとつ欲しいと言っていました。彼女がカムイを使役して、ペンドラゴンM1000を引きずり出して、その後、イルミニウスと話し合って、決めればいいのです。その過程は離婚裁判の親権争いみたいになる可能性がありますが、イルミニウスとタチアナ女史、戦ってどちらが勝つか、興味がないと言えば、嘘になります。

「わたしたちとしても、ペンドラゴンM1000を倒してくれるのはうれしい」

 なんですって? 倒す? 銃の製造装置でしょう? スイッチを押して、電源切れば、はい、終わり、じゃないんですか?

「だってさ! きょーじゅ!」

 現在、筆頭会話代行人はミカ嬢です。教授の図面台の鉛筆と一本とメモ帳をお借りして、こちらの懸念点を書いています。

「ペンドラゴンM1000は固く守られている」教授は言いました。「生身の人間でたどり着くのは不可能だ」

 ますますタチアナ女史向きの話です。何せ彼女は革命を通じて、生身の人間が鋼鉄のように鍛えられると論じています。それにカムイは胸で砲弾を受け止めることができます。カムイがペンドラゴンM1000を引きずり出し、タチアナ女史はイルミニウスと戦う。これです。

「唯一の道は装置の冷却のための水道管から潜り込むことだ」

 ますますますタチアナ女史の出番です。彼女には潜水艦ヴ・ナロードナ号があるわけですし、カムイは息継ぎ知らずです。カムイが引きずり出し、タチアナ女史とイルミニウスがファイト。見物料でも取りましょう。

「へんりー、あんりーの出番! へんりーは水のなかを潜れるんだよ!」

 ちょっとちょっと! やめてください!

「このルートだ」

 と、教授は製図台の線の群れから選ばれし線を青い鉛筆でなぞりました。どう考えても、これが冷却水のパイプです。

「一本道だ」

 ですが、結構ジグザグしています。潜水で何が恐ろしいって、こんな狭いパイプのなかでエアが切れることです。

「安心してくれ。ここには空気圧縮機がある。そのふたつのタンクを満タンにできる」

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