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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-4 硝子庭園の主
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Verre-13 灰かぶりと王女2

 城下町でのパレード、大広間での式典、バルコニーからの王室のお出まし。建国記念日の催し物はスケジュール通りに滞りなく進んで行く。お披露目会も終わり、ここで帰る者も少なくない。残った者達は後程開かれるパーティーに参加するため、各々用意された控室へ入って行った。


 シャルロットに手を握られてそのまま待たされていたリオンは、他に誰もいなくなったところで一段高いところにいる国王を見上げた。


「陛下……」

「シャルロットのことをよろしく頼むよ、サンドリヨン子爵。家の立て直しに奮闘してくれたまえ。ヴェルレーヌ家がかつての輝きを取り戻した暁には、君を正式な婚約者として改めて皆に発表しようね」

「あの……。サンドリヨン……子爵……って」


 困惑し動揺しているリオンの前で、王妃が一通の封筒を取り出した。見覚えのありすぎる紋章で封蝋が押されており、中からは常日頃見ている筆致で書かれた書状が出て来た。


 それは、とリオンは呟く。王妃が手にしているのは、以前子爵がリオンに見せた国王宛ての書状を書き直したものだった。


「先日、貴方のところの鳩さんが届けてくれたのよ。サンドール子爵に頼まれたみたいね」

「父が」


 王妃から書状を受け取り、国王が改めて目を通す。


「サンドール子爵の体調はあまり優れないようだね」

「体は、体はどこも悪くないと医者は言っています。ですが……」

「レヴオルロージュでは通常生前の爵位継承は行えない。しかし、子爵の現状を思うと負担はできる限り減らしてやりたいのだよ。今は君を子爵代理として方々に向かわせているようだが、それでも子爵本人が最終的には動かざるを得ないことも少なくないだろう」

「はい……」

「そこで、リオン君。特例として、君にサンドリヨン子爵の名を与えることにした。あくまで呼称であって公式的な爵位の称号ではないけれどね」


 控えていた国王の側近が書状をリオンの元へ持って来る。


 受け取って目を落とすと、力のない筆致で子爵の書いた字が紙の上を這っていた。書かれていることは以前リオンが見たものとほとんど同じである。子爵は隠居して、リオンにほとんどのことを任せたい。爵位を譲ってしまうくらいの覚悟である。どうか特別に認めていただきたい、と。そして、レヴェイユは小さな村だが、街道に接している拠点でもある。村人達は子爵を慕っているが、今のままでは不安に思う者も出て来るだろう。リオンを据えた方が村人や商人達も安心できるのではないか、けれどリオン自身はそれで大丈夫なのだろうか、という子爵の苦悩が記されていた。


 書状は側近を通して再び国王の元へ届けられる。


「爵位継承は行えないから、レヴェイユ周辺の責任者はもちろんサンドール子爵名義のままで、サンドール子爵は君の父上のままだ。だが、その仕事をリオン君が代理としてではなく、本人と同様の権限を有して行えるようにしようと思う。共同で管理するような形だな。私の返信に子爵は同意していたが、君自身はどうだろうか」

「私は……」


 国王が認めてくれた特別な待遇。ベッドと仲良しこよしになっている子爵のことを考えると、自分が動きやすくなるのは良いことなのかもしれない。思案するリオンのことをシャルロットが見上げている。


 しばし考え込んだ後、リオンは国王と王妃を順に見た。


「私に、務まるでしょうか……。私は、まだ分からないことも多く……」

「もちろん、確認したいことがあれば都度子爵に確認してもいい」

「ねえ、リオン」


 リオンと手を繋いだままのシャルロットが軽く手を引いた。リオンが国王からシャルロットへと視線を移すと、シャルロットは少し照れ臭そうに視線を逸らしてから改めてリオンを見た。


「サンドリヨン子爵、素敵な名前でしょう。わたくしが出した案なのよ。サンドール子爵家の、リオン……サンドリヨン……。あ、安直とか言わないでね! サンドリヨンってちゃんと意味があって」

「サンドリヨン……アシェンプテル。昔話に出て来る王子様の名前ですよね」

「そう! そうなの」

「小さい頃、別荘で私が貴方に聞かせた話ですね」

「えへぇ……」


 シャルロットは「えへへ」「うふふ」「ぐふふ」と恥ずかしそうに笑っている。


 飛んだり跳ねたり走り回ったりしていた小さなシャルロットを座らせて、小さなリオンは絵本を開いて物語を読み聞かせた。ページに書かれた文字を読み上げるリオンに体を寄せながら、シャルロットは見開きで描かれた美しい絵に目を輝かせた。


 南西の大陸で語られる御伽噺。実話が元なのか、作り話なのか、今となっては誰にも分からない。昔々、とある国の王女の元に随分とみすぼらしい姿の生き物が現れる。周りの者達は生き物のことを気味悪がって忌避するが、王女は生き物の内面の美しさに気が付いてそれを手厚くもてなした。謎の生き物は実は別の国の王子であり、悪い魔法使いに呪われて姿を変えられてしまっていたのだ。王女の優しさと愛に触れて王子の呪いは解け、美しい姿に戻った彼と王女は結ばれ幸せになるのだった――。


 そんな御伽噺の王子様、彼の地での名をアシェンプテル。レヴオルロージュの古い言葉ではサンドリヨンと呼ばれる。御伽噺の登場人物には特定の名前が設定されていないことも多いため、元が同じ話であっても伝わって行く過程でタイトルや登場人物の名前が変わることは少なくない。アシェンプテル及びサンドリヨンの言葉の意味は、玻璃の若君。呪いによって曇った謎の生き物になってしまったが、磨き上げれば正体が明らかになる様を玻璃、すなわちガラスに例えている。


「王子をとっても大事に思っていて、呪いが解けたと聞いて駆け付ける家来も面白いのよね」

「御伽噺から、名前を?」

「わたくし、あのお話大好きなの。貴方が教えてくれたお話だし、それに、とっても素敵なお話だもの。王子様のイラストがものすごくかっこいいのよね。……皆が貴方を落ちぶれた家の灰かぶりと呼ぼうとも、わたくしは貴方の美しさを知っているわ」


 シャルロットはきらきらと楽しそうな、それでいてこの上なく真剣な目でリオンを見上げていた。リオンはシャルロットが握ったままの自分の手を見る。そして、深呼吸をして国王と王妃に向き直った。


「……陛下」


 シャルロットからそっと手を離し、リオンは姿勢を正した。そして、国王と王妃に深々と頭を下げる。


「サンドリヨン子爵の名、謹んでお受けいたします」

「うむ、よろしく頼むよ」


 わぁ、と小さく声を上げてシャルロットが控えめな拍手をした。優しく笑う国王と王妃に笑顔を向けてから、シャルロットはリオンに飛び付く。


 斯くして、リオン・ヴェルレーヌはサンドリヨン子爵の名を拝命した。以後、レヴェイユ一帯はサンドール子爵の名の下でサンドリヨン子爵が一定の決定権を持って治めることとなる。


 シャルロットにむぎゅむぎゅとされながら、リオンはもう一度国王と王妃に頭を下げた。





 建国記念日の夜。控えめに鐘の鳴るパンデュールの空に花火が上がる。


 パーティーは既に終わり、帰路に着いた者も多い。皆、家族や地元の住人と過ごす時間へと帰って行ったのだ。大広間ではまだ数人が談笑を続けているが、彼らの話もそろそろ終わりに差し掛かっているようだった。


 花火をバルコニーから眺めて、シャルロットは目を輝かせる。毎年見ているお祝いの花火。その年で一番盛大な花火。そして今年は、いつもよりも特別な花火だった。


「綺麗ですね。こんなに美しいものだったんだ……。いつもは音だけが届いていて、光は全然見えていなかったから」

「リオンはまだ帰らなくて大丈夫?」

「……はい。レヴェイユでもささやかな祭りを開いているんですが、義姉に諸々任せてあります。村長さん達もいますしね。父も今朝は少し元気がありそうでよかったです……。父は毎年顔を見せて挨拶をしたらすぐに帰ってしまうんですが、それだけでも皆喜んでくれるので」

「慕われているのね、リオンのお父様は」


 シャルロットはそっとリオンに身を寄せた。ガラスの靴で現れた王子様と見る、特別な花火。これからはそんな特別が当たり前になって行くのだろうか。ちらりと見上げると、リオンは花火を見て子供のように嬉しそうにしていた。花火に目を戻しながら、シャルロットはバルコニーの柵に置かれたリオンの手に自分の手を重ねる。


 人気のなくなって来た大広間を颯爽と歩いてアンブロワーズがバルコニーへやって来た。リオンの名を呼ぼうとして、並んだ後ろ姿を見て口を閉じる。「もう少ししたら帰りましょう」と声をかけようとしていたのだが、その言葉は愉悦そうな吐息に溶けた。灰かぶりの幸せがこの魔法使いの幸せである。水を差すようなことはしない。


 引き返して行ったアンブロワーズの足音は花火の音にかき消される。二人だけの空間で、リオンとシャルロットは花火を見上げていた。


「リオン、城下町のお店でお祭りの時だけの特別なお菓子を買えるのよ。帰りに魔法使いさんと一緒に買って食べてね」

「そうなんですね。楽しみです」

「ねえリオン、こっち見て」


 呼ばれてリオンが顔を向けた瞬間、シャルロットは背伸びをしてリオンの頬に口を付けた。挨拶ではなく、愛情表現だ。驚きで目を見開くリオンのことをシャルロットはそのまま抱き締める。


「鐘が鳴っても、いなくならないでね。靴の合う人を探すのなんて、もうごめんよ」

「どこへも行きませんよ。いつでも会えます」

「見付けた、わたくしのガラスの君……。わたくしの、王子様」


 リオンはシャルロットを優しく抱き返す。花火の光を受けて煌めく金色の髪を撫でてから、体を離す。そして、リオンとシャルロットはしばらくの間手を繋いで花火を見ていた。


 灰かぶりに掛けられた魔法は、もう解けることはないだろう。

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