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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-3 魔法使いの祝福
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Verre-5 赤き狼の宿3

 リオンは料理をすることが好きだ。最初こそ継母達に無理やりやらされていたが、腕が上がるにつれて好きになった。レパートリーが増えるのはいいことなので、気になる料理や気になる食材があればレシピを聞いたり名前をメモしたりするようにしている。


 自分で作るのだというリオンに、ヴォルフガングは目を丸くした。


「アンタ貴族の坊ちゃんだろ? アンタが料理するのか」

「私の家には使用人がいなくて……。雇える状態ではないんです……。なので、私が」

「へぇ、珍しいやつもいるんだな。ルージュ・ヴァルフォレトに貴族はもういないけど、貴族の末裔ってやつは皆過去の威光を掲げて高いところでふんぞり返ってる嫌なやつばかりだから」


 スープもパンもぺろりと平らげたヴォルフガングがリオンの背中をバシバシ叩いた。ふさふさの尻尾は大きく大きく振られている。


「気に入ったぜ坊ちゃん。わざわざ自分から出向いて来るし俺の料理も褒めてくれるし。アイントプフのレシピもガラスの毒リンゴのことも知ってることなんだって教えてやるよ! わはは!」

「ありがとうございま……痛い! 痛いです!」

「おぉ、悪かったな。ゆっくりたくさん食ってくれよな。作った甲斐があるぜ! ははは!」


 豪快に笑いながら、ヴォルフガングは自分の分の皿を持ってキッチンへ向かって行った。


 外国の料理も美味しい、とシャルロットが食事をどんどん口に運ぶ。少し硬いパンには驚きを見せたが、それもいつもと違って面白いと嬉しそうに頬張る。


「美味しいわね、リオン」

「そうですね。……こうして、シャルロットと食事をすることができるだなんて思ってもいませんでした」

「わたくしと一緒だともっと美味しい?」

「そっ……そう、かも、しれませんね」


 見本の味をしっかり味わいながら咀嚼していたリオンは、シャルロットの笑顔に意識を持っていかれながらも料理を飲み込んだ。咽そうになり、慌ててスープを飲む。


「大丈夫!?」

「大丈夫です……」


 外国の他の料理も気になるね、という話をしながらスープとパンを口に運び、リオンとシャルロットは食事を終えた。


 後片付けをしているヴォルフガングに、キッチンを見回しながらリオンは声をかける。


「人参か、何か野菜は余っていませんか」

「足りなかった? 生で食べるか」

「表に馬がいるんです」

「馬? あぁ、王女様と坊ちゃんが徒歩で来るわけねえもんな。ほら、持ってってやれ」


 箱から出された人参数本を受け取り、リオンは外に出る。


 夜の森は真っ暗で、小屋から少しでも離れると自分の近くさえ見えなくなりそうだった。生い茂る木々は月明かりを遮り、深い闇を生み出している。遠くから鳥や獣の鳴き声が聞こえた。


「シトルイユ、ご飯だよ。ほら、君もお食べ」


 人参に齧りつくシトルイユを見て、王宮の白馬も人参に顔を近付ける。この馬が日々王宮で何を食べているのかリオンは知らないし、シャルロットに訊ねたところで彼女も分からないだろう。上質な草や野菜と比べると多少は劣るかもしれないが、他に食べるものもないので白馬は少しずつ人参を齧った。


 夜風に当たりながら馬達を見ていると、近くの茂みが大きく動いた。白馬が驚き、それにシトルイユが驚く。


「な、何……? 熊……?」

「リオン!」


 茂みの中から姿を現したのは白いローブに葉や枝をくっつけたアンブロワーズだった。


「よかった! 会えた! ここに辿り着いていたんですね! 王女様も一緒ですか?」


 アンブロワーズは地図と方位磁針を手にしていた。リオンのことを見付けて、心底ほっとした様子である。


「シャルロットは小屋にいるよ。ガラスの毒リンゴの出品者も中に」

「よかった……。本当に、よかった……。こんな森の中で貴方を見失って、俺は……。生きた心地がしませんでした……」

「私も君に会えて安心したよ。ドミニク様と使用人達は」

「腕っぷしのいい使用人が賊を伸してくれて、怪我人はいません。ドミニク様は侯爵家の使用人と従者と共に帰りました。王宮の使用人達はそこの茂みにいます」


 ここにいるよとアピールするように茂みが小さく揺れた。


「馬達も元気そうですね。リオンも王女様も怪我はありませんか」

「うん」


 よかった、と朗らかに笑っていたアンブロワーズが不意に表情を消した。リオンに詰め寄って、右耳にそっと手を添える。


 ヴォルフガングに噛み付かれた痕。じんわりと血が滲んでおり、ベッドで休む前に応急処置をしてもらった。手が触れてリオンが少し痛がる素振りを見せると、アンブロワーズの顔は険しいものになった。


「……リオン、この耳は? この包帯は何?」

「これは……。何ともないよ。ちゃんと手当してもらったし」

「誰にやられたんですか?」


 リオンが答える前に、玄関のドアが開いてヴォルフガングが外に出て来た。シャルロットも顔を覗かせる。


「賑やかな声がすると思ったら。よお、もしかしてアンタが手紙をくれたアンブローズさんか?」

「アンブロワーズです。イェーガーさんですか? ……は?」


 リオンからヴォルフガングへと視線を移したアンブロワーズが耳と尻尾と爪と牙を凝視する。


「狼……。リオン、こいつにやられたんですか」

「ちょっと侵入者を驚かせようと思っただけなんだ。まさか坊ちゃんだとは思わなくてよ」

「キサマがリオンを傷付けたんですね」


 翼を大きく広げ、相手が白に気を取られた隙に飛びかかる。アンブロワーズはヴォルフガングの胸倉を掴んで勢いよく押し倒した。


 鳩と狼が対峙した時、食われるのは鳩の方だ。しかし、アンブロワーズの気迫とヴォルフガングの動揺だけを見れば立場は逆である。闇夜に広がる純白の翼はアンブロワーズのことを巨大な怪物のように見せている。


「おいおい、落ち着けって」

「許しません。その死を以て償いなさい」

「アンブロワーズ、やめて。その人が死んだら話を聞けなくなる。それにシャルロットの前でそんなことしないで」

「リオンは黙ってください! 貴方、怖かったんでしょう!? 恐ろしかったんでしょう!? 俺が、全部なかったことにしてあげますから」


 真っ白なローブが翻る。アンブロワーズは普段隠れている太腿のベルトから流れる動きでナイフを引き抜き、ヴォルフガング目がけて大きく振りかぶった。


 リオンが止めようとして駆け出す。シャルロットが目を覆う。ヴォルフガングがナイフを受け止めようとして手を動かす。


 しかし、ナイフは振り下ろされなかった。腕を上げたまま、アンブロワーズの動きは止まってしまったのだ。ナイフをヴォルフガングに弾き飛ばされても、しばらくの間固まっていた。


「……っ、く。……い、た……っ」


 ゆっくりと腕を下ろし、立ち上がる。バランスを崩しかけたところをリオンに支えられ、苦痛に歪む顔に僅かに歓喜が滲んだ。


「あ、ありがとうございます……! リオン……!」

「まだどこか痛いの。全快したって医者に言われたって」

「えぇ、言いましたよ。『医者から全快のお墨付きをもらった』と、俺が」

「医者は本当は何て言ったの」

「『もう少しだけ安静にして』と……」

「もうっ、君というやつは」


 どこか痛めてるのか? と問いながらヴォルフガングが拾ったナイフを差し出す。


 小さいながらも鋭い刃の光るナイフである。木製の柄には金色の装飾が施されており、紫色の宝石が埋め込まれていた。レヴェイユの村の市場に行商人がやって来た時、お金が足りないと言うアンブロワーズにリオンが買い与えたものである。元々は貴人のコレクションになるような観賞用のものであって物を斬ることのできる刃ではなかったのだが、鍛冶屋に依頼して刃を付け替え、実戦用に改良したのだ。


 アンブロワーズはヴォルフガングのことを睨み付けながらナイフを受け取り、鞘にしまう。


「今の状態でキサマをどうこうすることはできないのでやめておきます。リオンもそれを望んでいないようですし。でも、絶対に許しませんからね」

「坊ちゃんの従者怖いな」

「俺は使用人ではありません。……外で立ち話はやめましょう、本物の使用人達がそこで聞き耳を立てていますから。教えてくれますか、貴方がオークションに出品したもののこと」

「落ち着けばちゃんと話せるんじゃないか。いいぜ。お茶でも淹れて話そうか」

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