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「閣下が退却を命じぬ限り」登場人物分類・Twitterまとめ  作者: 剣崎月
小話

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リリエンタール楽団の憂鬱・3(完)

 クライン・ジークムント鉄道とは子供のお遊び用の鉄道。

 詳しいことは書くと長くなるので割愛するが、環状線路を閣下が敷いた――用地買収とかそういうことは全てぶん投げる方向で――


 本日のテープカットを含む式典は「パウルが初めて蒸気機関車に乗るのだから、開通式(テープカット)をしたほうがいいのでは(蒸気機関車軍の証言)」という、全く以て意味不明な提案から。

 ただパウルが将来どのような道に進むかは不明だが、


「汽笛よし!」

「ちぇややややや!」


 その身分から、鉄道の開通式には呼ばれるであろうし、その場合はテープカットをするのは確実なので、慣れるために遊びでも経験しておくのも悪くはないだろうということで、知り合いに招待状を出し――多くの人が集まった。


【敷地内障害物なし!】

【ちぇぃややややぃやや!】


 知り合いはほとんどがイヴの親族、知り合い、あと上官がちらほら。


「指差し確認じゃなくて、ネギ差し確認か。アウグストからネギ振り回しているって聞いたときは、嘘だとおもったんだが、本当だったのか」

「あれの嘘を見抜くのは、まあ至難の業だからな」


 リトミシュル辺境伯は息子連れでやってきた。

 招待状はないのだが、辺境伯本人が招待状のようなものなので通された。

 ちなみにリトミシュル辺境伯はツイード生地のハンティング・スタイル。リトミシュル辺境伯曰く「息子と鹿狩りをしていたら、迷った」とのこと――


「どんだけ豪快に迷うんだよ」 


 隣国ではない大国の大統領のお忍びという迷惑行為に、キースの表情は険しい。

 たとえお忍びであろうとも、ロスカネフ王国内で大統領になにかあった場合、責任問題となる……くらいならいいのだが、


「大丈夫ですぞ! 副大統領(アーダルベルト)。死んだら原野に捨てておきますので」

「止めろ、秘書官閣下(フォルクヴァルツ)


 責任すら取れなくなる可能性すらある――死体はさっさと見つかったほうが、外交的には楽なのだ。もちろん死なないに越したことはないし、簡単に死なない男なのは分かっているが、とにかく地位と影響力が面倒な男。


「あの息子は、ヴィルヘルムの本物(・・)の長男ですぞ」

「…………そうか」


 本物の長男ってなんだ……と言いそうになったキースだが、自国の影武者のことを思い出し納得した。

 本物の息子だが、父親と同じくツイード生地のハンティング・スタイルだが、肝心の銃は持っていない。


「銃を持っていたら、敷地内に入れてもらえませんからな!」

「……(そこまで分かっていて、なぜハンティング・スタイルで来た? 他の恰好なら銃を持っていなくてもおかしくはないが、なぜ?)」


――それはリトミシュル辺境伯が愉快犯だから――


[計器よし!]

[ちぇややや(計器よし)!]


 各国の蒸気機関車君たちとともに、走行前の復唱確認をしているパウルの元にリリエンタールが近づき、


「なかなか、様になっているではないか、パウル」

「ちぇやややややや!(でにしゅたちが教えてくれたのです)」

「他の国の言語も操れるようだな」

「ちぇやややぃややー!(覚えました)」


 側にいたリトミシュル辺境伯も、さすがに「え?」となったが、


「車掌用語ならば、六カ国語を操れているようだな」


 リリエンタールは全く気にせず――もともと気にするような男ではない。


「ちぇやややや! ちぇや! ちぇや! ちゃちゃちゃーーー!(さすがお父さま! 分かってくださるんですね!)」

「【敷地内障害物なし】の発音が少し違っていたが……歯が生えそろわないと出来ぬ発音ゆえ、気にすることはない」

【ちぇぃや!(Ja(やー))】

「なかなか良いアディフィン語の発音だ」


 零歳児が鉄道用語限定とはいえ六カ国語を話せていることに驚けばいいのか、それを聞き分けている四十年以上天才として名を馳せてきた皇帝に驚けばいいのか――


「あいつとあいつの息子だからな」


 キースはざっくりと納得した。

 天才についてぐだぐだ考えるのは時間の無駄。それが天才という存在。


 そんなやり取りから少し離れたところに展開している楽団――彼らは、数少ない機会を無駄にせぬよう、気合いを入れて式典に臨む。


「ちぇやややや!」


 音楽に少しでも興味を……と思う楽団員の気持ちなど知らないパウルは、兄のサーシャと共に、ジークムント鉄道の駅員の制服を着て、来賓の皆さんに自慢げに披露。

 もちろんパウルサイズの制服はないので、これもイヴお手製。

 ただ革製のバッグは作れなかったので、職人に依頼し、パウルはちょっと大きめではあるが、車掌バッグを斜めがけし、


「ちぇやーーー!」


 この上なく力強く立っている。

 もちろん長ネギを片手に持って――だが、


「パウル、はさみに持ちかえるよ」


 テープカットを行うためはさみが手渡された。

 幼児に持たせるのには危険が伴うが、デニスがパウルを抱き上げ、はさみを持った手をしっかりと固定しているので――親戚が多く労を厭わないデニスは、子供の扱いに長けているので、こういうのは大得意だった。


「ちぇややややや!(鋭利な刃物!)」


 パウルはデニスに抱えられ、足をばたばたさせながら息子たちのみ――リトミシュル辺境伯とフォルクヴァルツ選帝侯の息子が一名ずつと、


「ちぇややややや!(にいしゃまと、てーぷかっとぉぉ!)」


 実はまだリトミシュル辺境伯の息子としても籍があるサーシャとパウルの四人が、皆の見守るなかテープカットに臨み、


「ちぇぃややややや!」


 大きな拍手を貰い、無事終了――

 その時、素晴らしい音楽が流れていたのだが、リボンを切った達成感と、最前列でその姿を見守っていた、両親や祖父母たちの笑顔での拍手のほうに意識が向き――パウルの耳に音楽は届いていなかった。


 テープカット終了後、半数が蒸気機関車に乗り込む。

 車掌の恰好をしているパウルはもちろん乗り込み――移動用動力(二足歩行不可)は主にデニスとサーシャ。

 汽笛を鳴らし走り出した車両で、車掌としての仕事を開始。

 乗車した客は招待状に入っていた乗車券をパウルに差し出す――やるときめたら、とことんやるのが蒸気機関車軍及び、彼らの総司令陛下(リリエンタール)。乗車券に一切の手抜きはない。


「乗車券を確認させていただきます」

「ちぇやややや! ちぇやややや!」


 パウルはそれに検札鋏を入れる。もちろんパウルは一人で検札鋏を握ることができないので、デニスやサーシャが九割五分補助をして。


「ちぇいや!」

「ちゃんと穴があいたね」

「ちぇやややや!(よい旅を!)」


 乗車券に穴を開けるのがどれほど楽しいのかは、個人の感性なので不明だが、デニスの甥であるパウルは誰から見ても全力で楽しんでいるのが……分かりづらい。


「乗車券、もらえるか?」


 見た目はともかく、声と勢いだけは元気そのもの――招待状をもらっていないリトミシュル辺境伯がそう言うと、サーシャがパウルの鞄から乗車券を取りだし、検札鋏を入れて差し出す。

 それを受け取ったリトミシュル辺境伯の問いに、


「料金の支払いは、あとでいいか?」

「ちぇやややや!(無賃乗車は粛清だぞ!)」


 パウルは穢れない瞳で粛清を告げ、


「うん、アントンの息子だ。何を言ってるのか分からんが、アントンの息子だな」


 リトミシュル辺境伯は、嬉しげに納得した。

 それからもパウルは検札業務を続け――


「ちぇやややややや!(おじしゃん、パウルは検札するために生まれてきたのかも知れません!)」

「何を言っているのか分からんが、多分違うとおもうぞ、パウル」


 律儀に乗車してくれた上に、穴を開けやすいように乗車券を両手で広げてくれていたキースは、生来の勘の良さで「違うぞ」と。


「良いことおもいついた! って顔してやがったな」


 サーシャに抱きかかえられ「ちぇやや!」と叫びながら遠ざかるパウルを眺めながら、招待された上官の一人ヴェルナーが頬杖をついて呟く。


「そうだな。あれは、なんかクローヴィスに似ている」

「ああ、そうだな」


 窓の外の景色に目をやったヴェルナーは、馬に乗り環状を直線で突っ走ってきている元教え子に気付く。


「完全に、さっきの息子と同じ表情してやがる」

「似てねえが、そっくりだな、フェル」


 ワンピースで馬に跨がる姿。裾が風にたなびき、天馬の翼のようにすら見えた――あとでイヴは上官二名に「ワンピースなら横乗りにしろ」とかなり叱られた。それに対してイヴは「ハーフパンツはいてるから大丈夫であります!」とたくし上げ――それはもう、容赦なく叱られた。


「パウルちゃん、寝ちゃったね」


 車掌業務をこの上なく楽しんでいたパウルだが、乗客の半分を検札したところで力尽き、


「そうだね」


 祖父のポールの膝の上で眠りにつき、カリナがその頬をつつく。


「祖父に抱かれて幸せに眠っている筈なのに、どうしてあの顔なんだ」

「地獄の底を覗いているかのような寝顔」

「アントンの寝顔も似たようなもんだからなあ」


 微笑ましいシーンなのだが、パウルの寝顔は三百匹の獏でも食べられないような悪夢に包まれているかのよう――実際はみんなの優しい笑い声に包まれている、幸せな夢を見ているのだが……。


 その後、パウルを抱っこして降りてきたカリナからイヴが受け取り、


「穏やかな楽曲でお願いします」

「畏まりました、奥さま」


 楽団に子守唄になりそうな音楽を奏でてもらいながら――目を覚ましたパウルは、蒸気機関車軍と共に、再度乗り込み検札を開始し、再び途中で力尽き、閣下に抱かれて下車することになる。


 パウルに必死に食らいついていく楽団。だがあまり気に入ってもらえない、その理由だが、楽団員の恰好にあった。

 前世の記憶があるイヴからすると眩しいばかりの正装だが、この時代の王侯貴族の子であるパウルから見ると、ホワイトタイの燕尾服など「夕食服」でしかなく、全くといっていいほど、目をひかなかったのだ。

 軍人の礼服のような格好良さ、聖職者の祭服のような煌びやかさもなく、車掌服のような特別なお仕事感があるわけでもない。

 パウルの目をひかない「地味な(燕尾服)恰好をした集団」――彼らがパウルに気に入られる……前に気にしてもらえる日はくるのかどうか?


 頑張れリリエンタール楽団。


(終)



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