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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-4 硝子庭園の主
39/41

Verre-12 灰かぶりと王女1

 時計の針が回り、鐘が鳴る。


 王都パンデュール中心部にそびえる大時計塔の鐘が鳴った。ダイス教の教会を始め、鐘を有する宗教施設の鐘が鳴った。モーントル学園などの学校の鐘が鳴った。あちらの建物でも、こちらの建物でも鐘が鳴った。


 レヴオルロージュにとって時間は大切である。時間を確認し予定通りに動くことで農作業も貿易業も効率よく回るものだ。作業の途中に挟む休憩も時計があれば短すぎたり長すぎたりすることがない。そして、時を刻む時計と時を告げる鐘はシンボルのようなものだった。国にとって大事な日には、国中に鐘の音が響き渡る。普段使われていない鐘さえも、この日には久々の晴れ舞台だと言って鳴らされた。


 六月十日。レヴオルロージュ王国の建国記念日である。


 長い歴史のあるレヴオルロージュが国として成立したのがいつ頃なのかははっきりしていない。ここしばらくは平和な時間が続いているが、過去には争いもあったためその度に国は形を変えて来た。制定されている建国記念日は、サブリエ家が最高権力者となり大時計塔が完成した日付から取られている。


「リオン。リオン、準備はできたかしら」


 ドアをノックしてシャルロットが部屋に入って来た。


 控室として通された王宮の一室で、リオンは使用人達にもみくちゃにされていた。長い髪を梳いてアレンジを加えて束ね、薄く化粧もして、ガラスの君の衣装をきっちりと着せられ、これでもかというくらいに身形を整えられた。後方で見守っていたアンブロワーズは非常に満足げである。


 シャルロットは椅子に座っているリオンに弾む足取りで駆け寄る。そして、頭のてっぺんから足の先までリオンのことをじっくりと見た。銀色の髪、青い瞳、濃紺の衣装、ガラスの靴。十三歳の誕生日に開かれた舞踏会で出会ったガラスの君が目の前にいる。そんなガラスの君は幼い日に出会い「結婚して」と思いをぶつけたリオンその人である。


「素敵! 素敵よ、リオン」

「シャルロット様、ありがとうございます。このようなことまでしていただいて」


 リオンは少し照れ臭そうに髪の先をいじる。


「ふふん、当然よ。今日は貴方をみんなにお披露目する日なんだから。しっかりおめかししなくちゃ。ね、魔法使いさんもそう思うでしょ」

「えぇ、えぇ、もちろんです。ジョルジュ殿下配下の者達まで寄越してくれてありがとうございます。俺の大切なかわいいリオンがより素晴らしい存在になりました。見てください、こんなにかわいい。最高です。たまりませんね。やはり元が良いからですね」

「ほら、魔法使いさんもこう言っているわ」

「アンブロワーズの言うことは参考にしなくていいんですよ。でも、ありがとうございます、本当に」


 リオンは足元に目を落とす。両足を包み込むガラスの靴は、先が少し触れて冷たい音を奏でた。


 シャルロットが健闘したお茶会の翌日、リオンは彼女に連れられて国王と王妃に謁見した。数人の貴族が集められており、リオンは彼らの前でガラスの靴を履いて見せることとなったのだ。噂のガラスの君が落ちぶれたサンドール子爵の子息と知り困惑している者もいたが、両足がガラスの靴にぴったりと入ったのを見て誰も文句など言えなくなった。


 ガラスの靴はオール侯爵が保管していたことになっている。確かにそうなのかと国王に訊かれて、リオンは首肯した。「ご子息が婚約破棄されてしまったというのに王女様の意中の相手の大事な靴を重厚に保管していたなんて素晴らしい」と幾人かの貴族に褒め称えられている侯爵に向かって、リオンは感謝の意を述べた。侯爵は心底面白くなさそうにリオンを見てから、周りの貴族に笑顔で応えた。


 斯くして、リオン・ヴェルレーヌはシャルロット王女の婚約者候補として発表されることとなった。


 リオンがガラスの君であることは認められた。しかし、現状のままではシャルロットの婚約者として確定させるべきではないとされた。サンドール子爵家はいつ崩れ落ちるか分からない。そんな家の息子を王女の正式な婚約者にして、何かあっては困るのだ。そのため、あくまで候補ということになった。シャルロットは不服そうだったが、リオンは致し方ないと了承した。リオンの存在がシャルロットの思い人として公になることには変わりはないし、不承知だと言えば何もかもなかったことになりかねない。


 国王と王妃及び貴族達の話し合いの結果を伝えた際に、「貴方はそれでいいの」とシャルロットはアンブロワーズに訊ねた。ぷりぷりしているシャルロットに向かってアンブロワーズは恍惚そうな笑みを浮かべて答えた。「素晴らしく大きな前進ですよ。嫌なら俺がどうにかしましょうか」と。シャルロットはびっくりして、どうにかするのをやめさせた。


「さあ、わたくしのガラスの君。共に参りましょう。みなさんが待っているわ」


 リオンは鏡台の前から立ち上がり、シャルロットの手を取った。かわいらしい花飾りとフリルの付いた手袋に包まれた小さな手が、シンプルな手袋で覆い隠された荒れた手を握る。


 しっかりと手を掴んだのを確認すると、もう待ちきれないと言うようにシャルロットが駆け足で部屋を飛び出した。アンブロワーズと使用人達に見送られ、半ば引っ張られるようにしてリオンは廊下を進む。


 幼い日、シャルロットに振り回されて別荘の庭を走り回ったことを思い出した。どこの誰だか分からないまま別れた令嬢は王女であり、今はこうして目の前にいる。


「シャルロット」


 呼ばれて、シャルロットはスピードを緩めて立ち止まった。


「なあに?」

「私、今とても緊張しています。でも、それと同時にわくわくしているんです」

「わたくしもよ。ふふ、おそろいね。一人じゃないから大丈夫よ、わたくしも、貴方も」


 シャルロットは両手でリオンの手を包み込み、祈りを捧げるように胸元に寄せた。もう一度「大丈夫よ」と小さく言う。リオンを安心させるように、自分に言い聞かせるように。包んでいた手を離して改めて掴み直してから、シャルロットは歩き出した。足取りは先程までよりしっかりしていて、背筋もぴんと伸びている。歩幅を合わせるようにしながら、リオンは手を引かれて歩く。


 建国記念日を祝うために、王宮に集まっている国民達がいる。記念の催しが開かれる際には通常出入りすることのできない平民達に向けて特別に中庭が開放されており、バルコニーから姿を現す国王と王妃、王子や王女達の姿を一目見ようとする者達がたくさん集っていた。シャルロットは先程家族揃って皆に姿を見せ、盛大な拍手で迎えられた。中庭に集う国民達の声はリオンの控室にも聞こえていた。


 リオンは窓の外をちらりと見遣る。もしも、自分がお披露目されるのがバルコニーだったら。今以上の緊張で体がおかしくなっていたかもしれない。リオンがシャルロットに連れて行かれるのは大広間である。あの日シャルロットと再会した舞踏会の会場で、リオンは貴族や軍の高官、政治家、豪商、豪農などにお披露目される。ガラスの靴を履いて見せた時よりも、会議室に同席させられた時よりも、集まっている貴族の数は多いし貴族以外も来ている。それでも、中庭で国と王家を称える人数と比べれば随分と少ないように思えた。少ないのだと思い込ませてどうにか体裁を整える。


 シャルロットが大きな扉を開けた。待ち受けていた高貴な者達の視線が一斉に動いた。リオンは深呼吸をしてシャルロットの後に続いた。


 大広間に現れたリオンの姿を見て、誰かが「美しい」と吐息を漏らした。式典のためのドレスを纏ったままの王女にエスコートされて、ガラスの靴の令息が歩を進める。


「あれがガラスの君」

「舞踏会で見た……かもしれん」

「サンドール子爵の御子息だったのか……」


 建国記念日の式典の為だけに王宮を訪れ、式典が終わった後に「まだ帰るな」と言われて若干不満そうだった者でさえ、ガラスの君の姿に目を奪われて見惚れた。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。こちらの方が、リオン様。わたくしの婚約者……候補。わたくの探していたガラスの君です」

「サンドール子爵ガエル・ヴェルレーヌが嫡男、リオン・ヴェルレーヌと申します」


 ぱちぱち……と、まばらな拍手が上がった。リオンは高貴な者達に向かって礼をする。


「シャルロットの婚約者候補として、彼を立てることになった。サンドリヨン子爵だ。皆の者、よろしく頼むよ」

「えっ?」


 国王の言葉にリオンが振り向く。驚いた顔をしているリオンを見て、国王は小さく頷くだけだった。拍手と歓声の中、疑問を口にすることのできないまま王女様のお相手候補お披露目会は終わった。

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