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「閣下が退却を命じぬ限り」登場人物分類・Twitterまとめ  作者: 剣崎月
小話

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42/65

無題(1)

 人通りはあるが、なんとなく退廃感の漂う通り――


「クヌートの兄貴!」

「おお、ザック。元気そうだな」

「はい!」


 個人事業主を勝手に保護して、保護(みかじめ)料をせしめているクヌートに、元気よく声を掛けてきたのは、クヌートが受け持つ組織の縄張り(シマ)で靴磨きをしている男が拾って育てた子ども。

 子どもといっても、十五歳は過ぎ――路に落ちていたので、ザック本人も拾った靴磨きも正しい年齢は知らない。

 一応現在は十八歳――体が大きいので、十八歳でも通っているが、もしかしたら、成長がいいだけで、本当はもっと年下かもしれないが、この界隈では珍しいことではない。


「軍で上手くやっていけてるみたいだな」

「はい、クヌートの兄貴!」


 ザックは持ち前の体格と、持って生まれた腕っ節の強さがあったので、三年ほど前にクヌートが軍に入隊することを勧め――下っ端の兵士として、元気に仕事に通っていた。


 ザックは強いので、組織の用心棒にしても良かったのだが、もっと強くなりそうだったので、クヌートは軍で鍛えてもらおうと考え、入隊させた。


「おいちゃん。帰ろうぜ」

「そうだな」


 ザックは靴磨きの仕事道具を片付けるのを手伝いながら、今日の夕食について話をしていた。それを聞きながらクヌートは遠ざかった。


 縄張り(シマ)を手下四名ほどと軽く見て周り、食事を済ませてから店を変え、馴染みの酒場に入ってカウンターで酒を注文すると、バーテンダーが耳に顔を寄せてきた。


「クヌート、ボスが」


 バーテンダーが”くいっ”と親指で裏口を指し示す。


「……」


 クヌートはボスと面識はあるが、ボス直々に声を掛けられるような立場ではない。


「阿片について、入手ルートが変わるから」


 更に言えば、阿片の入手ルート変更など、なんの関係もない――だが酒場でバーテンダー相手に、それを言ってもどうしようもない。


「分かった」


 クヌートは手下を一人だけ連れ、バーの裏口から外へ。

 そこには古び、塗装が所々剥げている箱型馬車が停まっており――馬糞が落ちているので、馬車は随分と前からここで待機していたことが分かる。

 手下と顔を見合わせてから――手下が銃を構えてドアを開け銃口を向ける。


「クヌート」


 馬車内にはランプが灯されており、中にはクヌートたちのボスにあたるルンダールと、彼の護衛が一人乗っていた。


「ボス……」

「二人とも、乗れ」


 クヌートと手下は顔を見合わせ――手下は銃をしまって馬車に乗り込んだ。

 ドアが閉まるや否や、馬車が走り出す。

 クヌートたちが属する組織は、最近代替わりした。このルンダールは前のボスとは、血のつながりはないがやり手で、ボスの座に収まった。

 ロスカネフ王国にある七つの大きな非合法組織のボスとしては最年少の三十代半ば。

 クヌートよりも年下――もっともクヌートも手下も、自分の実年齢をはっきりと知らないので、見た目からそうじゃないか? という程度。


 馬車内は無言のまま……馬車がゆっくりと停まった。


 クヌートが小窓から外をのぞくと、あちらこちらの組織に美術品を納めている、世渡り上手と言われている店主が経営している店の前だった。


「あそこの店にいく」

「はい」


 ボス――度胸もあれば、頭も切れる非合法組織の一つを治めるルンダールは、大きな溜息を吐き出して馬車から降りた。

 そのすぐ後を彼の護衛、そしてクヌートと手下が続いた。

 ルンダールは既にしまっている店のドアをノックし、


「クヌートを連れて参りました」


 配下が聞いたこともないような、丁寧な口調で告げた。

 店のドアは施錠されておらず、すぐにドアが開き、


「中へどうぞ」


 背広姿のクヌートと同い年くらいに見える、黒髪を丁寧に撫でつけている男が、頭を下げて出迎えた。

 クヌートと手下には、普通の男に見えたのだが、ボスであるルンダールは随分とその男を気にしているように感じられた。

 売り物が飾られている店を抜け、ドアを開けた先は、外国製の高級絨毯が敷かれ、革製の一人掛けソファーが三つ。

 うち二つには、上質と一目で分かる燕尾服を着た、癖のあるブラウンの髪の男と、胸元が大きく開いている青いイブニングドレスを着た女が座っていた。二人はとても目立つが、なによりクヌートたちが目を奪われたのは「光」


「まぶし……」


 室内は手下が呟いた通り、夜とは思えないほど明るかった。

 蝋燭やガス灯とは違う明かりが灯されている慣れない部屋――


「全員入れ」


 椅子に座っている癖のあるブラウンの髪に、紺色の瞳を持つ男性――アンブロシュが指示を出す。

 クヌートたち四人が部屋に入ると、後から入り口で出迎えた男が音もなく滑り込んできて、空いている最後の一つのソファーに腰を下ろす――室内のドアは閉められなかった。

 クヌートたちは椅子を勧められることもなく――。


「ルンダール以外は、俺が誰か分からないだろうから、説明しよう。俺はロスカネフ王国にはびこる屑組織と、国の支配者の間に挟まれているしがない中間管理職だ」


 そう言って笑ったアンブロシュの表情は、今にも自分たちを殺害しそうなもの――美術商というのは表向きの顔だというのを分からせる為……にしても、随分と酷い表情だった。

 ルンダールの護衛が思わず銃に手を伸ばしたくなるほど――だが、ルンダールが手を伸ばし、それを押しとどめる。


「非合法組織が目こぼしされているのは、国の中枢にいる人が許しているからだ。それはお前たちもなんとなく分かってるだろう? 国の中枢にいるお偉いさんと、ゴミ捨て場でお山の大将している奴等が、直接連絡を取り合うわけにもいかないから、代表が一人選ばれる。それが俺、ロスチスラフ・アンブロシュ。屑の中の屑って訳だ」


 屑の中の屑を自称するアンブロシュが、クヌートを連れてくるよう命じた理由を説明する。


縄張り(シマ)替えってことですか?」


 首都の九番街に住み込み、三下どもが暴れないように目を光らせろ、保護料は()らない――


「そうなるな。対外的には、クヌートは組織内で出世ってことで……いいな? ルンダール」

「分かりました」

「それで、俺に命令を出しているのは、メッツァスタヤ。お前らも聞いたことあるだろう?」


 クヌートも聞いたことがあった。

 王家に仕える表に出せない仕事をする組織。まことしやかに囁かれ――誰も、実体を見たことはない。


「ここに居る二人は、そこに属している。メッツァスタヤは実在する組織だ」


 言いながらアンブロシュは手を叩く――


「おめでとう。これでお前らも、こちら側だ。逃げようと思うなよ。こいつらが逃がしはしない」


 非合法組織に属しているので、もともと自分は「こちら側」だと思っていたクヌートだが――アンブロシュの言葉に、更にその向こう側があるのだと思い知らされた。


「あまり脅さない」


 メッツァスタヤに属していると紹介されたベックマンが、呆れたように会話に口を挟む。


「心配しないで。失敗しても、始末されるだけだから。あなたたちの組織みたいに、苦しめて殺すとか、身内に危害を加えて楽しむとかそういうのはない。あなたたちだけ…………あ、でも、この前、一家全部始末したわ。アンブロシュが」


 ベックマンは淡々と、最近あった出来事を語る。

 それは非合法組織に属する、ちょっと地位のある者なら、誰もが知っている出来事。


「ビェハルのところの娼館の話だ。あそこは、内乱罪が適応されるヤバイヤツ(シュテルン)を保護する形になったからな……お前たちも悪いことしてる一般人がいたら、ちゃんと突き出せよ。突き出せないような後ろ暗い身の上なら、俺に連絡を寄越せ」

「全員そうでしょう」


 アンブロシュはあの日の恐怖――一家皆殺しではなく、テサジーク侯爵に会ったことを思い出して肩をすくめる。


「わたしは関わらなかったけれど、アンブロシュ、苦労したそうだな」


 クヌートたちを出迎えた男が、くすくすと笑う――クヌートもビェハルの縄張りで娼館を経営していた男とその家族が、一夜にして消えた事件は知っている。


「一家皆殺しはどうってことない。ただな、お前らのトップ(テサジーク侯爵)からの直々の命令だったのがなあ。あの人と会うの怖いんだよ。どれほどヤバイ案件だったか分かるだろう? ルンダール」


 アンブロシュに話題を振られたルンダールは頷き、


「あれには、二度と直接会いたくない」


 口元を隠して、押し殺した笑い声を漏らす。


「俺は今日も、会ってきたんだぞ」

「ご苦労様です」

「俺の代わりに、この地位に就く?」

「非合法組織のボスで充分です」


 ルンダールは前のボスの娘婿を殺して今の地位を奪ったほど、上昇志向と野心の強い男なのだが――


「……ま、そういう組織のトップ直々のご命令だ。拒否とか、そういうのはない。それでクヌート、お前が預かることになる、六番街の煙草屋」

「阿片も扱うところですね」


 ”上”でいざこざがあり、輸入業者が替わる。

 それ以上詳しいことはクヌートたちに説明はなかった――説明しているアンブロシュも、詳細については全く知らず。アンブロシュはクヌートたちが来る迄の間、ベックマンに尋ねてみたが「双頭の鷲(リリエンタール)が絡む話は、知らない」と返された。

 実際、ベックマンも詳しいことは知らない。


「そうだ。全部の組織に通達して、ボスに挨拶させる」

「…………」

「お前に挨拶するわけじゃなくて、メッツァスタヤのトップへの挨拶だ。トップは滅多なことじゃ、出てこないからな。まあ、出てきて欲しくないが」

「同意しかないわ」


 ベックマンが同意し、


「あの人に直接会いに行けるほど、度胸があるボスはいませんがね」


 ダールも同意する。


「あれに会いに行くのは、度胸じゃない。あれに会いに行く度胸が有るヤツなんて、いるのか?」

「総司令官に就いたアーダルベルト・キースは、呼び出すし直接会いに来て怒鳴ってるそうですよ」

「平民で総司令官になれる男は違うな」

「あの人も総司令官のことを高く買っているから、下手に手を出すような真似はしないほうがいいでしょう」

「下手に手を出したら、あれに目を付けられるのか。肝に銘じておく。挨拶についてだが、了解したという”しるし”として、右眉を剃り落とさせ、煙草屋に向かわせる。その間抜け面を撮影しろ」


 クヌートは「なにを言って?」と思ったが、


「洗面所と剃刀を借りたい」


 ルンダールはすぐに言われた通り、眉を剃り落として写真に収めてもらうために動く。


「刃物を持たせるなんて、危険なことはさせられない」


 ベックマンはそう言って、膝に乗せていた小さなバッグを開け剃刀を取り出して近づき、ルンダールの右眉を剃り落とした。


「良い男が台無し。メリンダにアリサ、フローラとヴィヴィに怒られるかも。そうそう、ビルギットが妊娠したんですって、おめでとう。子どもの父親があなたかどうかは、知らないけれど」


 アンブロシュは目頭をもみほぐすような仕草で、ダールはベックマンが立ち上がってすぐに写真機を用意し構えていた。


「撮影しますよ。動かないでください」


 これ以上ない地獄のような空気をクヌートたちは味わい――アンブロシュとベックマンは、ルンダールと護衛とともに他の六人のボスたちに説明するために、彼らを集めている邸へと向かった。


「クヌート。詳しくは、そいつと話せ。名前はケネト・ダール。ルンダールに説明しておくと、サラブレットだ」

「ルンダールとダールって似ているから、変えたら?」


 二人はそう言いながら店を出ていった――


 残されたクヌートと手下は、


「初めまして、ケネト・ダールといいます。まあ本名じゃないが、こういう仕事をしていると仕方無いんで、ケネト・ダールで納得していただきたい」


 無害で弱そうな男一人と残された。


「分かった……俺たちはあんまり頭を使わず、大体は暴力で解決してきたが、今回は暴力は使わないほうがいいんだな?」

「そうですね。裕福な中産階級が生活している区画で、暴力沙汰も全くといって良いほどありません。クヌートさんたちは、異質な存在になりますが、頑張って馴染んでください。あ、どうぞ座ってください」


 ダールは二人に空いた椅子を勧め――クヌートだけが椅子に腰を下ろした。


「断ることはできないんだろう?」

「そうですね。国内では逃げ場無し。だからといって国外に活路があるかと聞かれたら、そちらも絶望です。意外そうな顔ですけれど、わたしたちは諜報活動と言って、国外の情報を集めるのも仕事なのです。そういう関係で、他国のそういう人間と、顔見知りになることもあり、時には情報を交換し合ったりもするので。犯罪を犯して国外に逃げる人もいるので、情報交換できるようになってきたんです。まあ、その交渉ができるのは、トップだけですが」

「あんまり脅してくるなよ」

「いやいや、元締めなんて脅さないと従ってくれないでしょう」


 ダールの表情は完全に一般人のもので――クヌートは徐々に不気味さを感じた。


 その後クヌートと手下は「九番街に住むのに相応しい洋服」を仕立てるためにと、ダールに採寸された。


**********


「…………」


 眠りから覚めたクヌートは、見慣れない壁紙をしばらくぼんやり眺め――体を起こして、


「夢か」


 外から聞こえる子どもたちの元気な声に、自分が既に「任務」に就いていることを自覚する。

 いまクヌートが目覚めたのは九番街の下宿。

 支給された置き時計を手に取り、時刻を確認し――この界隈の子どもたちの登校時間であることを確認し、ベッドから降り、明るめの水色のカーテンを開ける。


「良い天気だ」


 空は快晴で、キャメル色の通学鞄を背負った子どもたちが、楽しそうに話をしながら学校へと向かう姿をクヌートは眺める。

 下宿に越してきたクヌートは、初めての朝、子どもたちが通学するときの会話で目が覚めた――彼にとって、全く異質で聞き慣れないものだったので。


――何回見ても、驚く。女が学校通うって……なあ


 クヌートが生きてきたのは、そういう界隈だった――女児が学校に通うだけでも物珍しいのに、十五歳を過ぎてもまだ進学する女性がいるなど、目で見ても信じられなかった。


「おはよう、カリナ!」

「おはよう、アンナ!」

「デニスさんも、おはようございます。今日はデニスさんと、一緒なの?」

「うん!」

「おはよう、アンナちゃん」


 住む世界の違いをひしひしと感じながら、通学風景を眺めていると、一際輝いている少女が現れた。

 この下宿のすぐ近くの会計士の娘カリナ・クローヴィス。

 クヌートは初めて見たとき、その美しさにまだ酒精が残っているのかと、驚き頬を叩いて目を擦ったほど。

 クヌートは少女に興味はないが、カリナ・クローヴィスからは目が離せなかった。

 世間話程度に下宿の主人(ベンノ)に聞けば、成績優秀というかトップで、通っているマナー教室では講師に貴族コースを勧められるほど。

 再婚した夫婦の間に遅くにできた娘で、両親はもとより連れ子の姉兄にも可愛がられ――ただし容姿について下宿の主人は特に触れなかった。


 下宿の主人だけではなく、この辺りに住んでいる者たちは「姉に似て、成績優秀なカリナ」と言うだけ。

 一緒にこの区画に異動した手下たちも、カリナを見て「あんな美少女初めてみた」と――


「兄貴、分かりましたよ」

「なにがだ?」


 煙草屋に顔を出したクヌートに、防犯として煙草屋で寝泊まりしている手下が、そう話し掛けてきた。


「この辺りの奴等が、あの美少女を見ても普通にしてる理由」

「そんな理由あるのか?」

「はい。あの美少女の姉が、もっと凄いんだそうで。容赦なく息の根を止めにくるような顔だって」 

「なんだ、そりゃ」


 手下の表現は、とても人の顔を褒めているように聞こえなかったが、手下の話と偶に一緒にいる兄の容姿から、この界隈の住人は容姿の美しさに慣れて、触れないことを察した。


「さらに、その顔が凄い姉、陸軍大尉だそうで」

「そりゃすげえな」


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