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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-4 硝子庭園の主
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Verre-2 タルト・オ・アブリコ2

 同じ場所にいるためには頑張って走り続けなくちゃならないんだから! リオンに言った異国のことわざを、今度は自分に言い聞かせる。シャルロットはフリルをぎゅっと掴んで、離す。


「認めさせます」


 シャルロットの凛とした顔に、ジョゼフィーヌは満足そうに笑みを零す。


「強気じゃない。いいわね。応援してるわ」


 王女様然としていたシャルロットの表情が幼さの残る笑顔に変わる。


「お姉様っ! ありがとうございます。わたくし頑張るわ。ガラスの靴を必ず見付けます」

「ガラスの靴を履いてやって来る王子様、か……。王子様のことをただ黙って座って待っているのもいいけれど、向こうが近付いて来たらちゃんと迎えに行きなさいね。向こうから来るのを待っているだけよりも、こちらからも進んだ方が早く会えるんだから」


 ジョゼフィーヌは溢れ出る妖艶さを抑えて、ただの姉として優しく言った。


 その後ジョゼフィーヌは国王と王妃に挨拶をし、旧知の使用人や兵士達に顔を見せ、帰って行った。ジョルジュが王宮に戻って来たのはジョゼフィーヌを乗せた馬車が出発して一時間も経たない頃だった。


「えっ、帰ってしまったのか」

「はい。つい先ほど……」


 馬車から降り立ったジョルジュは肩を落とす。


「お兄様にもよろしくと言っていました」

「僕もジョゼフィーヌに会いたかったな……」

「元気そうでしたよ」


 シャルロットとジョルジュは王宮の廊下を進む。


 おじさん達に囲まれて疲れ果てたジョルジュはとぼとぼと歩いていて、王子の肩書が似合う様子ではない。久方振りに妹に会って楽しく話でもしようと思っていたため、ジョゼフィーヌが帰ってしまったと聞いてさらにくたびれてしまったようにも見える。


 しかし、角を曲がって使用人が現れるとジョルジュの背筋は一瞬でピンと伸びた。


「ジョルジュ様、お帰りなさいませ」

「あぁ、ただいま。私の留守中に何か変わったことはなかったかな。何か私の確認が必要なことはあっただろうか」

「いえ、特には。本日はお疲れでしょう、ゆっくりお休みください」


 一礼して使用人が立ち去ると、再びジョルジュはくたびれた様子になった。


「本当に疲れた。僕はいつまでおじさん達に囲まれて難しい話を聞かされないといけないんだ。……ずっとだよなぁ」

「お兄様、そんなに難しい話があったんですか」

「僕だって勉強はしている。これでも次期国王だからね。色々と聞くことも見ることも多いし、おおむね理解しようとしているさ。でも、なんか、その話は別に僕にしなくていいんじゃないかなぁという話をされることもあって。今回だって本来の目的は果物畑の視察だったのに道中馬車の中で父上にすればいいような政治や経済の話を延々とされて……」


 お土産だよ、と果物の入った籠を差し出す表情は暗い。シャルロットは兄に心配な顔を向けつつ、籠を受け取った。


 籠の中にはアンズ(アブリコ)が入っていた。シャルロットはごろごろとした黄金色の実を一つ手に取る。


「いい香り。シェフにケーキでも作ってもらいましょう。その時はお兄様も一緒にお茶しましょうね。美味しいお菓子を食べれば疲れなんて吹き飛ぶわ」

「ありがとうシャルロット。その言葉だけでも元気が出るよ」


 疲労の浮かぶ顔に笑みを貼り付け、ジョルジュは妹の頭を撫でた。


 視察で訪れた果物農家はどの家も「王子様がやって来たぞ」と気合たっぷりに案内をしてくれた。馬車での行き帰りは同行した貴族や政治家のおじさんの難しい話をさんざん聞かされてうんざりだったが、目的地で畑を見たり果物を試食したりした時間は良い経験であり素敵なものだった。そして農家達は帰る際にたくさんの果物をプレゼントしてくれた。


「それは一応シャルロットの分なんだよ。厨房にもっとたくさん運び込まれるはず」

「そんなにたくさん、食べきれるかしら」


 王宮には国王一家の他に住み込みの使用人が住んでおり、交代制で常時兵士が警備に当たっている。その全員で食べたとして、一気に食べられるかは定かではない。


 いくつもの農家がそれぞれたくさんの果物や野菜を差し出して来たものだから、一つの馬車には収まりきらず、ジョルジュやおじさん達の乗っていた馬車にもいくつかに分けて載せることになったのだ。シャルロットとジョルジュが廊下で話をしている今この時も、使用人達は馬車から箱を運び出し、厨房や食品庫を往復している。


「折角もらったものだから悪くなる前に食べてしまいたいよね。僕が『美味しい』と言えば農家の人達はきっと喜んでくれるし、宣伝にもなるだろうから。でも、駄目にしてしまったら僕の信用に関わるからね……」


 シャルロットはアンズをしばらく見つめ、もう一度香りを堪能してから籠に戻す。


「たくさんあるんだったら、お菓子も料理もたくさん作れるわね」

「そうだね。パーティーくらい簡単に開けそうな量だった。でも建国記念日のパーティーまで持つかな……。足の早い果物もあるからね。僕も考えるし父上と母上に相談もするけれど、何かいい案が思いついたら教えてね」

「分かりました」


 自室の前で兄と別れ、シャルロットは部屋に入った。山盛りの果物があればテーブルくらい大きなケーキも作れそうだなと無邪気に考えながら、籠を棚に置く。頭に浮かんだのは、大きな大きなケーキを前にして驚きながら笑っているリオンの顔だった。





 翌日、シャルロットは侍女達を連れてレヴェイユを訪れていた。お忍びなので簡素な馬車だが、王宮基準の簡素は村人達にとっては豪奢である。どこの貴族がやって来たのかと子供達が興味津々な様子で後ろを付いて歩いていた。


 ゆっくり歩く白馬達に引かれて馬車はのんびり進む。そして、森に入ったところで子供達は追跡を諦めたのか引き返して行った。


「ごきげんよう!」


 ヴェルレーヌ邸に到着して、シャルロットは元気よく挨拶をする。その手には大事そうに箱が抱えられていた。


「お、王女様……! ごきげんよう。リオン、ですよね? リオンなら硝子庭園にいますよ」


 応対してくれたのはナタリーである。


「硝子庭園ですね。ありがとうございます、ナタリー様」


 ナタリーに礼をして、シャルロットは硝子庭園へ向かった。大事そうに抱えた箱の中身を確認しながら、足元に気を付けて歩く。両手が塞がっているためガラス戸は侍女に開けてもらった。


 入口で侍女を待たせ、シャルロットはガラスと植物達が咲き乱れる空間に踏み込んだ。きらきらと輝くガラス細工に照らされながら、かわいらしい花々が風に揺れている。


 通路を進んで行くとガゼボが見えて来た。シャルロットの来訪に気が付いたのはガゼボの柱に凭れていたアンブロワーズである。リオンはベンチに座って熱心にガラス製の何かを磨いており、足音にも気配にも気が付く様子はない。


「これはこれは王女様、本日もご機嫌麗しゅう」

「こんにちは、魔法使いさん」


 二人が挨拶を交してシャルロットが階段を昇り始めたところで、ようやくリオンは顔を上げる。


「シャルロット! すみません、気が付きませんでした。ごきげんよう、殿下」

「ごきげんよう。何を磨いていたの?」


 シャルロットに問われて、リオンは手にしていたものをテーブルに置いた。


「ネズミです」


 テーブルの上にちょこんと座るガラス製のネズミの置物。透き通った体に宝石でできた青い瞳が映える。


「このネズミさんもオークションで?」

「この子はこの間出かけた町のガラス工房で買ったんです」

「へぇ。かわいい」


 テーブルにシャルロットが近付くと、手にした箱から甘い香りが漂って来た。リオンの方を見ていたアンブロワーズがシャルロットに目を向ける。


「王女様、その手に大事そうに持った箱は何ですか?」

「いい香りがしますね」

「あっ、これは……。今日はね、これを持って来たのよ」


 シャルロットはネズミの置物の横に箱を置き、そっと蓋を開けた。中に入っていたのはタルトである。隔てるものがなくなり、香りが一層強くなる。


「アンズのタルトよ。貴方と一緒に食べようと思って」

「わ、美味しそう……!」

「では俺はお茶を入れて来ますね」

「うん、ありがとう。よろしく」


 アンブロワーズはにこりとリオンに微笑みかけてから、シャルロットに一礼をして硝子庭園を後にした。

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