リリエンタール楽団の憂鬱・1
リリエンタールは四つの楽団を持っている――リリエンタールが催し物をする際に奏でる本楽団、その他三つは植民地においている。
もっとも地位の高い楽団は、もちろんリリエンタールの元で音楽を奏でる本楽団で、毎年競技会があり団員の入れ替えが行われる。
世界一の呼び声の高いリリエンタール楽団だが、立場は不安定。
何せ貴族の私設楽団ゆえ、当主の「解散」の一言で終わる――当主が音楽好きで楽団を作ったが、跡取りは楽団を必要としていなかったので、跡を継ぐなり楽団解散などこの業界では日常茶飯事。
リリエンタールは三十五歳を過ぎても独身だったこともあり未来は不安定だったのだが、
「ちぇやややや!」
四十歳を迎えて美しい妻を娶り、少々時間は掛かったが(この時代、妊娠まで一年以上かかると、時間が掛かったとされる)長男パウル・アーダルベルトにも恵まれた――楽団の未来はリリエンタールに瓜二つのパウルの気持ち一つ。
要するに不安定さは、なにも変わっていない。
楽団としては音楽好きに育ってくれれば未来は明るい! ……のだが、平等という名の無関心リリエンタールの息子。
現在の楽団も執事のベルナルド――この場合は廃太子シャルルが「王侯としての義務」ということで楽団をつくり、音楽で食べていくことができるようにしてくれたのだが、次代にシャルルのように物申せる人物がいるとも限らない。
またシャルルは「義務」として楽団を作っただけで、
「ほら、パウル。素敵な絵でしょ。睡蓮っていうタイトルなんですよ」
「ちぇやややや!(睡蓮はもらった!)」
本人の芸術の趣味は絵画。
気に入った画家にアトリエを持たせ、芸術的絵画が戦争で失われないよう保護活動にも熱心で、私設美術館も持っている。
「欲しかったら、あげますよ。美術館ごと」
「ちぇややややや!!(考えておく!)」
シャルルの案内で絵画を見ているパウルは楽しげ――絵画に対し造詣を深めている。
「元気にしておられるようですな! パウル」
「おや、アウグスト。暇なんですか?」
「ちぇややや!(暇なのか!)」
「わたしが真面目に仕事をすると、怪しまれるのでな!」
「真面目にしなくても怪しいですけれどね」
「おお、パウル。どうしてお前は、そうもパウルなんだ」
「ちぇややややや!(パウルだから)」
いきなりやってきて、シャルルが抱っこしていたパウルを受け取り、頬に親愛のキスをする。
「明日画商が来るから、どうだ?」
「どうだ? じゃなくて、わたしに鑑定しろっていってるんでしょう」
「わたしは彫刻は好きだが、絵画はな!」
「つえちゃややや!(パウル彫刻も好き!)」
リリエンタール家の芸術を担うシャルルは、絵画の他にオペラも好むが、楽団そのものには興味はない――協力を得るのは難しい。
また芸術に造詣が深いアウグストも、彫刻は好きだが、音楽に特に興味はないので積極的に触れさせることはない。
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楽団の存続には音楽に興味を持ってもらう――その為には音楽を身近で……となるのだが、次代の世界皇帝伯爵パウルは音楽に触れる機会があまりない。
パウルの周囲に居る人たちは、イヴの教育方針の下、さまざまなことに触れさせるのだが――残念ながら音楽はさほど優先順位が高くなかった。
「パウル、楽しい?」
「ちぇやややややや!!!!(お母さま! 楽しいです!)」
馬術の達人であるイヴにスリングでがっちり前向き抱っこされ、軽い障害の飛び越えを楽しむ――
乗馬ができない男は貴族じゃない……という重要なスキル。
音楽と馬、一つしか選べない状況で息子に与えるとしたらどちら? と貴族百人に尋ねたら、百人が「馬」と答えるくらいに重要。
将来見事に馬を乗りこなせるようにならなければ、王侯として恰好がつかない。
乗馬タイムは家族みんなお揃いの乗馬服を着ている――もちろんサーシャもお揃い。
二人も騎馬でゆったりとついてゆく。
「イヴ、パウル」
騎乗から手を振る閣下。
「閣下、もう少し手を上げないと振っているのが見えません」
ただし相変わらず王侯の振りなため、見えづらい。
「ああ、そうだったな。このくらい上げればいいのか……挙手に似ているな」
「そうですね……閣下、一つつかぬ事をお聞きいたしますが」
「なんだ? サーシャ」
「閣下は学生時代、挙手なされたことはあったのでしょうか?」
「ない」
「然様でしたか……いや、そうだったとうかがったことはあったのですが。なにせリトミシュル閣下でしたので」
「あれが言ったのであれば、信用できぬな。おお、手を振り返してくれた……パウルは手の代わりに頭を振っているのだろうか?」
「がっちりホールドされておりますからね。閣下、もう一度振られたほうがよろしいかと」
「分かった」
この何よりも大事な乗馬の時間に、楽団が入り込む隙間はなかった。
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この乗馬と同じくらい大事なのが軍事。
「パウル将軍」
「ちぇやややや!」
王さまは基本なにをしていてもいいが、いざという時は軍隊を率いて勝ってもらわなくてはならない。
いまは亡きアブスブルゴル帝国にあった楽団は、戦争で国が壊滅的被害を受けたさい、散り散りになりかけた。
必死に「皇帝一家とは関係ありません!」と訴え、なんとかノーセロート帝国に保護された……当初助けを求めたのは、国家としては繋がりが深い神聖帝国だったのだが、神聖帝国皇帝が「弟当主の怒りを買う行為だ」として、断固拒否し――ということをリリエンタール楽団の面々は知っている。
要するに何を言いたいかというと、楽団が存在するためには、戦争上手で勝ってくれる人でなくてはいけないという現実的な問題。
さらに、軍事にあまり傾倒しない人――難しい人物ともいえる。
「パウル将軍、初めての実弾ですぞ。将軍のご命令で、我ら一斉に大砲を撃ちますので」
新南大陸の総督を「年なので」と辞したペガノフ――ペガノフの引退を許可し、独立してもいいのだぞ? とリリエンタールが持ちかけるも、独立のうま味がなにひとつなかったため、現地で「総督統治続行デモ」が起こり、アイヒベルク侯爵が送られた。
そして引退したペガノフは、呼んでもいないのにリリエンタールの元に馳せ参じ、一家に仕え、未来の皇帝の軍事面での教育係を務めたいと――教育を全く受けておらず、教えることができないことを自覚しているクレマンティーヌは「しよう」とは思わなかったが、教養がありペガノフの次に年嵩のロックハートも総督を辞めてやってくる日はそう遠くはない……のでは? と目されている。
新北大陸も独立したければ好きにしろ……と思っているリリエンタールだが、どう考えてもリリエンタールの支配下にあったほうが良い生活ができるので――新大陸にある領土全てをアイヒベルクが総督として統治する日も遠くはないのかも知れない。
「一門一発だけだからな」
総督を辞したペガノフの頼みを聞き入れ、リリエンタールは息子の軍事教官の一人として採用した。
”老いぼれですが、盾役ぐらいは務まりますぞ”などと言っているが、ペガノフは総督を辞任してロスカネフにやってくる途中、軍隊崩れの大海賊軍と海戦して勝っている――完全に現役。
「一発だけか」
「当たり前だ」
本日ペガノフは、パウルに初めて実弾砲撃の指揮を執っていただく――軍務大臣で総司令官のキースが「誰が許可なんか出すか!」と争いになり……物理的交渉の後、ロスカネフ王国軍演習場で、キース立ち会いの下、三十門並べ各一発だけならば許すということになった。
もちろん使用料や砲弾代は父親持ち――一国相手に戦争できる男にしてみれば、紙巻き煙草一本買うのと大差はない程度の費用。
「ちぇや! ちぇや! ちぇや!」
イヴが作ったお手製の軍服(将校らしくマント付)を着用し、長ネギを振り回している、おしめで臀部がもたっとしているパウル。
「勇ましいな、パウル」
嫌味などではなく、まだ立つのが精一杯な年ながら、軍人としての第一歩を踏み出しているパウルのことを、本当に勇ましく感じていた。
「ちぇややややや!(おじしゃん、パウル頑張る!)」
パウルは何が起こるのかは分からないのだが「撃て」を命じる練習だと――パウルのお父さまことリリエンタールの教えは「撃てと突撃と撤退の三つをタイミング良く言えれば、指揮官は務まる」というもの――そのタイミングが難しいのだが。
「お前のお父さんは、突撃させるタイミングが神がかりだからなあ。あと気候を読む能力も桁違いだ」
パウルが混乱しないように、ちゃんとお父さんと言ってくれる、気遣いの人キース。
「…………(おじしゃん、すき)」
父親が褒められていることを察して、穢れない尊敬の眼差しをキースに向けるパウル。
「パウルはパウルだから、似なくても良いんだが。ま、頑張れよ」
王族男子の嗜みとはいえ「あれの息子で軍人になることが必須ってのは、比較されて大変だろうな……」と。これはキースが優しいというよりは、ほとんどの人が思っていること。
世界中の誰もが比較しなくても、歴史として記されているので避けようがない事実――そこらはイヴの息子なので、ほぼ気にしないのですがね。
「ひゃい!」
キースに良い返事を返し、パウルは、
「ちぇやややや!」
「撃て!」
長ネギを振り下ろしながら撃てと命じ――その轟音にしばらく硬直。
どすんと尻餅をついて、キースが立っている後側に顔をぎこちなく回し、
「ち゛ぇ゛や゛や゛ゃ゛ゃ゛……(おじしゃん、パウルは世界を壊してしまったかもしれません)」
驚きを露わに――もちろん表情はいつも通り。
キースが近づいて軽々と抱き上げて、指示を出す。
「ほら、兵士を褒めてやれ。将軍の仕事だぞ」
「ちぇ……ちぇやややや!」
長ネギを掲げ、砲撃手たちが敬礼し――初実弾演習指揮は無事終了。
イヴや閣下が観に来ていないのは「実弾演習に親が立ち会うなんて、ありえんな。立ち会いたいなら、空砲にするか止めろ」という、厳しくも真っ当なキースのご意見により「息子の成長のためなら」と諦めました。
こんな感じで零歳から軍人としての道を着実に歩いており――ここに楽団が入り込む余地はない。




