Verre-3 タルト・オ・アブリコ3
ガゼボの内側にぐるりと設置されたベンチ。シャルロットはテーブルを挟む形でリオンと向き合って座った。
「昨日、お兄様がアンズをたくさんくれたの」
「ジョルジュ様は確か、果樹園地帯の視察に行かれたとか。今朝の新聞に載っていました」
「そうそう。それでね、たくさん果物や野菜をもらって帰って来たの。このアンズはわたくしの分だって分けてくれたものよ」
それで……。と、シャルロットはちらりとタルトを見る。
「この、タルト……」
「美味しそうですね」
「これ……。これね、わたくしが作ったの」
「えっ、シャルロットが?」
タルトを見ていたリオンが顔を上げてシャルロットを見る。目が合うと、シャルロットは少し恥ずかしそうに頬を赤らめて目を逸らした。
普段の食事は王宮の料理人達が作るもの。自分で何かを作ったことなどほとんどない。シェフに手取り足取り教えてもらいながら、なんとか完成させた。タルトは二つ作り、片方は料理人と使用人達と一緒に味見をした。シェフから「これなら人に出せる」の言葉をもらって、シャルロットは意気揚々とリオンの元へやって来たのだった。ところが、いざリオンの前にタルトを置くと緊張してしまった。
「お菓子なんて初めて作ったから……あまり期待しないでね……。貴方の作ったものと比べたら美味しくない……かも」
「誰にだって初めてはあります。私だって最初から料理ができたわけじゃないんですから。シャルロットの作ったタルト、食べるのがとても楽しみです」
「リオン……」
不安そうにしていたシャルロットがほっとした表情になる。
「アンズはまだ少し残っているの。ねえ、もしよかったら次は貴方も一緒に」
「いいですよ。私なんかでよければお手伝いしましょう」
「貴方がいいの。貴方がいいのよ、リオン。わたくしが作るのを手伝うんじゃなくて、貴方と一緒に作りたいの」
リオンは寸の間黙ってシャルロットを見た。驚いているようにも、考え込んでいるようにも見える。そして、顔に垂れて来ていたぼさぼさの髪を一房掻き上げながら小さく頷いた。
「う、嬉しい……です」
「ふふ」
「は、はは……」
互いに照れて恥ずかしがりながらぎこちなく笑い合っていると、盆を手にしたアンブロワーズが戻って来た。気が付いていないらしい二人の微笑ましい様子をしばし見守ってから、声をかける。
「リオン、王女様、お茶が入りましたよ」
ティーカップとソーサーを並べ、ポットから紅茶を注ぐ。そして手際よくタルトを切り分け、皿に載せる。そうして準備を終えると、アンブロワーズはリオンの隣に腰を下ろした。
シャルロットに促され、リオンはタルトを一口食べた。アンズの味と香りが口いっぱいに広がる。
「どうかしら?」
「うん……。うん、美味しいですよ」
「正直な感想を教えて」
「正直……。そうですね……。王宮の料理人は王女様に対してかなり気を遣った感想を述べ、とても甘い判定で合格を出したのだなと」
「美味しくないの……?」
「美味しいですよ。貴女が作った初めてのタルトですから。味の話じゃなくて、なんというか、思い……? って、いいものですよね」
言葉を選びながら、リオンは少しずつ感想を組み立てて行く。それが完成に近付くにつれ、シャルロットの顔は悲しげに歪んで行った。
「ちょっと、リオン。王女様しょんぼりしてますよ」
「えっ。あ。その、シャルロット。シャルロット、だから、私と一緒に作る時はもっと美味しく作れるように頑張りましょうね」
「下手くそですね貴方。そんなところも不器用でかわいいですけど。……王女様、どうか気を落とさないでくださいね。リオンは貴女のタルトを褒めているんですよ。だってこれは、貴女がリオンを思って作ったものでしょう? それが美味しくないなんてことないんですよ。誰かのために作ったものには、その人を思う気持ちが込められていますからね。例えばそれが食べ物だった時、口に入れて得られる美味しさというものは味だけではありません。思いも含めて、美味しいんですよ」
アンブロワーズの言葉にリオンは大きく頷く。
シャルロットはタルトを口に運びながら「次はもっと頑張るわ」と呟いた。
素材の良さが感じられるタルトの中身と、初めてのお菓子作りに奮闘した王女の努力が感じられるタルトの外側。初めてだからこその今しか味わえない風味と、たっぷり込められたリオンへの思い。それらが織りなす、「今日ここで食べるこのタルト」にしかない美味しさ。口に入れるだけで、噛むだけで、リオンはどんどん笑顔になった。
「お兄様がもらって来た果物と野菜、本当にたくさん山ほどあるの。パーティーが開けそうなくらい。どうやって食べようねってお兄様と考えているんだけれど」
少し考える素振りをしてから、リオンはティーカップをソーサーに置いた。いい案が思いついたのか、青い瞳がきらりと煌めく。
「……それなら、いっそパーティーを開いてしまえばいいのでは?」
「パーティーは開くのよ。でも、建国記念日のパーティーまで果物達が持つかどうか」
「いえ、建国記念日の前に開いてしまいましょう。果物や野菜をふんだんに使った料理やお菓子で、盛大なティーパーティーを。たくさん人を招待して」
「……お茶会を?」
シャルロットは疑問符を浮かべて小首を傾げる。果物達を皆で味わうことができれば良いので盛大なお茶会を開くことは間違っていない。しかし、リオンがお茶会がいいと力説しているからには何か理由があるはずである。
リオンは皿の上のタルトをフォークで切り分ける。
「貴族という貴族を集めましょう。大規模なお茶会を開いて貴族を招待し、珍しい靴を持っている人を探すんです」
「なるほど……?」
「私とシャルロットがもう片方のガラスの靴を探していることをオール侯爵以外は知りません。ガラスの君探しの時のように訊ねて回っては不思議に思われてしまうでしょうから、集めてそれとなく訊くんです。王女主催のお茶会となれば多くの方が参加してくださるでしょう。そこで、探すんです」
そう言って、リオンはタルトを一口食べた。シャルロットは自分の皿を見つめながら「なるほど……」と小さく呟く。
「果物も使えるし、靴も探せるのね」
「一石二鳥というやつです」
「いいかもしれないわね。ねえ、それなら一品一緒に作りましょ。一石三鳥よ」
「いいですね」
「ふふ、楽しみ。お兄様に相談して、お父様とお母様に言ってみるわね」
斯くして、珍しい靴を持っている貴族を探す方法が決まった。アンズのタルトの上では、どんなお茶会にしようかという話し合いが始まろうとしている。
灰かぶりがガラスの君に変身して王女様の隣に立つことができるまで、あと少し。魔法使いの献身も実を結ぶ。シャルロットと会話を弾ませ楽しそうに笑うリオンのことをアンブロワーズは穏やかな表情で見ていた。




