貧乏君主、国家終いのために動き出す【03】
妻とともにノーセロート帝国にオペラ鑑賞にやってきた、クルヴェルラント侯王カール・ハイドリッヒ――彼に会いに来た貧乏邦領君主と執事、そして金貸したちだが、会うことはできなかった。
会ってくれなかったのではなく、カール・ハイドリッヒはオペラ鑑賞とノーセロート帝国での社交を終え、別の国へと移動していた。
【モンテカルロか】
金貸しが持ってきた情報によれば、次に夫妻が向かったのはモンテカルロ大公国――国を治める大公はシャルル・ド・パレ。ただし国を取り仕切っているのは、ボナヴェントゥーラ枢機卿。
このモンテカルロはリリエンタールが囚われたシャルルを奪還したあと、身の程を思い知らせるため(と一般には考えられている)に、南下してノーセロート帝国の地中海沿岸の都市を軒並み手中に収め、ついでにシャルルを助けようとしなかった、パレ王家の恩恵で独立国家になれたモンテカルロの領主一族の首を切り落とし奪い取った。
そして教皇の取りなしで設けられた交渉の席で、独立国家だったモンテカルロは、リリエンタールにより一族族滅、彼らの一族と縁を結んだ家は、老人から幼児まで血を引いている者の首を切り差し出し慈悲を請うという徹底した行動により、跡継ぎがいなくなったこともありリリエンタールを介して、もとの主であるシャルルの手に渡った。
もともとモンテカルロ大公国には、大したものはなにもなかったので、誰も異議を唱えなかった――異議があったとしても、唱えなかったと思われるが、とにかく何もない土地だったのだが、そこにボナヴェントゥーラ枢機卿がカジノを含む複合的な社交施設を建設し、現在では上流階級の社交場となり、現在は莫大な収益を得ている。
【クルヴェルラント侯王ともなれば、大公宮殿に滞在なさっていることでしょう】
大公宮殿は大公が許可を出した者しか滞在することができない――カール・ハイドリッヒはシャルルの処刑に対して、ノーセロートにはっきりとした抗議文を送り、教皇にも動いて欲しいと手紙を出していたこともあり、シャルル本人から終生使用許可が出されているのは、上流階級では有名な話なので、執事がそう語る。
実際は「け、け、結婚、いわ、いわ、い、祝いだ! ありがた、あり、うけ……もう無理ぃぃぃ!!! アントワーヌー! 助けろ!!」「少し落ち着かぬか、シャルル」だったが。
話は戻るが、カール・ハイドリッヒが滞在している大公宮殿とその周辺で社交を行うのには、相当な金が掛かる。もっとも金が掛かるのは女――
【あそこの高級娼婦は、洒落にならないからなあ】
君主に金を貸している金貸しでも、大公宮殿での催しの際のパートナーを借りるのは、二の足を踏むし、できることなら避けたい。
だが正式な場なので、パートナーは必須。
君主は独身なので、女性を雇う必要がある。それも社交に長けた女性を。
となれば高級娼婦で、それもモンテカルロを根城にした高級娼婦でなくてはいけない。
そのモンテカルロに居を置く高級娼婦は、かなり高額なのだ。もともと高級娼婦というものは高額だが、それと比べても更に高額。
一夜雇うのに君主の国の予算の一ヶ月分程度は必要な高級娼婦を雇わなくてはならない。
【モンテカルロに行っても、クルヴェルラントに会える気がしない】
目前の三倍になる防衛費と半年間の間に用意しなくてはならない燃料代、そこにさらに追加される高級娼婦代――
【モンテカルロで会うのは無理ですね】
彼らは高級娼婦代を削ることにした。もっとも削ったのは、モンテカルロ大公国だけで、ノーセロート帝国では高級娼婦を雇い、パーティーに参加していた。
パートナーが要らないパーティーだけでは、情報が偏るので、どうしても女性もいるパーティーに出席しなくてはならないのだ。
<ツケにしておいて、あげるわ>
……で、馴染みの高級娼婦に「料金は通常の五分の一で、残りは先祖伝来のネックレスとブレスレットで、引き受けてもらえないだろうか」と、現物を見せて値段交渉をしたところ、宝飾品を受け取ることもなく、五分の一の金額でパートナーを務めてくれた。
高級娼婦は宝飾品については目利きなので、君主が取り出したネックレスとブレスレットが、歴史有るものだとすぐに分かり――これを手放してでも、金を集めると聞き、その貴族の矜持を買って協力してくれたのだ。
君主はいい君主だった。金はまったくないが
<役立つか分からないけれど……>
高級娼婦は特別割引価格でパートナーを務めてくれた上に、仲間内の情報までくれた――情報に関しては、金貸しが「仲間とお茶でもしてくれ」とそれなりの対価を支払った。
<良いこと、教えてあげる。あなたが結婚しようとしている女は、止めたほうがいいわよ>
金貸しへのアドバイスはさておき、高級娼婦の情報は「宝石を売るなら、ヒューズ・ゲイルがいい。あの強欲、いまもの凄く宝石を欲しがっている。伝統あるものから、新しいものまで、何でも買いあさってる」――宝飾類に敏感な高級娼婦らしいものと、
【ヴィクトリア王女か。確かに狙い目だな】
「ロスカネフ王国の女王が独身のまま退位した。退位理由は体調不良みたい。王族で体調が万全じゃないということは、あまり良い縁談はのぞめないから、跡取りがいなくても大丈夫といっている君主が、結婚を申し込めば、縁を結べる可能性があるのでは?」というものだった。
ロスカネフ王国は弱小国ではあるが、国家防衛を他国に依頼することなく、自らの国の軍で賄い、主要国に大使館を置くことができる――完全な独立国家の中では弱小国だが、国防を外注している国とは比べ物にならない。
【当たり前だがあの国も炭鉱があるから、王族と婚姻を結べれば、石炭を少しは融通してもらえるかもな。遠いから輸送費は掛かるだろうが、石炭が確保できるかどうかの瀬戸際だから、申し込んでみる価値はある……のだが、ロスカネフ王家に伝手はあるのか?】
金貸しは持っている知識から、ロスカネフ王国に炭鉱があることをはじき出し――ロスカネフ王国については詳しくないが、ロスカネフ王国相手に石炭を輸出している大国がないことは覚えているので、炭鉱はあるだろうと読んだ。
【即位したガイドリクス王は、マリーチェ王女と結婚していたが、即位前に離婚していたな。ということは、アディフィン王国にはまだ繋がっている者がいる可能性もあるな】
アディフィン王国ならば……と、君主と金貸しが、自分の知り合いリストを脳裏に描く。
【やはりクルヴェルラント侯王に会うのが、最短かと】
そんな二人に執事が、カール・ハイドリッヒは総司令官で軍務大臣のキースと知り合いだから、そっちを当たったほうがいいのでは? と告げる。それは正論なのだが、正論はときに、なんの役にも立たない。いまがまさにその時だった。
【その軍務大臣キース閣下という人物に接触できる人物で、わたしの知り合いは他にいないのか】
君主の知り合いと、キースの知り合いは、基本被らない――
【連合軍時代に総司令官陛下の筆頭副官を務めていらっしゃったので、普通に考えますとリトミシュル辺境伯爵閣下やフォルクヴァルツ選帝侯閣下、次席副官だったクレマンティーヌ総督とはお知り合いでしょう。もちろんマーストリヒト将軍や、アイヒベルク将軍とも。平民で総司令官の座に就かれたくらいですから、知り合いは軍人に偏っているかと】
執事がすらすらと答え、君主は頭をかかえる。
【そこにコンタクトを取れるならば、苦労はしない】
【そうですね……】
彼らがロスカネフ王国の上層部にコンタクトを取ろうと考えた時、どうしてもカール・ハイドリッヒの助けが必要になる。だが彼とはすれ違ってばかり――そうこうしているうちに、彼らが会いたかったマンハイムの男が、向こうからやってきた。
**********
【頼みがあるんだ】
【頼み?】
挨拶もそこそこに、マンハイムの男は君主に「協力して欲しい」と――金貸しと執事も臨席し、依頼について聞いた……が、
【……】
【……】
【……】
マンハイムの男の話を聞いた三人は内容は分かったが、真の意味は理解できなかった。
【バイエラント大公のお考えは分からなくて当然だから、気にするな。それで、理解できないまま協力してもらいたい……という形になるのだが】
マンハイムの男も理解していなかった――まさかリリエンタールが最愛のイヴをデビューさせ、舞踏会でも初めての正式な相手を務めたいから世界最高の舞踏会を開こうとしているなど、分かる筈もない。
【捨てるつもりだった命だ、惜しくも怖くもない。まあ、蜥蜴の尻尾切りをしなくてはならない場合は、領民のことは頼む】
ただ分からないが、それに乗ること自体、君主にとって問題はなかった。なにせ君主に残されているもう一つの道は「拷問死」――それに比べれば、どうということはない。
【バイエラント大公陛下は、殺す時も長引かせたりしませんし、君主は君主ですから、処刑される場合でも、毒杯を賜れるでしょうから、拷問に比べたら天国です】
執事が言う通り、リリエンタールは処刑する際に、無用なオリジナリティや娯楽性を求めたりしないので、何らかの責任を負わせられ、死ぬ場合でも異教徒に領民を売るより遙かに楽に死ねる。
なにせリリエンタールはその身分に合った殺し方をしてくれる――各国の王族とノーセロート国民の確執は、由緒ある王族であったパレ一族をギロチンで殺害したことに起因している。
パレ一族は人前でギロチンで殺害されるような身分ではない、それが王族たちの総意、即ち皇統宗主たるリリエンタールの意志であり、公表していた。
ド・パレに比べれば遙かに劣る血筋の君主だが、君主の座についているので、金を融通してもらう代償に、何らかの責任を取らされたとしても、毒杯を賜れると考えた。
――新種の毒盛られたらどうするんだ。毒ガス開発したって小耳に挟んだぞ
貴族三名は古来よりの毒杯をイメージしたが、金貸しだけはリリエンタールの元にいる新進気鋭の科学者たちの、新進気鋭という言葉で誤魔化さざるを得ない発明を思い浮かべ――たが、黙っていた。
何でも言えばいいというものではない。喋らないほうが良い場合もある
【そうだな。それで、頼みごとというのは?】
執事の言葉に同意し――君主はマンハイムの男に話を聞いた。
【見返りとして、国を終わらせる手続きを手伝うということでいんだな?】
マンハイムの男は、君主から協力と引き替えに国終いに付き合いように頼まれる。
【そうだ】
【分かった。そのくらいの金なら、問題なく動かせる】
国を終うための資金を提供と引き替えに、マンハイムの男に協力することに。ついでに金貸しも付いていくことにした――
【とりあえず、まだ君主でいてもらわないと困るから、アディフィンに防衛費を支払いに行くか】
そして彼らは面会予約を取らずに、ノーセロート帝国のアディフィン王国大使館へとやってきた。
身分があるので、面会予約を取っていなくても露骨に嫌な顔はされなかったが、
【大使はただいま外出中です】
取り次げませんよと受け付けは答えた。
当たり前のことなので腹は立たないが、面会予約を取れない事情があった。
【バイエラント大公陛下が直接署名なさった小切手だ】
すっと出された小切手に、受け付けの動きは止まる。小切手とマンハイムの男を見比べ、次に小切手と君主を見比べ――小切手を持ったまま奇声を上げて建物の奥へと走り去った。
マンハイムの男が持っている小切手のサインは、全てリリエンタールの直筆で印章も自らの手で押した。
なにせ用途が「イヴのデビュー」なので、自らの手で行いたかったのだ――そんな「朕にひれ伏せ」と記載されたも同然な小切手手帳を持たされて起こる事態やマンハイムの男の苦労などは、考慮されていない。




