表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「閣下が退却を命じぬ限り」登場人物分類・Twitterまとめ  作者: 剣崎月
小話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/65

貧乏君主、国家終いのために動き出す【01】

 とある邦領国家の裏寂れたという表現がぴったりという、もの悲しい大きな邸で、執事が主に決断を求めた。


【君主、いかがなさいますか?】


 自身よりも十歳ほど年上の執事に問われた君主は、行儀悪く頬杖をつきながら、


【侵略されんかな。いまなら侵略し放題なんだがなあ】


 かなり物騒なことを、わりと本気で呟いた。


【侵略されるほど魅力があれば、こんな状態にはなっておりません。バルツァー家がなければ、馬鹿が軍権を握り無駄な侵略もありえますが、軍人にして冷徹な政治家でもあらせられるバルツァー家の当主閣下(ヴィルヘルム)が、こんな負債の塊にして、面白い人材が一人もない国に、ちょっかいを出すなどありえません】


 執事は君主を正論でぶん殴る――侵略というものは、欲しい物を力尽くで奪い取る行為である。

 侵略者にとって魅力がなければ、侵略されることはない。そしてこの貧乏国家には、魅力はなかった。

 執事が言う通り、負債の塊だった――この辺り一帯の邦領君主国家は、負債邦領と揶揄されても、どの君主もそれを受け入れるくらいに。


【まあな。昔であれば、略奪した人間を売ることもできたが、今はそういう時代でもないからな】


 人間を略奪品と数えていた頃ならば、侵略される可能性は僅かながらあったが、現教皇により禁止された。


【異教徒はまだ人間を略奪品として売買しているようです。もちろん、改宗させられますが。領民を異教徒に売りますか?】

【それをやったら、わたしの七親等くらいまで火刑だろう】


 教皇が禁止したことを破るだけではなく、その商売相手が異教徒となれば、君主だけではなく、親族までただでは済まない。


【君主は魔女狩り時代の拷問にかけられて、最後は腸を引き抜かれるかと】

【淡々と語ってるが、お前も一緒に拷問死させられるぞ】


 執事は縁戚ではないが、ここでこんな提案をして、最後まで付いて来る……ことは確実なので、そうなった場合は、同じく処刑される。


【まあ、致し方ないかと。それで、売りますか?】

【あのなぁ】

【領民を異教徒に売った場合、領民たちは多少苦労いたしますが、最終的には買い戻され、新たな国籍と新天地を与えられることでしょう。正直わたしたちがなにかするより、遙かに良い結果になります】


 執事の言葉に間違いは一つもなかった――潤沢な資金を持つボナヴェントゥーラ枢機卿が、君主の領民約三万人を買い戻してくれる。彼は宗教の威信を保つためと、自らの権力のためには幾らでも金を使う。


【買い戻された領民たちは、新大陸籍を得られるわけか】


 そして行き場を失った領民たち――領民を異教徒に売った邦領君主は、当然国を取り上げられる――筆頭枢機卿ボナヴェントゥーラと並ぶ大枢機卿ことリリエンタールが引き取り、新大陸へと渡ることができる。


【ええ。君主は血筋だけは君主ですし、お知り合いもいるので、伝手で枢機卿の誰かに領民を売ったことを伝えることだけはできますから】


 教会上層部に届くまでに時間が掛かってしまうと、領民がちりぢりになってしまう恐れもあるが、これでも邦領君主。枢機卿と話せる機会をつくるくらいのことはできる。


【激しい拷問を受けるのは嫌なんだ】

【分かります。わたしだって嫌です。ですが、それが領民にとって最良です】

【…………】

【…………】

【最終手段……ということでいいか?】

【はい】


 領民のことを考え、その最良が異教徒への売り渡し――こんな会話をするほどに、君主は資金繰りに困っていた。

 どれだけ困っているかは、誰が聞いても分かる。そして拷問死してでも、領民を守る気持ちは確かなものだった。



 金はないが。全くないが



 君主は己の家の先細った家系図を脳裏に描き、異教徒に領民を売った後の被害を考え、


――それほど他家に被害は出ないが……伯母上がいるからなあ


 持参金がなく結婚できなかった伯母を巻き添え食らわせるのは不憫だなと――


【……よし、神聖帝国へ向かうぞ!】


 捨て身の攻撃に出ることにした。


【了解いたしました。……で、旅費は?】

【教会に借りる】

【後戻りはできませんが、よろしいのですね?】

【わたしは、もう故郷に帰ってこないつもりだ】

【分かりました。では、不肖わたくしめが、最後までお供いたします】

【あとは任せた、城代】

【ご武運お祈りいたします、旦那さま】


 大きな衣装ケース二つと、普通のスーツケース四つ――君主の荷物だけで――執事も自分の荷物をつめたスーツケース二つを馬車に積み込み、近隣駅へと向かい教会から借りた金で旅に出た。


【このまま目的地まで行きたいところですが、そうもいかないので、交渉してまいります】


 彼らは今、二等客室にいる。

 旅費の関係上、二等客室で過ごしたいところだが、それでは話にならないので「一等客室が空き次第、移りたい」と執事は車掌に依頼する。

 車掌は予約台帳を開き、部屋の空き状況を確認し、本部と連絡を取り、空き部屋を押さえてくれた。


【運が悪いことに、わりと早い段階で、部屋を移動できてしまいます】

【最悪だな……一等客室に移動しなければ、話にならないのは分かっているが】

【そうですね。まあついでに、食堂車両の使用料を支払ってまいりました。食堂で社交に励んでください、君主】


 彼らには金がなく、借金をしていながら一等客室に陣取る――これには、様々な理由があった。

 三等客室、いわゆる庶民が乗る車両ならば金を借りる必要はないが、彼らは最低でも二等客室、できれば一等客室に乗らなくてはならない。


 なぜならば彼らは国を引き取ってくれる相手を探すために旅に出る――人口三万強の小さな国とはいえ、負債込みで引き取ってもらうとなると、相応の人物に頼まなくてはならない。そういった人物は、当たり前ながら一等客室を取っている。


 更に言えば鉄道の旅の場合、車両内という密室ゆえ、会って話すということが簡単にできる。なんなら普通の社交よりも、金が掛からない――だからこそ、金をかけて一等客室で旅をする必要があった。



 三等客室に乗っていそうな重鎮もたしかにいる。アウグストとかヴィルヘルムとかいう名前の重鎮は、全く紛れることができないのに、紛れ込んでいると言い張って乗っていることもある。



 ただ彼らに話を直接持っていって、受けてもらえると思うほど、君主は馬鹿ではなかった――最終的には彼らに話しは届くだろうが、最初から彼らだと大変なことになる。彼らに直接会って話を通せる邦領君主など、数える……というか、一人しかいない。

 クルヴェルラント侯王カール・ハイドリッヒ――彼ならば話を通すことはできるし、助力を仰ぎたいところだったが、クルヴェルラント侯国に行くには、やはり神聖帝国まで出る必要があった。


 彼らが住んでいる侯国を通る線路を走る蒸気機関車は、すべて神聖帝国行き――要するに一方通行。

 クルヴェルラント侯国と彼らの国の位置関係から、神聖帝国からアディフィン王国へと向かう便に乗車しなくてはならない。


【オペラか】

【オペラですね】


 「一等客室を取りたかったのだけれど、空いていなくて残念」という素振りで、君主が食堂車両にて全力で社交を行った結果、クルヴェルラント侯王夫妻は、オペラを観るためにノーセロート帝国にいることを知った。


【ノーセロートまで、足を伸ばしますか?】

【必要とあらば……だが、夫妻を追うだけでは駄目だな。他の手段も考えなくては】

【異教徒に領民】

【それは最終手段だ】


 旅をしながら情報を集め――一等客室に他の客を招いて、部屋でランチを取ったり(招いた側が料金を支払う)して、情報を集めに集め、


【嘘だと言ってくれ】

【残念ながら、事実です】


 神聖帝国の中心街にある駅に降り立った彼らは、売店で売られている新聞を見て、うち拉がれた。

 アレクセイによる新生ルース帝国の立国。これにより、アディフィン王国に国防を依頼している邦領君主たちの、費用負担が増えるのが確定した。


【到底支払えん】

【知ってます】


 君主は駅で崩れ落ちたかったが、頑張って耐えた。君主としてのプライドというよりは、固い駅の床に膝をついてしまうと、高級生地で作られた外出着の膝が擦れてしまうので――高級品は扱いがかなり面倒である。


【支払期限間前に、軍事行動を起こすのは止めて欲しいものだ】

【この時期にこんな騒ぎを起こされると、大体の邦領君主は頭を抱えるということを、ヴォローフ伯は知らないのでしょう】


 ヴォローフ伯爵ことアレクセイは、大富豪という言葉程度では言い表せないような金持ちリリエンタールの庇護下にあったので、金銭面で苦労したことは一度もない――恵まれた環境だったのだが、アレクセイ本人はいろいろと不満を持って、今に至る。


【九月に入ってからじゃ、駄目だったのか】


 軍人派遣の依頼費用は一年分一括前払いで、払い込み期日は八月一日――イヴの前世ならば八月三十一日迄になるところだが、この時代は金のやり取り、振り込み確認などに時間がかかるので、締め日は一日になっていた。


【駄目だったんでしょう。というか、あの辺りは寒さが厳しいので、寒くなる前に攻め込んで立国しなければならかったのではないかと。となれば、この時期しかなかったのでは?】

【そうか……そうだよなあ……】



 アレクセイがフォルズベーグ王国に攻め込んだ時期は、フォルズベーグ王国を攻めるのに、もっとも適した時期だった――アレクセイが時期を選んだのかどうかは不明だが、勝てる戦争を仕掛けたのは間違いなかった。



【まずは、来年一年分の防衛費ですね】

【アディフィン王国と隣接しているから、三倍になる】


 国境隣接国で有事が起こった場合は三倍、離れた国で何ごとかが起こり、出兵することになった場合は二倍……というのが、昔からの取り決めだった。


【やっぱり異教徒に】

【わたしも、そちらに心が傾いている。このまま教皇領までいって、知り合いの司祭に告解を】

【やるなら、売ってからです。売る前に告解したら、無駄死にになります】

【そうだな……はぁ】

【まずはホテルへ参りましょう、君主】


 人を雇い荷物を馬車に載せ、二人はホテルへと向かった――最高ランクの部屋が埋まっていますように……と願いながら。


 残念ながらその願いは通じなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ