第六話 嘆くことさできず
前回のあらすじ:
貴族制度と実質的な奴隷制度が復活していることや、罪もない娘たちに無体を働く兵士たちを目の当たりにし、憤ったカイはその兵たちを皆殺しにした。
不埒な兵士どもを、皆殺しにしたのも束の間――
「我が君」
「わかっている」
レレイシャの短い警告に、俺は悠揚とうなずいた。
通りの向こうから、ガチャガチャと鎧の鳴る物々しい音が聞こえてくる。
甲冑をまとい、帯剣した十人ほどの一団が、剣呑な顔つきでやってくる。
騒ぎを聞きつけたにしても、駆けつけるのが早い。抜け目のない奴がいるに違いない。
「レレイシャ。この時代にも騎士階級は残っているのか?」
「はい、我が君。泰平の世ゆえに半ば形骸化した、鼻持ちならないだけの連中がほとんどですが、中にはカイ様の御代にもいたような、一廉の者も」
「ほう。あの中にもいるかな?」
「おたわむれを仰らないでくださいませ。面構えを見れば、一目でわかりますわ」
そう、俺もレレイシャも、甲冑姿の騎士たちなど最初から眼中になかった。
連中の後からゆっくり、傲岸たる足取りでやってくる、長衣姿の中年に着目していた。
「愚民ども! これはなんの騒ぎであるか!」
「その場でうつ伏せになって、両手を頭の後ろで組め!」
「さもなくば即刻、斬り捨てるぞ!」
「ラーケン閣下の御前である! 頭が高いわ!」
騎士どもに怒鳴りつけられ、呆然となっていた娘たちが我に返る。
言われた通りの姿勢となって、憐れ、兵士どものバラバラ死体と血の海の中に顔を伏せさせられる。
立っているのは、俺とレレイシャだけになった。
それを見て、騎士どもも状況を悟ったようだ。
「これは貴様らの仕業だな!?」
「自分たちが何をしたのか、わかっているのか!?」
「兵を殺すことは、それすなわち神聖なるヴァスタラスク帝国に盾突くということだぞ!?」
「万死に値する!」
口々にさえずるが、俺もレレイシャもろくに聞いていない。
「貴様らでは話にならん。代官といったか? 後ろの奴を出せ」
「フン。どこの山から下りてきたのやら……恐いもの知らずとはこのことだな」
ようやくやってきたラーケンとやらが、吐き捨てるように答えた。
クク。面白い。
「山から下りてきた」とは皮肉で言ったのだろうが、正鵠を射ているではないか。
「察するに、まあまあの腕自慢らしいな、若僧? 武術を鍛えるうちに、試してみたくなったか? 時折こういうバカが出てきて、帝国の治世を乱すのだから困りものだ」
「残念。それはまるで的外れだ」
「どうでもいい。貴様の主義主張など興味はない。私は忙しいのだ。死ね。ヴァスタラスク三百年の威光に刃向かったことを後悔し、帝国魔道士たる私の恐ろしさに震えながら逝け」
ラーケンはもはや問答無用とばかり、懐から呪符を取り出した。
同時に、奴の全身から霊力が噴き上がる。威張るだけあって、なかなかの量だ。
その霊力を呪符に注ぎ、魔術を行使する。
「ほう。最初から呪符を用いるとは……全力でこの俺を仕留めにかかるか。賢明な判断だな」
「私は忙しいと言ったはずだぞ?」
ラーケンは面白くもなさそうに言うと、霊力を込めた呪符を、俺たちに向けて投じた。
たちまち呪符が爆発し、燃え盛る炎の波となって押し寄せる。
んんん?
霊力量はなかなかのものだし、わざわざ呪符を用いてくるくらいだから、さぞや階梯の高い魔術で攻めてくるのだろうと思っていたが……。
《爆炎》だと? 四大魔術系統の、第二階梯ではないか。
俺は怪訝に思いつつも、鋭く口笛を吹いた。
そして、炎の波をあっさりと、不可視の壁で防いだ。
別に焼かれてもヴァンパイアの肉体は平気なのだが、魔術には魔術で応じるのが性というものだ。
「な……っ」
たちまちラーケンが絶句する。
その周囲を警護する騎士どもまで、騒然となる。
「き、貴様っ、今何をした!?」
「何をも何も、同じ魔術師ならわかるだろう? 《障壁》だよ。基幹魔術系統の第一階梯」
「魔術師……だと? 基幹魔術系統……?」
ラーケンはまるで異郷の言葉を聞いたかのような顔つきになった。
「とぼけるなよ、若僧! 《障壁》なら当然、私も知っている! 帝国魔道士なのだからな! ゆえに今のが《障壁》ではないことだとてわかる! 呪符なしに魔法が使えるものか!」
たかが第二階梯の攻撃魔術を防ぐのに、わざわざ呪符などと大仰な起動式を用いるまでもない(というかそんな用意をしてきていない)。
同じ起動式でも、短嘯(口笛)の方が発動まで早いし、実用的だ。
――という当たり前の話はさておき、
「魔法だと……?」
今度は俺の方が、異郷の言葉を聞かされたような気分に陥った。
魔法というのはアレだろう?
子どもの御伽噺に出てくる、突拍子もないご都合主義の、神秘現象のことだろう?
《爆炎》や《障壁》は魔術だ。
確たる術理に裏打ちされた――巧拙は別として――学べば誰でも使える技術だ。
俺とラーケンは、互いに怪訝な表情を突き合わせるという格好になった。
我ながら、さぞや間抜けな光景であろうことに。
「畏れながら、我が君」
「なんだ、レレイシャ。申してみよ」
「はい、我が君。三百年前、御身が研鑽し、また各門派の秘伝を暴いて編纂し、発展させた魔術という一大技術は、現代では完全に廃れております」
「なん……だと……」
「今では代わりに、帝国より任官された魔道士と称する者どもが、帝国の発行する呪符を用い、本人はその仕組みを全く理解せぬまま、ただ霊力を込めて発動させるのみなのです」
「バカな。それでは持って生まれた霊力さえあれば、猿でもできるではないか……」
「しかし今の世では重宝されており、これを魔法と申すのです」
「…………」
言葉を失うとはこのことだ。
しかし――理解できんでもない。
魔術の力は万能である。当然、戦争の道具として有用である。
泰平の世となり、治安を維持するためには、魔術は広まらない方が、国家の中枢のみで独占することができ、為政者にとって都合がいいのは事実。
ゆえにアルか後代の王が、魔術を禁じたのであろう。
「――そういうことか?」
「ご賢察、畏れ入ります。我が君」
「なるほどな……」
魔術をこよなく愛する者としては、寂しいばかりの話だ。
三百年の後は、どれほど発展し、爛熟しているかと、楽しみにしていたのに。
それは夢物語であったか……。
「つまらん。本当につまらん」
俺はぼやかずにいられなかった。
そう、ぼやきだ。嘆きではなく。
魔術が廃れた理由に筋が通っているため、これは俺のワガママでしかないため、「世を嘆く」という批判的な行為を慎むしかなかったのだ。
「帝国魔道士ラーケンといったな?」
「閣下をつけよ。不敬だぞ、若僧」
「もうよい。下がれ」
俺はサッと刀印を切ると、虚空に複雑な印章を描いた。
これもまた「短嘯」同様に、魔術の起動式である。より面倒な分、効力が高まる。
そして、基幹魔術系統の第三階梯、《断頭》を用いた。
ラーケンと取り巻き騎士どもの首を、不可視の刃によって刎ねた。
俺にとっては手妻のようなものだが、連中はこんな程度も防ぐことができなかったのだ。
「つまらん。本当につまらん」
俺はその光景を無感動に眺めながら、ぼやき続けた。




