リリエンタールさんとカリナさん
リリエンタール最愛の妃が愛してやまない妹カリナ ――
「親睦を深めたいのだが、どうしていいのか分からん」
妃の親族とは親睦を深めることを決めているリリエンタールだが、三十歳ちかく年下の義妹とお近付きになれる方法が全く思い浮かばなかった。
「戦争なら無数に案が浮かぶのだが」
自分一人だけで三十万くらいの兵士を殲滅する方法はいくらでも思いつくのだが ――
「御本人に正直に告げればよいのでは?」
家令のスパーダは問題をカリナ本人に投げた。
「……」
「考えても分からないものは分かりません。ましてや若い娘の気持ちなど、分かる筈もございません」
スパーダは問題を全てカリナに任せたわけではない。
単純にスパーダ自身、何も思い浮かばなかったのだ。
「それもそうだな」
リリエンタールも自分が親族との付き合いが下手なのは分かっているので、仲良くなりたい相手本人に聞くのが最短だと ―― クローヴィス卿とイヴの許可を取り、カリナとの会話する場を庭に設けてもらった。
「わたしは弟妹がいないので、どのように接していいのか分からなくて」
”たとえいたとしても、親睦を深めようなどとは考えなかっただろうが”
そんなことを考えているリリエンタールは、もちろん姉兄とも親交はない。あるのは家長とその一門の者のみ。
手入れが行き届いている木製のベンチに腰を掛け、話を聞いていたカリナは、ほんの少しだけリリエンタールが何を言っているのか分からなかったが、詳しく話を聞き、自分と仲良くなりたいと思っているのだと知り、
「カリナと仲良くなりたい……ってことですよね」
出来れば家族と話しているように話して欲しいと頼まれ ―― カリナとしては提案のほうが簡単なので、すぐに受け入れた。
「そうだ」
「分かりました! では、お義兄さま、カリナの我が儘きいてください! そしたら仲良くなってあげます」
カリナに笑顔で言われたリリエンタールは、もちろん頷いた。リリエンタールは神の奇跡級の頼みでもない限り、どのような我が儘でも叶える自信はある。それは傲慢ではなく、財力と権力に裏打ちされた事実。
カリナは直後、父親に許可を取りに行き ――
「カフェにいきたいんです。父さんからは許可もらいました」
「わかった。希望はあるかな」
「そこはお義兄さまにお任せします。お義兄さまのセンスを期待していますから」
「……」
リリエンタール四十一年間の人生において、かなり重要でかつ難しい判断を下さなくてはならない場面に。
結局、クローヴィス家から少し離れた、カリナもリリエンタールも訪れたことのない、歴史ある中程度のホテルの一階にあるカフェラウンジ。
落ち着いた室内の調度品は、
「大人カフェですね」
若い娘を連れてくるような雰囲気ではないが、カリナが「大人っぽいところがいい」と希望していた ―― この辺りはカリナは口に出してはいないが、そのくらいの感情はリリエンタールは容易に読むことができる。
「そうだな。華やかなカフェはイヴやクローヴィス夫人も一緒のほうがいいかと」
実際カリナは喜び ―― 大勢の人が訪れ、部分的に色褪せているテーブルと椅子に喜んでつき、給仕がもってきたメニューを開く。
「お義兄さま、カリナの我が儘きいて下さいます?」
「なにかな」
「カリナが注文したいんです」
唐突に出てきたカリナの台詞だが、店で給仕に注文を告げるのは年長者の役 ―― 最年少のカリナは、いまだその役を任せてもらっていないのだろうと。
「任せた」
”妹は背伸びしたいお年頃なんです”
最愛の妃が言っていたことからも、これで間違いないと結論づけカリナに好きなようにさせることにした。
「お義兄さまはコーヒーでいいですか」
「それがいい」
「わたしはレモネードで」
カリナが給仕を呼びメニューを告げる。
コーヒーとレモネードは一緒に運ばれてきた。
「はい、お代はここに」
鞄から財布を取り出したカリナがテーブルに代金を置く。
給仕は一瞬止まったが、黙って受け取り席から離れた。
「カリナ、お義兄さまに奢りたかったの。叶えてくださってありがとう」
「そうか。フロイライン・クローヴィスの希望にそえたのであれば」
まさか娘のような年頃の義妹にコーヒーを奢られるなどとは思っていなかったリリエンタールは、その後「年下扱いされる不満(可愛らしいもの)」を聞かされた。
リリエンタールはカリナと同じく末っ子なのだが、ほとんど子供扱いされることはなかったので、カリナの不満に同意できることはなかったのだが、
「本当にフロイライン・クローヴィスは皆に愛されているのだな」
コーヒーを飲み終えたリリエンタールは、正直にそう告げた。
「それは分かっているのですけれど、もうちょっと大人扱いしてくれてもいいと思うのです。今日のお義兄さまのように」
三人で出かけ、こうしてカフェに入ると、金を出すのはほとんどが姉。カリナがお金を持ってきていても、出す機会は滅多にない。
もちろんカリナが持っているお金は自分で刺繍で稼いだもの。
「イヴにそのように伝えておこう。ただし、あまり期待はしないでくれ。イヴにとってあなたは可愛い妹だから、どうしても甘やかしたくて仕方なくなる……わたしにとってイヴがそうだから、よく分かるのだ」
「お義兄さまったら」
カフェを後にしてから、家族用のお土産を買うのも付き合ったリリエンタールだが、そこでも金を出すことはできず ―― 唯一できたのは土産を持つことだけ。
「カリナの我が儘きいてくれてありがとう、お義兄さま」
「わたしもとても楽しかった」
子供のころのイヴ ―― 大人から見てではなく、更に子供だったカリナにとってのイヴの話を聞けてリリエンタールは大満足だった。
リリエンタールが素直に奢られたことに気分を良くしたカリナは、カフェでリリエンタールに奢ることを楽しむ ―― 世界一の大富豪は、義妹を含めてカフェに立ち寄るとけっして支払いを任せてはもらえなかった。
「イヴとフロイライン・クローヴィスの我が儘をきくと、わたしは支払うことができない……どうしたものか」
「当初の目的は果たせたのですから、諦めたらいかがですか……逆必要経費ということで」
仲良くなることはできたが、リリエンタールの悩みは尽きない。




