三日で終わった・後
「事情は分かったけど、四人も呼ぶことないでしょ?! 一人でいいでしょ?」
ユスティーナを虐めている女官たちを排除するために、大公の姉、植民地王の大叔母、建国立役者の妻、大陸皇統宗主の姉を呼んだと聞かされた執事は、一人で充分だろうと――
「たしかにどれも、一騎当千の古強者だな」
「古強者って言うか、未だ現役じゃないですか! 孫の嫁をいびってるって聞くよ! それどころか、孫娘もいびってるって!」
自分のテリトリーに、他の女がいるのが嫌なのか、よくいびるのだが、然りとて優しく育てればいいというものでもない。
蝶よ花よと育てられて、嫁いだ先に、シャルロッテ、エリザベス、イザベラ、アントーニアほどでなくとも、嫁をいびってくる女性親族がいたら――
「実母と実祖母にいびられなければ、嫁いだ先で耐えられまい」
イヴの前世の時代とは違い、嫁姑の諍いに夫が口を挟むこともなければ、配慮することもない――女の争いに男が介入することはない。
ヴィルヘルムが婚約者だった姉を追い落とした妹と結婚したのは、悪辣な策を講じて尚、堂々としている強靱な精神を買ってのこと――いまだ最前線たる辺境を治める男の妻は、そのくらいでなくては務まらない。
「ま、まあそうだけどさ……それにしても、凄すぎない?」
「たしかに、貴族の女官たちなど、あの古強者たちならば、一人で退けるであろうが、時間が掛かるのは避けたい。戦いは短期間で終わらせるもの。ここは一気呵成に攻め滅ぼし、早急に帰還させる」
「…………分かった」
相変わらず喩えが戦争なリリエンタールだが、これに関しては、執事も同意だった。
「それでな、シャルル」
「ん?」
「お前は邸から一歩も外へ出るな」
「…………」
一騎当千の古強者たちが、ロスカネフ王国にやってくる名目は、息子や孫息子、甥の嫁を捜すというものだが――同時に娘、孫娘、姪の嫁ぎ先も捜している。
「聖誕祭の時期ではないから、異端審問官とレアンドルを配置し、更なる守りを固めておく」
「…………」
一騎当千の古強者たちにとって、一族の女を嫁がせるのに、もっとも相応しい人物はシャルル・ド・パレ。
「仕方なかろう。お前はいまだ最良の結婚相手だからな、モンテカルロ大公陛下」
悪いというか当たり前のことだが、一騎当千の古強者たちは、一国の君主筋なので、娘や孫、姪はシャルルに嫁ぐことができる。
「大人しくしていますよ。ああ、本当にもう! モンテカルロ公国、あんたにやるよ!」
「わたしが欲しがると思うか?」
「いいや」
こうして執事は、一騎当千の古強者たちがロスカネフ王国を訪れて居るときは、城に引きこもった。
「キースを国外に出したのは、正解ですね」
ガゼボで本を読んでいた執事は、ふと顔を上げて、そう呟いた。そんな彼の側には、ロドリック(イヴの前蹴りで飛ばされて、首締めで物理的に即落とされた)と、オディロン(ピンクの援護がなければイヴに負けなかったが、援護がなかった場合でもイヴに勝てなかった)がいて、守っている――イヴが一人側にいたほうが強そうなのは、触れてはいけない。
[司祭。そろそろ祈祷の時間です]
――こいつら、真面目だからなあ……世俗聖職者には辛いわー。早く片付いて帰って欲しい
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リリエンタールは四名の貴女を呼びつけた――実際は、アウグストが更に人を介して呼んだ形になっている。
リリエンタールほどの身分ともなれば……ということもあるが、最愛の妃イヴを不安にさせないために、リリエンタールは女性を呼びつけるようなことはしない。
「後世の歴史家とかいう、適当なことを言う人間でも、歪曲したりはしないだろうがな」
「それはそうだ。わたくしの姉とか、お前の妻とか、ヒューの大叔母とか、姉だ。歪曲のしようがない」
アウグストと、呼ばれた妻より先にロスカネフ王国にやって来たヴィルヘルムが、それは楽しそうにグラスを傾けながら――
「精々歪曲しても、マウントーニアだったか? お前も面白いこというな、アウグスト」
「知らなかったか?」
「知ってた。その、マウントーニアが、兄弟のなかで一番仲が良かったと、書き記されるくらいだ…………ぶほぉぉぉ!」
リリエンタールとアントーニアが、どんな人生を送って、どんな人間なのかを知っている二人には、仲良しな二人というワードに、耐えきれなかった。
「ぶぼおお! アレとアントンが仲良いとか、記録に残してはいけない! ぶほぉ……げほごほ」
高級酒をノーブルに誤嚥し、咽せるヴィルヘルムと、
「悪いわけでもないがな! 鼻、いてええ!」
ノーブル誤嚥は避けたが、エクセレントに高級酒を逆流せて、鼻から垂らしているアウグスト。
しっかりと撫でつけた髪、きっちりと手入れされた眉、純白の手袋、色褪せのない黒いフロックコート。磨き上げられたエナメル靴、腰を掛けている一人掛けのソファーは、革製の年代物の――で、この有様。
給仕を任されたサーシャは、本来はしてはいけないのだが、彼ら相手の場合だけは許されているので、手で口を覆い隠して、肩を震わせて笑っていた。
本来であれば、惨状を回復すべく動かなくてはならないのだが――
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正体は知っているが、得体のしれない者たちを召喚したリリエンタールは、いつもとは違い、彼女たちに一度だけだが会った。
呼び出しておきながら、会わないのか?
リリエンタールは基本会わない。実際呼んでおきながら、今回も、邸に招くことはなく――シャルルがいるので、立ち入らせないのは当然なのだが、リリエンタールはいつもそうだった。
だが、今回は別の持ち城に四名を呼び、彼女たちが深くカーテシーをし待機している、謁見の前へと赴き、玉座に腰を降ろして、足を組み――手にしている杖で床を軽く打ち、頭を上げることを無言で許す。
四名はゆっくりと顔をあげ、側に控えているアイヒベルク伯爵が、かなり迂遠な表現で「ロスカネフ王宮の女官を排除せよ」と告げ――双頭の鷲の杖で再び床を叩く。
四名の貴女たちは頭を下げ、リリエンタールは一言も発することなく去った。
普通の人間からすると「その態度はどうなのだろう」だが、リリエンタールの身分では、これが当たり前。
それどころか、下手に声を掛けたり、労ったりしないところが、
「以前と変わらず、高貴さを一切失っていないって、みんな喜んでたよ」
「あれたちを喜ばせるつもりはないのだが」
血筋マウント姉他、全員が「それでこそ、大陸皇統宗主」と――彼女たちを見張っている、王家の影からの報告を、テサジーク侯爵は届けた。
リリエンタールは誰にも阿らないし、プライドを傷つけられたら、攻め滅ぼす――まさに王族の鏡のような男。
「だろうね。それでさ、陛下主催のレセプションから始まって、晩餐会とお茶会と、あとはファッション・芸術についての討論会。この位で、力尽きると思うんだ」
「そうであろうな」
ユスティーナはまだ王妃ではないので、今回は参加せず、ユスティーナをいびっている高位貴族の女官に、もてなしてもらう……という、全く無理のない流れ。
いきなりやって来たことに、かなり無理があるのだが――
リリエンタールは、呼び出した一騎当千の古強者たちに自由を与え、その監視をテサジーク侯爵に任せ、イヴと共にイヴの実家へ顔を出し、カリナに勉強を教えたり(後で、シャルルに詰め寄られた)
「リヒャルト義兄様、ほんと頭いい。尊敬しちゃう」
「そうか。褒められると嬉しいものだな」
ロスカネフ王国にあるリリエンタールの車両基地に、蒸気機関車君たちを招待し、
「毒ガス攻撃食らって、倒れる人たちにしか見えない!」
その神々しさから、次々と五体投地してゆく彼ら(デニス含む)を見たイヴが「ああああ……」と声を上げ――イヴを眺めて、幸せな日々を過ごしていた。
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テサジーク侯爵は言った。
「あの仕草は覚えておいたほうがいい。こんな機会はないから、じっくりと側で見て覚えておいで。わたし? ああ、わたしはもう、年だから。頑張ってね」
息子たちは、テサジーク侯爵が逃げたとは思わなかった。
あの父親は、全て再現できるのだろうと。そして言われた通り、覚えたほうが、貴婦人らしさを寄り一層、醸し出せるのは分かっていたが――まあ、辛い。
「あいつら、何時までも持つとおもう?」
「一週間は無理だろうな」
「そうだよなあ」
身につけるために、側で見ているのは、なかなか辛かった。
ユスティーナを虐めた者たちが、やり返されるのを見るのが辛いのではなく――単純に、キツイのだ。今日が初日であるにも関わらず。
とくにこの三人は、普通の男性とは違い、イビリを察する能力が女性並みにあるので、ダメージも大きい。
たとえ自分たちに向けられたものではなくとも。
「さっさとお帰りいただきたい」
イェルハルド、ホーコン、ヤンネは思った。二度とリリエンタールに頼むことがないよう、ユスティーナの身辺には、もっと注意を払わなければと。
「それにしても、凄いよな。言葉通じないのに、いびれるんだもん」
リリエンタールが召喚した彼女たちは、弱小国独自言語であるロスカネフ語は分からない。
上流階級の共通語として、ノーセロート語があり、皆使いこなせているが、ロスカネフ王国の女官たちは得意ではないので、言葉が通じない状態なのだが、
「親父が言ってたが、ルース語が分からないまま嫁いだアレクサンドラさまも、かの国で、随分とやられたそうだぞ。もちろん言葉が分からなくても、自分がいびられ、見下されていることは分かっていたそうだ。言葉がなくとも、分かるようにやる」
歴戦の強者たちにとっては、問題にならなかった――日常語が異なる嫁、婿を取ることが日常茶飯事な彼女たちにとって、言葉が通じないから、イビることができないなど、戯言でしかない。
「言葉、通じなくてもいけるのか」
「言葉は共通じゃないが、イビリは共通らしい」
「こぇえ……」
二人のやり取りを眺めながらホーコンは思った、そんな万国共通は要らないと――
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――勢い余って、アバローブ大陸まで突っ込んでるかもしれねえなあ
新製品防寒具着用で、山頂から下っているキースは足をとめ、オデッサ方面に視線を向けた。
休暇のキースが乗った蒸気機関車だが、途中まではアーリンゲも一緒だった。
アーリンゲとは途中で別れ、彼はリリエンタールが所有している領地へと向かい、ちょっと調子に乗って、リリエンタールの領海に流れてきた異教徒軍をぶちのめしに――
ロスカネフ王国に、彼女たちがやってくるので、逃げたい一心で「どこかに、派兵していただければ」と申し出て、無事、派兵してもらった。
「出兵したいです」でできるものではないが、そこら辺は、リリエンタールが融通を利かせた。
――病はいいのか。おまえ、それで引退を……国で貴人たちに会うほうが悪化するか……それにしても…………
「暑い。いい防寒着なんだろうが」
防寒着の胸元を開き、顎に伝う汗を手の甲で拭う。
極北生まれのキースにとって、遙か南の地にある夏山を登る時には、少しばかり不適な装備だった。
山を無事に降りると、登山道入り口に待機していた、アウグストの部下が電報を差し出した。
内容は、
”ミッカデオワッタ”
キースは少しだけ首を傾げてから、アウグストの部下に視線を向ける。
【縊死、狂死、飛び降り、と聞いております】
――自害手段はどうでもいいんだが。詳細、聞きたくねぇなあ……聞かなければ、聞かないで済むのだろうが
キースは頷き、帰国の準備に取りかかり――駅ちかくで、ヤギを見かけたので、天然成分100%の電報紙を食わせ、帰途についた。
こうしてロスカネフ王国の王宮は平穏を取り戻し、
[ひぃぃぃ……もう、王妃が、帰ってきたのか!]
『もっと向こうにいていいのに! 課題出来てません、許して!』
【母上、生きて帰ってき……ああ、言い間違いです! 死ねばいいなんて思って……助けて叔父様】
古強者たちは、各々の支配地へと帰っていった。
ヘルガはこの一件で、階級こそあがらなかったが、王宮での権限が増え、王妃となったユスティーナをよく支え、着実に実績を積んでいった。
【終……?】




