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「閣下が退却を命じぬ限り」登場人物分類・Twitterまとめ  作者: 剣崎月
小話

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双頭の鷲、お手紙出した・7

 高貴な一族のほぼ全員が、味がしない昼食を取っている頃、


「あー平和だ」


 リリエンタールの城の警備責任者として待機しているヘラクレスは、軍服を着用し背もたれに体を全力で預けながら、心の安寧を謳歌していた。


 今回のヘラクレスの任務はリリエンタールの城……というより、城にある「イヴの私物、及びイヴがリリエンタールの為に作った物」の警備。

 リリエンタールにとって、それ以外の物は盗まれてもどうでもいいが、イヴの私物が盗まれたり(過去に事件あり)イヴが自分の為に刺繍をしてくれた小物や、編んでくれた品々が盗まれでもしたら「わたしも何をするか分からない」状態なので、厳重な警備が敷かれることに。


 その重大な任務の責任者に立候補したのがヘラクレス。

 責任重大だが「双頭の鷲の一族から出来るだけ遠ざかりたい」という、地主貴族の息子らしい願いから。


 もちろん「あの場」に居たところで、ヘラクレスが声を掛けられることはない――元国王だったベッケンバウアーや、神聖皇帝あたりは話し掛けてくることはあるだろうし、彼ら相手なら緊張こそ少しはするが、普通に会話できる。

 元王妃だったマルガレータも大丈夫だが――誰とは言わないがあまり性格がよろしくなく、両イザベラと対峙しても負けることなどない王妃が、ヘラクレスはそれはもう苦手だった。

 もちろんその王妃ことアントーニアが、ヘラクレスに声を掛けることはない。彼女の視界に入っても、使用人枠なので気にも留めないことは分かってるが、やり合っている姿を何度も見ているため、怖くて仕方なかった。


 世の中には戦場に身を置いているほうが、遙かに気楽という状況は、確実に存在する。


――ヤンヴァリョフは絶対攻めてこないし、レオニードは忍び込んでこないから……あーほんと、気楽だな


 内部犯行に対する牽制の為にいるヘラクレスだが、ヤンヴァリョフですら怖くて攻めてこないような人物が「イヴのものに触れたら殺す」と明言しているのだから、使用人が手を出すことはあり得ない。


 不慮の事故でイヴの下着に触れただけで、その人物の生誕の地が飛ばされるのは、約束されたようなものなので――ヘラクレスはまったりしながら、カール・ハイドリッヒに手紙を認めていた。


 手紙が届いたカール・ハイドリッヒは、その報告を笑顔で読み、ヘラクレスとリリエンタールに手紙を書いた。


 重大責務の責任者という任に就きながら、休暇のように過ごしているヘラクレスとは反対に、リリエンタールとその兄姉と姻族たちの、緊張感に満ちあふれた時間はまだ続いていた。


 昼食後、リリエンタールは数々の芸術作品の鑑賞会を行った。

 もちろん、ただ鑑賞するだけではなく、絵画や彫刻など様々な作品について、意見を述べさせた。


――いいものは良いと言わなければ、双頭の鷲のご気分を害するような気もするが、それはあくまでも、自分が良いと感じたものであり……王宮学芸員を伴うべきだった


 ルシタニア国王マヌエルは、あまり芸術には明るくない。当人はそのことを理解しているので、このような場では専門家を帯同させているのだが、今回の随員の中に芸術の専門家はいなかった。


 いままでリリエンタールが、芸術関連の話を振ってきたことがないので、必要ないと――そのように思い込んで随員を選び損ねたことを、マヌエルは後悔しながら、持てる知識を総動員して頑張った。


 その頑張りが認められたかどうか? マヌエルには分からない。なにせ頬杖をついて聞いているリリエンタールの表情は、瞬きしている以外動かないので。


 リリエンタールは意見を述べさせても、褒めるわけでもなければ、相槌を打つわけでもない。

 リリエンタールに呼ばれた者たちにとっては、虚無に近い作業――かと言われれば、そうでもなかった。


 ロドリックが「早く終末のラッパを……」と思う、張り詰めた空気の中でのその日の晩餐が進み、また男女で別れマウントーニアの飽きることないマウントと、


<チェスだ>


 リリエンタールが蹂躙するだけのチェスゲームが行われ、リリエンタールが各人をぶちのめした。

 このチェスに関しては本当に「ぶちのめした」としか表現のしようがない有様。

 いまさらリリエンタールに負けてプライドが傷付くような兄や姉夫達ではないが、それらの理解を差し引いても、


――一体なにが起こった?


 マヌエルは「ぶちのめされた」以上のことは、理解できなかった。もちろんマヌエルは、ぼこぼこにされた。

 そして意外と良い勝負をしたのが、グレゴールだった。

 もちろん「意外と良い」だけであり、敗北者をたたえる「善戦」などという言葉を冠するような戦いではなかったが、マヌエルよは余程マシだった。


 こうして短時間ながら各人の精神を根こそぎ奪い取るチェスが終わると、リリエンタールがグリップに双頭の鷲の意匠が施された杖を手に取り、床を叩いて背を向けて去った。


 今回の集まりは終わった。


 一言もなく、労いもなく、目的もあまりよく分からない集会は、こうして幕を閉じた。リリエンタールの態度は酷くも見えるが、国では彼らも同じなので、不服や不満などはない。


【もう少しチェスで、双頭の鷲を楽しませることができれば、良かったのだがな】


 神聖皇帝コンスタンティンがそう呟き、


【そうですね】


 ノークス大司教が同意する。


 そんな二人の会話を聞きながら、斜め四十五度の男がコンスタンティンを寝室へと案内し、そのままコンスタンティンの酒の相手を務めることになった。



――翌日


<出国まで、このわたしがお世話しますので!>


 朝の準備を整えた彼らの前に、フォルクヴァルツ選帝侯が現れた。


<年金はモルゲンロート銀行から引き落とせるように、整えています>


 ベッケンバウアーに年金関係の書類の束を渡す。


<使い切らないよう、努力するように。あと愛人を囲うだろうから、公爵夫人(マルガレータ)は別邸を与えるので、そちらに住むようにと>

<宗主のご命令とあらば>


 こうしてベッケンバウアーとマルガレータは完全別居となった。もともとアディフィ王国の空位問題解消の為の結婚なので、アディフィン王国がなくなった今となっては、結婚している意味はない。

 マルガレータは昔の女性なので、離婚を忌避するタイプ――彼女の気持ちを最優先にした形になった。


 結婚や離婚は当主の一存で決まる。そして権力が強い側が、一方的に決める。よってこの決定は当然だった。


――わたしは、アントーニアを出来るだけ大事に……アントーニアもマルガレータ王女と同じく、離婚とは言わないからな。少し身の程を弁えて


 毎朝、朝食でマウントを取られ――本日もマウントに朝食が添えられていた。

 そして晩餐で他者へのマウント攻勢を隣で聞き続けようとも(窘めるなど不可能)愛人を呼び出して虐め、王太子妃をいびり倒していようとも、アントーニアにはそれ以上の価値がある。


 なにせアントーニアが王妃でいる限り、ルシタニア王国の海岸線は全て守られる――海からの敵はリリエンタール側が対処するという協定が結ばれている。


 もっともルシタニア王国にとって海から攻め込んでくる仮想敵国は、ブリタニアス君主国だが――なにより、仮想敵国ではなく過去に何度か攻め込んできたことはあったし、ルシタニア王国も攻め込んだことがあった。


 そんな過去はともかく、現在ルシタニア王国はブリタニアス君主国に攻められたら、勝てる可能性はない――国力もだが、ブリタニアス君主国で海軍を率いて侵攻するのは、間違いなくリリエンタール。

 陸戦海戦問わず無敵な男が軍を率いてきたら――マヌエルは戦わずして降伏するが、アントーニアが王妃の間は「同盟と不可侵」が約束されているのだ。


 ロスカネフ王国にやってくる前に、国民の多くが「双頭の鷲の統治でもいいんじゃないかな」と思ったのは、このことも大きい――この圧倒的な海の守りは、アントーニアが王妃の座についている間だけ。


 即ちマヌエルかアントーニアどちらかが死ねば、この条約は満了を迎えてしまう。


 その為、アントーニアが産んだ王子を王太子にはせず、マヌエルが先に死んだ場合を考慮し、マヌエルの弟がアントーニアを娶って王位を継いで、この条約を伸ばしてはどうか? と言われるほど。

 この案をもっとも採用したいと考えているのが、アントーニアの息子の王太子――ただ、残念ながらアントーニアが産んだ息子のほうが、マヌエルたちよりも血筋が良いので、マヌエルの弟は王太子として冊立はされなかった。


<マヌエル、これがヒースコートの息子の嫁の歓待に用意すると良いものだ>


 マウントに添えられた朝食を取ること二十年以上、その忍耐力の根源は国を思う気持ちなマヌエルに、フォルクヴァルツ選帝侯がメモを差し出した。

 メモを受け取り確認すると、そこにはジュリアの乳母と乳兄弟について書かれていた。


<再会を演出してやればよし、ということか>

<そこは、マヌエルの気分で。そうそう夫人、わたしの妃が遊びに行きたいと言っているのだが、いいか?>


――お前の妃(イザベラ)、来るの……アントーニアが喜ぶからいいが……


<良いか? マヌエル>

<もちろんだとも、アントーニア。では招待させてもらおう、アウグスト>

<アントンに頼んで、邸を用意しておくな。それじゃあ!>


 それだけ告げて、フォルクヴァルツ選帝侯は去っていった。そしてマヌエルは、コンスタンティンから、何とも言い難い眼差しを向けられていることに気付いたが、それには触れなかった。



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