三日で終わった・前
ヘルガ・ヴァン・モントは、ロスカネフ王国の財務大臣モント伯爵の娘である。
モント伯爵家は時代の変遷による没落を免れた、優秀な一家であった。
モント伯爵は子どもたちに対して、教育を授け――娘であろうとも、結婚と進学のどちらかを選ばせ、選んだ道に進むべく資金援助を惜しまなかった。
そんなモント伯爵家の二女ヘルガは、恵まれた体格――令嬢としては大柄だが――と、優秀な頭脳を持って、士官学校に入学し、軍人としての人生を歩む。
軍人の道を選んだ時から、結婚は諦めていたのだが、士官学校の二学年後輩イヴ・クローヴィスが、リリエンタールと結婚後、職務を続けることが決まり、国家の慣習が打ち砕かれ驚いた。
後輩と大統領の結婚に関してだが、
「イヴ、綺麗だからね」
そこに関してはヘルガは、驚きはしなかった。
ヘルガは優秀な士官なので、上層部から第二陣の結婚の打診を受けるも、
「バカなの! バカなの! バカなのね! はー、バカね」
引き合わされた同期のピンクこと、ブルクハルト・ハインミュラーと向かい合い、話をした結果、イヴに手遅れな恋心を懐いたことを知り、一頻り罵ってから、上官に報告して、結婚話は流れる。
ちなみに上官ことヴェルナーは、
「お前なら、他の女に惚れている男でも、受け入れられると思ったんだが」
ハインミュラーの恋心に気付いていた。
「はい、小官は貴族の生まれでありますので、閣下が仰る通り、そういった男と婚姻を結ぶことに関し、庶民の女性よりも許容できる範囲は広いのですが……限度というものがあります。正直申しまして、あんな情けないのは御免です」
「そうか」
そんなヘルガは、現在王宮内の王族の私的スペースの警備責任者の任についている。実力は勿論、伯爵令嬢という出自と貴族令嬢として施された教育、王妃となるユスティーナとの良好な関係からの抜擢。
これ以上ない配置だった。
そんな優秀なヘルガは、
――これは、早急に手を打たないと
王宮にて速やかに排除しなくてはならない相手をリストアップし、父親を通し、大統領のリリエンタールとユスティーナの夫である国王ガイドリクス、そして、
――ああ、格好良い。素敵……
総司令官で副大統領のキースたちを集め、事情を説明した――ちなみに父親も、一応同席している。
「虐め、な」
ヘルガが彼らに報告したのは、ユスティーナに対する虐め。
ユスティーナの出自は子爵家。
王宮に勤めている女官たちは、子爵や男爵家の者もいるが、王妃付きとなれば、伯爵以上が多い。
ユスティーナは侯爵家の養女になったが、出自の低さは知られているので、
「面白くないのだと思います。他に考えられるのは、ガイドリクス陛下の後釜狙い」
恰好の餌食になっていた。
「ユスティーナ本人からは、聞いていないのだが」
「口で説明するのが、難しい類いのものでして。女性特有の虐めで、男性には理解してもらえないことが多いので」
子爵令嬢を希望して、妻に迎えることができたガイドリクスは、かなり注意を払っているのだが――
「簡単なことだ、ガイドリクス。お前の妃は、いまだ、誰かにそういった助けを求めるのが苦手なのだ」
「…………」
ユスティーナの過去を鑑みれば、それは明らかだった。
「モント中尉の言う通り、女には女にしか分からない、精神を苛む攻撃を仕掛けることができる。追々、お前の妃にも、対応できるようになってもらいたいが、今はまだその時期ではない……とモント中尉は判断し、我々に敵を排除して欲しいと申し出た、ということで良いのだな」
「は、い」
ヘルガが言おうとしたことの、全てをリリエンタールは言い当てた。
「ふむ。分かった。それで、ガイドリクス、どう排除したい?」
「どう? とは」
「わたしならば、全員首を落として簡単に終わらせるが。ギロチンならば、すぐに貸せるぞ。シャルル十三世と妃の首を落とした、由緒正しいギロチンだ。光栄であろう?」
リリエンタールの淡々とした口調に、ヘルガの父である伯爵は、ハンカチで冷や汗を拭う。
「専制君主時代でも、簡単にはできないな」
「そうか?」
現在進行形で絶対専制君主のように振る舞っているリリエンタールは――やはり表情も口調も変えず。
「口頭で注意しても、無駄なのですね?」
王宮内の貴族が関わっていることなので、そちらに関しては門外漢なキースが尋ねる――キースがこの場にいるのは、他の人に気取られたくないヘルガが父親に頼み「キースに呼ばれた大臣に、娘がついてきた」という形を取ったため。
「まあな。なにより、わたしたち男は、敏感に察することができないので、行っている女官の夫からの注意は不可能だ」
「元部下で、王妃となる女性なので、助けてやりたいのですが、王宮内部の出来事となると、全く案が浮かびません」
話を聞いて、どうにかしてやりたいとは思うが――貴族女性の虐めの阻止方法など、キースには思い浮かばない。
「お前が王宮にいれば、お前にまとわりついて、妃をわざわざ虐めたりはしないであろう」
「一日二日、心を休ませるため……というのであれば、わたしも我慢いたしましょう。ですが根本的な解決をしないことには」
「まあな。それで、ガイドリクス。そのリストにある者たちを、生死問わず排除する……でよいか?」
「できるのか?」
「出来なければ、言わぬが」
「愚問だったな」
「イヴが妃に会いにいった時、同じような目に遭わされたら、わたしは一切の自重をせず、武力を持って排除する。イヴに直接なにもしていない、アブスブルゴル帝国の現状を見れば、どうなるかは分かるな」
怒気を一切含まず――だが現状のアブスブルゴル帝国の惨状は、ロスカネフ王国にも届いていた。
アブスブルゴル帝国は、リリエンタールに攻められている最中、これを好機とみた異教徒の帝国に攻め込まれ、国の半分以上を失っている。
異教徒が攻めてきたのを確認したリリエンタールは、即座に軍を撤収させ――他の隣接国の援助要請に応えることもなく、戦況を眺めている状態。
あまりにもタイミングが良いので、当初は異教徒の帝国をリリエンタールが引き込んだのではないか? と噂されたが、異教徒の軍は連戦連勝しないので――当たり前のことなのだが、リリエンタールが背後にいれば、連戦連勝するだろうということで、現在は彼らが、まるでリリエンタールに操られるかのように攻めてきた……ということで、落ち着いている。
もっとも、このタイミングで攻めてくるよう、何かをしたのでは? と思っている首脳陣は大勢――ほぼ全員「おそらく」と思っているが、いつもの事だが証拠が全くない上に、どの国の諜報部もなにも掴めていないので、口を噤むしかない状況。
「…………早急な排除を願う」
ヘルガの父親は、再び吹き出した冷や汗をハンカチで拭い――この後、ヘルガは百貨店にハンカチを買いに走り、この会合を開いてくれた父を労った。
「良かろう。では作戦の第一段階だ。キース、休暇を取れ」
「ん?」
「出自が低い貴族を虐めることを喜びとする女を排除するには、同じような女をぶつけるのが最良。それらより地位の高い、王侯の妻女をな。非公式でも、それらを呼べば、いまのお前の地位であれば、挨拶せねばならぬ。嫌だろう?」
虐めるのであれば、同じ技能を持った人間を召喚すればよい――幸いというべきか、リリエンタールは「女性特有の虐め」を得意とする高貴な縁戚が大勢いる。
「お心遣いありがとうございます。謹んで休暇を取らせていただきます」
ヘルガが作ったリストに書かれている女性たち以上の王侯――リリエンタールの親戚クラスが来たら、ガイドリクスも晩餐会を開くであろうし、そうなった場合、キースは軍の最高司令官として出席しなくてはならない。
過去にリリエンタールに迫る姫たちを「体を張って止めた」と、間違った評価を受けるはめになったキースは、反抗せずに夏期休暇を取ることにした。
「良かったら、わたしが防寒着を提供するので、モンブランにでも登ってきたらどうだ?」
「……?」
「登山用品を作ったので、試着させているのだが、アレクに渡しても”着方が分からないので、着なかった”で、アレクと一緒にいる冒険家のグルムバッハに試着させ、レポートを書かせたのだが、内容は蒸気機関車のことしか書かれていなかった。蒸気機関車のレポートとしては、優秀だったがな」
――グルムバッハって、きっと、イヴが言っている「弟が増えた!」の一人なんだろうなあ
いまでは何階級も上になったが、親交があり、気軽に飲みの席にやってくるイヴが語っていたことを思い出し――なんで、大統領、彼にそんなレポートを……と。
「その人選は、どう考えてもそうなるでしょう……よ」
キースも部下のヘルガと同じ思いだった。果てなく暑苦しい蒸気機関車好きたちに、鉄道の貴公子直々に、レポートを書けと言われたら――
「もっともお前がレポートしてくれても、モンブランの山頂より、ロスカネフの冬場の平地のほうが、厳しい気候だから……となりそうだが。なにせルースも攻め倦ねたほどの極寒だからな」
「夏山ですので、そうなるかも知れませんな」
こうしてキースは、新製品の試着と性能確認を兼ねて、リリエンタールの財力で他国へと旅立った――
**********
「嫌らしい低俗な虐め」を行っている上流貴族夫人を取り除くべく、
「アウグスト、これらを呼べ」
リリエンタールは、イビリのスペシャリストたちを呼ぶよう指示を出した。
用途と人員を聞かされたアウグストは、
「さすがアントン。用兵の基本! 大軍を持って敵を討つ!」
笑いながら、彼女たちを呼びつけた。
キースが旅立った半日後、アウグストの息子と、
「うちの息子のために、女を集めてくれるとは!」
ヴィルヘルムの息子の結婚相手を捜すという名目で、ロスカネフ王国に貴女たちが集められた。
ヘルガは事情を知っている……ということで呼ばれた。
他にも暇の代表格の部署、史料編纂室からベックマン少尉とロヴネル准尉が、ヘルガの臨時部下として送られてきて、アウグストから説明を聞くことに。
「まずはわたくしめの、身内から説明させていただきまする!」
「大公陛下のお身内ですか」
「はい。嫁婿構わずイビリにイビリまくった、わたくしの母に瓜二つ! 母の教えよろしく、婿も嫁もいびりまくった、わたくしの姉! イビットルッテ……ではなくシャルロッテ!」
「…………」
「二人目は、大国ブリタニアスからの刺客! さすがにババア……ではなく、女王は大物過ぎて、わたくしの姉含む他のイビリの達人たちが、本領を発揮できないので、敢えて格を落とし、現ハクスリー公爵の大叔母にして、公爵家のご意見番! イビルザベスことエリザベス!」
ヘルガはぴんとこなかったが、ベックマンとロヴネルは、普通に頭を抱えた――エリザベスはヒューバートの大叔母にして、ガス坊ちゃんの大叔母の盟友であり、ババア陛下の親友という、リリエンタールでもなければ動かせない、年季が入った超大物。
「三人目は、圧倒的な血筋を誇る、アントンの姉アントーニア! 血筋でマウントを取ることにかけては、他者の追随を許さない。四代遡って、血筋に皇帝がいない者は、人に非ずと姉夫であるアディフィン王に公言して見下す、血筋マウントの雄! マウントーニアと改名しても、誰も違和感をもたないくらいに、マウントをとる女! マウントーニア!!」
アントン、即ちリリエンタールの姉――大陸に存在する最古の王家の血を引くだけではなく、その当主にもっとも近い血筋。
もっともこのマウントは上流階級では、普通に受け入れられている――それほど伝統があり、一目置かれる血筋。
「そして最後は、真打ちこと、ヴィルヘルムの妻イザベラ! 姉の婚約者だったヴィルヘルムを、ヴィルヘルムの母親と結託して奪った、ヴィルヘルムの妻に相応しい女! 姉から婚約者を奪っただけではなく、姉を実家からも追い出し修道院送りにしたが、さーらーに、その修道院にまで乗り込み虐めに虐める! それがイビリベラ!」
妻帯者であるヴィルヘルムが、イヴとリリエンタールの結婚式に、単独でやってきたのは、イヴの結婚式に参列するユスティーナが、同じような目に遭っていたので、気分を害してはいけないということで、単独で参列した――イヴやユスティーナは、世代が下っていたので、詳しい話は知らなかったが、ガイドリクスは知っていたため、その配慮に感謝した。そのくらい上流階級では有名な略奪婚だった。
「以上四名。たった四名。選りすぐりの四名。されど四名。この四名と取り巻きたちが、不埒な女官どもをイビリ返すのであります! あ、ついでにモント中尉に説明しておきますと、わたくしの妻イザベラは、小姑と姑の死ぬほど酷いイビリをものともしない、神経が図太い女だったため、全く空気を読まないのであります。ですので、間違いなくアントンの大天使に、文句を付けて、我が一族が血祭られてしまうのは確実! ということで、修道院にぶち込んだ次第でありまする」
アウグストは高貴な血筋で、年齢が近く、健康で、尚且つ、実母と小姑たち(姉、妹、叔母、伯母、従姉妹)のイビリに耐えられる女性という、かなり難しい基準をクリアしたイザベラと結婚した。
それ以外(容姿など)は一切求めなかったが、それは難しい嫁取りだった――
その選び抜いた嫁は、イビリ耐性の強さが、無神経と繋がっているので、失言もおおく――もともと性格を知って結婚したので、アウグストも気にしなかったが、イヴ相手に血筋マウント(マウントーニアには劣るが)などしたら「初手:王手」確定なので……危険回避のために、修道院に押し込んだ。
アウグストとしては族滅はいいのだが、自分が死ぬのは嫌だったので――
「教えてくださり、ありがとうございます」
「いえいえ。何時でも聞いてください! お答えさせていただきまする!」
なにを? と、ロヴネル准尉ことリドホルム男爵は思ったが、聞かなかった――いや、聞きたくはなかった。




