マンハイムの男――ノブレス・オブリージュの元に生まれて
設定に少し肉付けしたものです
未完だよ!
書ききるつもりはあるよ!
アディフィン王国に待機……が正しい表現かどうか? リリエンタールの内心は不明だが、アイヒベルク伯爵と合流するまで城に滞在することになったマンハイムの男。
リリエンタールの部下という括りなので、城で寝起きしていても問題なく、生活には困ることはない――
使用人とは違い、リリエンタールからの命令がない限り、好きなことをして過ごすことが許されている。
遊び暮らすのも自由だが、大体の部下は自らのスキルを磨き、人脈を広げるために社交に精を出すなど、任務があるとき以上に忙しい日々を過ごすのが普通だった。
アディフィン王国に来る前は「何をして良いのか分からん」状態で、城に篭もっていたマンハイムの男だが――ロスカネフ王国に戻るのならば、ロスカネフ語が使えたほうがいいだろうと語学を学ぶことにした。
同時に本腰を入れて、ロスカネフ社交界についても知識を仕入れようと――
【大統領が”頼みがあるので会いたい”って】
そんな日々を過ごしているある日のこと、家令のグレッグから告げられた。
【王女の通訳から解放された時は、もう会う予定ない感じだったんだが】
【大統領はなかったんじゃないかな…………】
家令のグレッグは、マンハイムの男の生家については知っていた。
同じくマンハイムの男もグレッグの生家を聞いて、どの系統の家柄か、また家族構成まですぐにわかった――お互い、出自が近く、近親感を持っているので、語りは軽いものに。
【大統領を動かすっていったら、リトミシュル辺境伯?】
【あの御方はただいま、フォルクヴァルツ選帝侯と一緒に、出かけているよ……行き先は知らないし、知らないほうがいい】
グレッグの目の泳ぎ振りを見て、マンハイムの男は追及は一切しなかった。
――積極的に知りたいと思うことはないけどよ
単独でもアレなのに、二人合わさると、リリエンタールでも無い限り止めることができないとされるあの二人――のうちの一人、リトミシュル辺境伯爵が国内にいないとなると、頼みごとはごく普通のことだと推察できる。
ごく普通ということは、
【嫌なら断っても問題は無いよ】
グレッグの言うとおり、断っても問題はない。
【嫌ではないが……】
【乗り気でもないってところか……分かるけど】
【……】
【……大統領に恩を売っておくのも、悪くないんじゃないかな…………】
【大統領に恩な……いやまあ、マーストリヒト閣下にはお世話になったから、頼みを聞くのは吝かじゃない】
【そうだねえ。ロスカネフに戻るなら、またマーストリヒト閣下にお世話になることもあるだろうから】
人付き合いが物を言う世界にいる彼らは、大統領との面会を受けると返事を出し――面会場所は官庁街の、あの瀟洒な邸。政府の高官が訪れるこの邸には、王侯を持てなすにも不足はない、立派な応接室が設えられている。
――大統領の所に足を運ぶのではなく、大統領がやってくるっていうシチュエーションってことは……
会いたいと言っていたので、では大統領府に出向くので、よい日にちを尋ねたところ「こちらから出向きたいので、官庁街の別邸で」と伝言があり、そちらで会うことになった。
大統領単身ではリリエンタールの城には立ち入れないが、マンハイムの男に訪問してもらうわけにもいかない――このやり取りで、どこから来た命令なのか? マンハイムの男もグレッグも想像が付いた。
【手数を掛けて済まない】
瀟洒な邸にやってきた大統領は、
【エスコートですか……】
とある未亡人のエスコートをマンハイムの男に依頼してきた。
【その日、両陛下もご観覧なさる】
【でしょうね……】
話はこうだ――
アディフィン王国の国王夫妻が、オペラを観劇する。
当然国王夫妻は、ロイヤルボックスでの観劇。その際、国王夫妻は知人やら要人をロイヤルボックスに招くことがある。
今回のオペラ観劇の際、国王夫妻は未亡人を招いた。当然未亡人なので、夫はおらず、再婚もしていないので、エスコートする男性が必要。
国王夫妻と同席するので、お目通りしてもよい血筋で、観劇に相応しい教養を身につけており、尚且つ未亡人の身分と釣り合う男性が必要――ということで、マンハイムの男に打診が来た。
断るという選択肢はないので引き受け、
【感謝する! では当日】
大統領はマンハイムの男と握手を交わし、連れてきた秘書官の一人を置いて大統領府へと戻った。
大統領を見送り――
【こちらから、大統領府に足を運んだのだが】
会議が終わったとはいえ、後始末やいまだ調整などがある大統領は、自分と違って忙しいだろうに……そう呟くマンハイムの男に、
【身分から言うと、そういうわけにもいきませんので】
大統領が残していった秘書官が、同意を見せつつ「そうもいきませんよ」と――この秘書官は、マンハイムの男のことを知っているので、秘書として仕えるよう置いていかれたのだ。
【身分といっても、従属爵位を受け継いでいる、長男の予備でしかないんだが】
【いやいや、歴史有る名門の従属爵位を受け継がれているだけで、充分かと。さらにフォン・ヴュルテンベルクの家臣ともなられれば】
――いや家臣でもなんでもないんだが……家臣扱いになってるのは分かるんだが……ほとんど荷物運んでるだけなんだが…………いや、ほんと、死体を含めて荷物運んでるだけだ
ここで「家臣ではない」と力説したところで、どうにもならないのはマンハイムの男も分かっているので、
【四日後にビョフスホーフェン公爵夫人を、オペラハウスにエスコートする……でいいんだな?】
頼まれた仕事について、話をつめることにした。
【はい】
【確認するが、ビョフスホーフェン公爵夫人とは先の王妃で間違いはない?】
【はい】
アディフィン王国の先代王は子がないまま死去し、王家の血を継いでいる人物を捜し――ゲオルグ大公の元には当時女児しかおらず(長男のカジミールは身体的理由で除外された)長女であるマルガレータの夫を王に添えることになった。
そして夫に先立たれた王妃はビョフスホーフェン公爵夫人という称号を給わり、年金が支払われている――子がいないので、王太后とは呼ばれない。
【ロイヤルボックスには入ったことがないから、ルートなどを前もって確認しておきたい】
【わかりました。これから向かう……で宜しいですか?】
【頼む】
マンハイムの男は先の王妃をエスコートし、国王夫妻と同じボックスでオペラを観劇しても、だれも不思議に思わないほどの名家の生まれである。
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マンハイムの男はノブレス・オブリージュを体現している家に生まれた。
十二代ほど続く有爵貴族の名家で、五人兄弟――当主である父親は、古き良き貴族でありながら新たな時代の潮流に乗り遅れることなく、領民の生活を守り、土地を守り、社会への奉仕と神への感謝を忘れない人物。
母親である夫人も同じ。
とにかく「領民のことを考えよ」と言う、堅苦しい両親だった。
第一子で跡取りの長男が厳しく育てられたのは、いうまでもない。これは貴族の当然の義務であり責務。
第二子で二男は聖職者――名家の子女は神に仕えるものを輩出するのも責務で、マンハイムの男の実家では、当たり前のことだった。
二男は現在は司教を務めており、ゆくゆくは枢機卿になることが決まっている。
枢機卿といっても、ボナヴェントゥーラ枢機卿のような、教皇の座を目指すという類いのものではなく、名家の子弟に相応しい地位ということで。
第三子の長女だが、年の頃が合い、嫁ぐのに相応しい家がなかったので――二件ほど家柄と年齢が合う嫡男はいたが、どちらも借金で首が回らず、長女の持参金目当てなのは明らか。
こんな家と縁を結び、負債がこちらに来ては、領民に迷惑を掛けてしまい、先祖伝来の領地を切り売りすることになる。そんなことはできない、ということで持参金を持って修道院に入った――その高貴な生まれと、資金力、さらに学力と社交力によりゆくゆくは修道院長になることが決まっている。
第四子で三男は軍人。長男は家を守り、二男は神に仕え――次は国家に対する貴族の責務として、三男は軍人の道に進むのがマンハイムの男の生家では慣わしだった。
幼年学校に進学し、そのまま国軍に属し――華やかさなどはないが、堅実に国家に奉仕しており、現在は別大陸の駐屯地で副司令官を務めている。
そして第五子で四男がマンハイムの男。
彼は長男のスペア――スペアとは言うものの、長男が不慮の死を遂げたり、不治の病に罹ったり、もしくは跡取りを得られなかったりなど、ありとあらゆる事態に対する最後の砦となるので、長男同様に育てられた。
……というか、マンハイムの男の実家は、子どもを全員同じように育てた。
それは厳しく、厳しく、とても厳しく――内情を知っている召使いは、どれほど裕福であろうとも、伝統あり格式の高い貴族に生まれるものではないと、全員の意見が一致するくらいに厳しい教育だった。
マンハイムの男は金も愛情も、厳しさも、他の兄姉とは変わらないほど与えられ――よくある末っ子だから甘やかされる、ということもなかった。
マンハイムの男の実家に「甘やかす」という言葉も概念もない――貴族たるもの、自らを律し、神に、国に仕え、力なきものを守れ。
軍隊の新兵訓練よりも、自らに苦行を科す修道士の日々にも等しい毎日――




