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「閣下が退却を命じぬ限り」登場人物分類・Twitterまとめ  作者: 剣崎月
小話

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新妻、キャンプに行く【後編】

 持ってきたベーコンやウィンナーが、熱した鉄板の上で焼かれ ―― 子オオカミ(ジョシュア)はジークムントに小さな肉の塊を前に「待て」を躾けられている。

 早く待てが出来るようになるんだぞ!


「姉ちゃん! あそこにサーモンいる!」


 食事の用意はベルナルドさんにお任せ。

 王子さまにさせていいのかなーと思うのですが「執事ですので」と仰るので一任しております。

 薪を足したり辺りに気を配るのはアイヒベルク閣下。

 わたしも周囲には注意を払っておりますが。

 閣下は椅子に腰を下ろし、わたしの両親と話をしておられます。

 ”イヴのご両親と打ち解ける……のはわたしの性質上難しいが、少しは理解をしてもらいたい。娘を預ける男が得体の知れない貴族では、ご両親も心配が尽きないであろうからな”って。

 お気遣いありがとうございます。

 でも思うのですよ、閣下。閣下のことを知れば知るほど、両親はその凄さに心配事が増えるのではないかと……。


「お、本当だ」


 わたしやデニス、カリナは「分類:子供」らしく、とくにお仕事はなく遊ぶだけ。

 水面から顔をだしている岩の上を歩いていたカリナが、サーモン五匹ほどみつけた。どれも体長六十センチほどで、厚みのある立派なサイズ。


「姉ちゃん、一匹獲れない?」


 カリナが「獲って欲しい」と目をキラキラさせて ―― カリナに頼まれたら姉ちゃん頑張っちゃう!

 釣りをする予定はなかったので、釣り竿は持ってきていない。

 突き通せる刃渡りのナイフは腰から下げているから、それで一匹はいけるのだが……ナイフは一本しか持ってきてないんだよなあ。

 サーモンのいる場所はそんなに深くないから、貫通して刃先が川底の岩に当たって欠けたりしたら「万が一」の時に困る。

 刃先は全てにおいて重要……だけど、折れやすい。

 拳銃も持っていくからナイフは一本でいいや! と判断してしまったが、やはり二本は持ってくるべきだったなあ。

 でもカリナの頼みをきかないという選択肢はない。


「デニス」

「なに? 姉さん」

「この大きな岩を、サーモンがいる所に目がけて投げ込んでくれないか」

「……ちょっと一人じゃ無理だけど」


 わたしが指さした岩は、デニスにはちょっと重すぎたようだ。


「あのサーモンがいる箇所に、放り込めばよろしいのですね」

「はい」


 結局、デニスとアイヒベルク閣下二人がかりで放り投げてくれることに ―― わたしの作戦ですが、岩を放り投げ驚いて水面近くに出てきたサーモンの頭に、水切りの要領で石をぶつけて失神させるというもの。

 水切りで世界記録を狙うわけではないので、何度も跳ねさせる必要はないけど。


「いち、にの……はい!」


 デニスの掛け声のもと、岩が放り投げられ……浮いてきたそいつ(・・・)に決めた! この速度なら……いける!


「姉ちゃん、すごい!」


 わたしが水面と平行に投げた石により失神した魚の尾を掴み……ナイフで仕留めるより熊っぽい気もしますがカリナが喜んでいるからいいや!


「本当にお見事です、妃殿下」

「アイヒベルク閣下が石を投げ込んでくれなければ無理でした」

「相変わらず水切り上手いねえ」

「食後に競うか、デニス」

「姉さんと競えるわけないし。でも遊ぼうか」

「カリナもする!」

{南国に出向いた時、あなたができそうなのは家でイラクサのシャツ編んだり、羊毛を紡ぐくらいでしょうね}

{狩りはイヴには敵わぬな。羊の毛を刈れるよう、練習でもするか}


 閣下とベルナルドさんが、なんか楽しげにお話をしている。

 サーモンはその後、ジークムントが下処理してくれ、ウィンナーやベーコンを焼き終えた鉄板に乗せられた。


「道具なしで魚を獲るとか、すごいなあ」


 黒パンにハムとベーコン、そして持参したスライスされたゆで卵をのせたオープンサンドイッチを食べながら、デニスがしみじみと。


「作戦行動を取る部隊の隊長たるもの、食糧の確保ができなくてはならないからな」


 人家があるとかそういう温い環境なら、交渉で譲ってもらえるが(その交渉も隊長の仕事です)人目につかないように移動しなくてはならない場合は、山の中を通るはめになり、そんなに荷物も持てないので山中でサバイバルに。

 わたしの方針上、民間人から食糧を奪うことは許さない ―― 許さないということは、部下を飢えさせてはいけないということ。

 よってわたしは、作戦行動中に食糧を自力で得る能力に磨きをかけなくてはいけない。

 作戦行動につれて行く隊員はみな、作戦行動を取れるからつれて行くのだから。でも現場に行くまで体調を万全に……となるとこれが難しく ―― 作戦行動ができる体調を整えたまま、現場にたどり着かせることが部隊長の最大の使命。


「あーなるほど。そう言えばストラレブスキーたちを追った最終局面、僅かな食糧で追ったんだって隊員さんが言ってたね」

「でもあれは、馬がいたから多めなんだぜ。人間だけだと、それこそ現地で狩って進む」

「ハードだなあ。でも隊員さんが言ってたよ”隊長についていけば大丈夫、という絶大な信頼があったので不安はなかった”って」


 なにそれ、めっちゃ嬉しい!

 誰だよ、そんなこと言ったのは。お酒奢っちゃうよ!

 そう言ってもらえたから……というわけではないが、国外作戦行動任務が終わってみて思うことは、なんかちょっと楽しかったなって。


「ジョシュア、静かに」

「わぉーん! わおぉーん」


 誘拐された二人が無事で、隊員にも負傷者が出なかったから言えることだけど、終わってみたら良い思い出だよ。

 もちろん大変だったんですけれどね! わりと命の危機(マーリニキー・ボンバ計画の阻止)などあったので、二度と同じような出来事が起こらないよう注意しますが……軽い布が落ちる音? ん?


「あ、髪解けちゃった」


 カリナの髪を縛っていた、淡い黄色のリボンが落ちた音だった。

 三つ編み一本結いなのだが、まとめていたリボンが落ちてしまい、すぐに半分ほど解けてしまう。

 髪色は違うけれど、髪質は似てるんだよなあ、カリナとわたし。

 わたしなんか三つ編みして、結ってた紐を解くと即解けてまっすぐに戻る、形状記憶合金のようなストレート。

 友達に言わせると「髪が艶やかで綺麗だからよ!」と言われるのだが、実際のところ結うのが大変で大変で……つるつる過ぎて、握力が要るレベル。


「姉さんはゆっくり食べてなよ」


 サンドイッチを食べ終えたデニスが川で手を洗ってから、カリナの半端に解けた三つ編みを解いてから結い直す。

 時代的に女性は人前で髪を直すのは良くないとされているのですが、カリナはまだ淑女じゃないので大丈夫かと。


「姉さんに比べたら、カリナの髪は結いやすいから」


 手際よくカリナの髪を結い、落ちたリボンで縛り直したデニスの一言。

 そうだよねー。姉さんの髪はいろいろなものを跳ね返してたよねー。


「兄ちゃん、ありがとう。そういえば、姉ちゃんが髪を切ったのって、兄ちゃんのせいだって聞いたんだけど、どういうこと?」


 デニスのせいって……まあ……。


「デニスの髪を洗ったら、短い髪ってこんなに楽に洗い終わるんだって。それがちょうど、士官学校入学が決まった頃でさ。怪我や疲労から身綺麗にするのも大変だって聞いていたから切ったんだ」


 あの頃は前世の記憶もないので、短い髪は手入れし易いということに気付けず。でもたまたまデニスが手を怪我したとき、代わりに頭を洗ってやったら「さささ」で終わってしまい……感動した!

 当時のわたしの髪は腰上が標準装備だったので、人生初めてのショートカットの楽さは変な声が上がるほどだった。


「へえー。そんなに簡単に洗えるんだ」


 カリナがデニスの顔をのぞき込むようにしている。


「駄目だよ、カリナ。俺の髪を洗わせてカリナまで髪を切ったら、母さんに死ぬほど叱られる」


 デニスの叫びと、笑顔を崩さない継母(かあさん)……デニス、叱られたのか……済まんな。


「でも、なんで姉ちゃんが兄ちゃんの髪を洗ったの?」

「利き手じゃないほうだけど、一度に四本突き指したから」

「なんでそんな突き指したの? 兄ちゃん」

「特別列車を見に行って、興奮しすぎて躓いても見とれてたら指が」

「兄ちゃん……兄ちゃんらしすぎて……」


 カリナ、わたしたちのデニスは、何時だってデニスなんだよ。


「わたしが髪を洗ったのは、わたしもその場に一緒にいたんだ。目を離さないでねって継母(かあさん)に言われていたのに、ちょっと目を離したら突き指。引率失敗の反省の意味で洗髪したんだ」


 この一件をカリナに教えていないのは、この時わたしとデニスは二人で旅をしていたからです。旅といっても五泊六日の国内旅行だけどね。

 わたしの士官学校入学祝いを兼ねての旅 ―― 男の子なら一人旅なのですが、わたしが女の子(見えなくても)なので、入学全く関係ないデニスと一緒に国内旅行をしたのです。

 そうはいっても、どの街でも泊まるのは顔見知りの親戚の家という、身内旅でしたけれどね。

 これを内緒にしているのは、カリナが知ったら「ずるい!」と……。姉ちゃんとしては、カリナと国内二人旅してもいいんだけど、入学祝い、若しくは卒業祝いでなくては、旅行の許可が両親からはおりないので。

 デニスは大学卒業後に、休暇を取ったオスカーと共にドネウセス半島に渡ってたな。

 カリナが一人旅の時は……姉ちゃんと閣下がついていったら、大事か。


「サーモンが焼き上がりましたよ」


 ジークムントがサーモンを鉄板からおろし、身を解して皿に盛ってくれた。それを食べながら ――


「でも姉ちゃん、士官学校じゃあ全然疲れなかったんでしょ? 怪我もしなかったって聞いたよ」

「うん、まあ平気だった」


 体力だけはあったし、怪我は運良く負わなかった。


「じゃあ、もう伸ばしてもいいじゃない」

「伸ばすの?」

「うん。だってカリナだけ、髪が長い姉ちゃん覚えてないんだもん」


 カリナさん、二歳くらいの時、姉ちゃんの髪を握って遊んでたじゃないですか。覚えてなくて当然だけど。


「リヒャルト義理兄さまも、姉の髪が長かったころをご存じないのでしょう?」


 カリナさん、なぜ閣下に聞くの?


「実は、見たことはあるのだ。わたしは士官学校の二次試験に立ち会っていたのでな」


 そうなんだよ、カリナ。閣下は試験の時にいらっしゃったから、髪の長い頃のわたしを知っているのだよ。


「ず、ずるすぎる!」

「カリナ! 失礼なこと言わないの」

「いえいえ、クローヴィス夫人、お気になさらずに。フロイライン・クローヴィスは髪の長いイヴを見たいのかな」


 閣下が足を組み、指を組んで頷かれる。


「はい」

「イヴよ、一度だけで良いから髪を伸ばしてくれないか。わたしも長い髪のイヴをもう一度見たい」

「え、あ……ま、まあ」

「ほんと、我が儘な男で済みません妃殿下」


 ベルナルドさんが水を注いだコップを手渡ししてくれた ――


「この人、本当に我が儘で独占欲が強いもので。誰かが知っているのに、自分が知らない妃殿下というのが、どうにも我慢できないのですよ。髪を伸ばして見せたら、あとは妃殿下のお好きなように。カリナさまも、一度髪を伸ばしたお姉さまの姿を見たら、満足なさいますでしょう」


 髪を伸ばすのは嫌ではないのですよ……髪が長くても男にしか見えないから「男なのに長髪なのか?」という視線を向けられるのが嫌だったくらいで。

 髪を短く切ったら、単純に「ああ、男か」で済んでいたので……でも、長髪が嫌いだったかと言われると、洗うのは面倒だけれど嫌いではなかったなあ。

 でも自分からはなんとなく言い出せない ―― 短髪(こっち)のほうが、似合っているから。


 きっとその……なんというか、わたしはきっと髪を伸ばしたいのだと思う。


「洗髪専門の美容師を雇う。わたし自身我が儘なのは理解している……伸ばしてくれないか? イヴ」


 閣下がそれに気付かれているのかいないのか……


「五年くらいかかりますけれど」

「髪が伸びてゆくイヴをも見られるのか。それはいい。わたしの我が儘だ、洗髪専用の使用人に手入れをする使用人を雇う。ああ、もちろんイヴが嫌ならば雇わぬが」


 閣下の我が儘に押し切られたという形をとれば、自分から伸ばしたわけではないから、男なのに……と言われても……でも、やっぱり自分の髪型にも責任は取りたいわけでして。たとえそのように言われたとしてっ! ジョシュアァァァァ! 昨日まで野生動物だったんだから、火を怖がれぇぇぇ!


「わぉぉん!」


 突然鉄板に飛び乗ろうとしたジョシュアを寸前でキャッチし「こういうことはしちゃいけません!」と注意をしたりしていたら、有耶無耶なままに。

 もちろん有耶無耶になったままだが、忘れたわけではない。

 家族が帰ったあと、二人で並んで座り、川で釣り糸を垂らし、


「閣下」

「なにかな、イヴ」

「あのですね……髪が伸びたら、閣下にも結っていただきたいのですが」

「それはとても嬉しいのだが、いいのか? わたしはきっと不器用だぞ」

「ええ」


 もう一度髪を伸ばしてみることにした。

 きっと「うわ、男なのに長髪だ」という、この時代にはそぐわない髪型をしているという視線を向けられることも増えるだろうが、ダークブルーの瞳を細めて笑って下さる閣下が喜んでくださるのなら、どうということはない……ということに気付いた。


「図らずも、望みが叶ったな」

「ん?」

「わたしは長髪だったころのイヴを見たことはあるが、あの時はしっかりと結っていたであろう」

「はい」

「その頃は何とも思わなかったのだが、今になってあれを解いた姿を見てみたいと思ってな。美しいことは分かっているが、なにぶんわたしは想像力が貧困なもので、想像がつかぬのだ。もっとも想像したところで、イヴがそれ以上美しいことは分かっているのだが」

「ぽ、ぽふう」


 なにか閣下が凄いことを仰っておられるような……


「ところでイヴ」

「はい」

「ヘル・ヤンソン・クローヴィスがイヴの髪を結っていたそうだが、その経緯を教えて欲しいのだ。当人に聞いたら”姉に聞いて下さい”と返されてしまってな」


 なんで聞かれたのに答えなかったの、デニス。まあ、いいけど。


「それは……あっ! 閣下、引いてます!」


 このあとしばらく、わたしと閣下の竿に当たりが連発し ―― 


「ところで何の話をしていましたっけ?」


 もっと釣れそうなのですが、これ以上釣っても仕方ない! ということで終わりにした。


「ヘル・ヤンソン・クローヴィスがイヴの髪を結っていた経緯だが」

「ああ、それですね。それは……閣下はご存じなので?」


 閣下はわたしの身辺を調べていらっしゃいますよね?

 ……という気持ちで見つめたら、


「全て分かるわけではない。むしろ知らないことのほうが多いよ、イヴ」


 なんとも変わった表情で、そのように仰った。


「そうなのですか」


 室長と愉快な旧諜報部(メッツァスタヤ)の皆さんなら、簡単に調べられることだと思うのですが。


「教えてはもらえない……のだろうか?」

「幾らでもお教えしますよ。まったくもって下らない理由なのですが……」


 本当に下らない理由ですよ。

 はっ! もしかして、あまりのくだらなさに、報告されなかったとか?

 でも、でも、閣下が期待に満ちた眼差しでこちらをみている! ……閣下はお優しいから、きっと下らない理由でも笑顔で聞いてくださるよね!

 閣下を信じる!


「実は……」




《終わり》


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