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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-4 硝子庭園の主
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Verre-8 ガラスの靴は誰のもの?1

 六月四日。王女主催のお茶会、二日目。


 客人達に挨拶をするシャルロットの声を聞きつつ、リオンは中庭の様子を見回していた。招かれた貴族やその使用人達が集まっている。しかし、リオンの探している人物の姿はない。ずっとへばりつかれていても困るが、いなくなられても困るのだ。


 昨日のお茶会の後、リオンはシャルロットが眠ってしまったことを使用人に伝えてから中庭を退出した。


 シトルイユを預けている馬係の元へ向かう途中、真っ白な姿を探しながら歩いたがアンブロワーズは見当たらなかった。情報収集を終えてそのまま帰ってしまったのだろうか。自分に何も言わずにいなくなるとは思えず、リオンはすれ違った使用人達に訊いてみたが手がかりは得られなかった。そのため、もしも姿を現したら自分は先に帰ったと伝えるよう使用人に言って、シトルイユと共に帰路に着いたのだった。


 そして今朝、リオンはレヴェイユを発つ前に時計屋へ立ち寄った。おかみさんにアンブロワーズのことを訊ねると、昨夜は帰ってきていないとのこと。ご主人もおかみさんも、てっきりリオンの元にいるのだとばかり思っていたと言う。シトルイユと顔を見合わせ首を傾げてから、リオンは王宮へ向かった。


「リオン」


 皆に挨拶を終えたシャルロットがてくてくとやって来た。青いドレスを飾る水色のフリルと、帽子に付いた羽根飾りが揺れる。


「魔法使いさんは見当たらないの?」

「はい。何もなければいいんですが……」


 シャルロットは客人達の中で笑っているオール侯爵をちらりと見てから、リオンの方を向く。


「もしかしたら、貴方のために何か作戦を立てているのかも」

「そうだとしても何も言わずにいなくなられると困ります。それも、王宮で」


 この二日間、王宮の中庭には数多の人々が出入りしている。アンブロワーズのことを不審げに見ている者も少なからずいた。


 もしも、アンブロワーズの身に何かあったら。また誰かに乱暴されていたら。それに加えて、リオンのことも含めて何か言われていた場合に相手に手を上げていたらどうしよう。


 悪いことばかりが頭に浮かんできて、リオンは頭を抱えた。あの魔法使いはリオンに随分と良くしてくれる一方で、リオン以外にはほとんど関心がなく容赦もない。昨日は近くにいたので止めることができたが、リオンのいない場所でアンブロワーズの逆鱗に触れるようなことが起こったらそのまま全て破壊するかもしれない。


 今にも真っ青になってしまいそうなリオンに、シャルロットは優しく声をかける。


「きっと大丈夫よ」

「そうだといいんですが」


 シャルロットは近くにあったクッキーを手に取り、不安げなリオンの口に強引に押し込む。


「んんっ」

「お菓子でも食べて元気出して。今ここに魔法使いさんが戻ってきたら、わたくしが貴方をしょんぼりさせたんだと勘違いされてしまうわ」

「ん……」

「今日のお客様達にも珍しい靴について訊いてみたけれど、それらしいお話は聞けなかったわ。……残りは、オール侯爵」


 咀嚼したクッキーを飲み込み、リオンはシャルロットの指し示す方を見た。談笑する貴族達の中に侯爵の姿がある。


 おじさん達の輪の中から少年が一人ぽんと飛び出すように抜け出て来た。客人の間を縫うようにしてリオン達に近付いて来るのはドミニクである。


「シャルロット様、本日はお招きいただきありがとうございます」

「ドミニク様、ごきげんよう」

「リオン様、顔色があまりよくないようですが……」

「えっ。そうですか? ご、ご心配なく」

「ねえドミニク様、オール侯爵とお話することはできるかしら。挨拶はしたんだけれど、後はもう皆様に囲まれているから」

「呼んで来ましょうか」

「お願いするわ」


 ドミニクが小走りに戻って行く。ほどなくして、オール侯爵が渋々といった様子でリオン達の元へやって来た。


 シャルロットは侯爵のことを力強い視線で見上げる。対して、リオンは緊張した面持ちでシャルロットの半歩後ろから侯爵の様子を窺う。


「何か御用ですかな」

「お話があります、オール侯爵」


 一呼吸置いてから、シャルロットは一歩踏み出した。


「侯爵が珍しい靴を持っているという噂を耳にしたんです。わたくしにも見せてくださらないかしら」


 好奇心旺盛な少女が純粋な気持ちでお願いをしている。言葉だけ聞けばそう感じてしまいそうだが、王女然としたシャルロットの様子と共にいるリオンの存在がかわいらしいお願いを威圧的な命令に変える。


 侯爵はリオンのことを一瞥する。


「どこでそんな噂を聞いたのですかな、王女様は」

「昨日今日と皆様とお話をしている中で耳にしたんです。侯爵がどんな珍しい靴を持っているのか気になって。それは……。それは、ガラスの靴よりも面白いものなのかしら?」

「ふむ……。そんなものがあるのなら私も見てみたいですな。生憎心当たりがありませんね」

「あら、それじゃあただの噂だったのかしら」


 残念そうに見せるシャルロットと、余裕そうに笑う侯爵。侯爵に本当に心当たりがないのか、実は知っているからこそ知らないふりをしているのか、今の状態でははっきりしない。リオンは二人のことを交互に見た。少し離れて三人を見ているドミニクは居心地が悪そうである。


 侯爵の視線がシャルロットを飛び越してリオンへ向けられた。ばっちりと目が合い、リオンは思わず体を強張らせる。


「リオン殿、こんなところでのんびりお茶を飲んでいていいのかね。ガラスの靴は見付かったのかな?」

「い、いえ……まだ、です……」

「ふん、残された時間は少ないのではないか? 王女の茶菓子作りを手伝っていたそうだが、随分余裕があるようだな」

「えぇと……。余裕はありません」


 何を言おうか少し迷ってから、リオンははっきりと言った。困らせようと思っていたらしい侯爵は、想定よりもリオンが強く返してきたため僅かに不服そうに眉根を寄せた。しかし、すぐに不敵に笑う。


「自分の探し物が見付かっていないのに他人の持ち物が気になるのかね。まさか私が――」

「侯爵が珍しい靴、すなわちガラスの靴を所持しているのではないかと思ったのでお聞きしたのです。もしも、持っているのなら……。貴方はあの時、陛下の御前で私が靴を持っていないことを知り、自分の手元にあるのが私のガラスの靴であると分かって、靴を探し回る私のことを笑っていらっしゃったのではないか……と、思って」

「ふん」

「ですが侯爵は珍しい靴のことなどご存知ない様子。安心しました」

「安心?」

「えぇ。貴方がそんな酷いことをするような方でなくてよかったです」


 侯爵は不愉快そうである。


 本当に靴について知らないのか。侯爵のことを追い詰めたいが、次は何と言おうか。知っているのならば問い質したいし、知らないのならばこれ以上の尋問は失礼に当たる。


 ふと、リオンの視界に白が入った。真っ白いものが中庭に姿を現し、迷うことなく真っ直ぐにこちらへ小走りでやって来る。アンブロワーズである。


 機嫌の良さそうなアンブロワーズは、リオンよりも先に侯爵に顔を向けた。何かを抱えているのか、ローブが不自然に膨らんでいる。


「ごきげんようオール侯爵! 見ていただきたいものがあるんです!」

「ん。何だ、このドミノは……。あぁ、貴様、このサンドールの小僧が連れ回しているやつだな。議事堂に連れ込んでいるのも見たことがある」

「リオンの素敵な魔法使い、アンブロワーズ・リーデルシュタインです。以後お見知りおきを」

「ドミノが私に何か用かね」


 アンブロワーズはにやりと笑ってから、大きな声でリオンを呼んだ。びっくりして目を見張るリオンの前で白いローブが大きく翻る。


 中庭を照らす太陽の光が何かに反射した。アンブロワーズの手元で煌めくそれは片方だけの靴だった。見間違えるはずのないガラスの靴である。


「アンブロワーズ、それ」

「侯爵! ジャンドロン邸でこんなものを見付けたんですが! これ、ガラスの靴ですよね!」

「貴様、どうやってそれを……!」

「クロード君が教えてくれましたよ!」


 侯爵は険しい顔で振り返る。ドミニクの後ろにいたクロードは何が起こったのか全く分からず、目を丸くしていた。そして、何も言っていないと首を横に振った。


「アンブロワーズ、それは左足だね」


 リオンの言葉にアンブロワーズはにこりと微笑んで頷いた。侯爵はハッとして、目の前できらきらしている靴をよく見て確認する。


 リオンが言う通り、アンブロワーズが手にしているのはシャルロットの持っているガラスの靴の左側である。シャルロットが保管している左足の靴がジャンドロン邸から出てくるわけがない。


「侯爵、すみません私の従者がおかしなことをして。従者ではないんですが。……ですが、侯爵。先程『ガラスの靴がジャンドロン邸に置いてある』かのような発言をされたのはどうしてですか?」

「む。気のせいではないかな」

「わたくしはっきり聞いたわよ。オール侯爵、どういうことなのか教えてくれるかしら」

「ふん、知らんな。興を削がれた。今日はもう帰らせてもらうぞ」


 侯爵は困惑した様子のドミニクとクロードのことを半ば強引に引き連れて、中庭から出て行ってしまった。侯爵の退場に気が付いた貴族達がどよめく。


 リオンがガラスの君であることも、ガラスの靴のもう片方を探していることも、ほとんどの者は知らない。彼らが知っているのは、ドミニクが婚約破棄されたこと。シャルロットがオール侯爵とドミニクをお茶会に招いたのは関係悪化を防ぐためではないかと考察する者もいた。

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