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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-2 貴方こそがわたくしの
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Verre-9 それぞれの思惑3

「わ、私は、ガラスの靴を持っていません、シャルロット様……。ずっと、ずっとずっと探しているのですが……」

「貴方はガラスの君なんでしょ。嘘なんて吐いていないわよね。だって衣装を持っていたわ」

「……はい」


 似せた服を作ったのではないのかね? と侯爵が問う。リオンは首を横に振るが、先日の衣装がガラスの君のオリジナルだという証拠はない。リオンの顔から、動揺以外の表情が全て消える。


 シャルロットはリオンのジャケットから手を離す。ぐっと拳を握って気合を入れてから、両親に向き直る。


「お父様、お母様。条件はガラスの靴に両足がぴったり入ること。そうですよね。みんなが話し合って、そうしようって決まったんでしょ。わたくしちゃんと聞きました。ねえ、そうでしょ」

「そうだな。そうと決めた」

「でも、彼の元には靴がないんでしょう?」

「それなら、探します!」


 シャルロットはリオンより数歩前に出る。庇うように、守るように、広がるドレスの影に隠してしまうように。


 リオンはシャルロットの後ろ姿を見つめる。小さな背中は長い髪に隠れてしまって見えないが、随分とたくましい存在がそこに広がっているように思えた。


「わたくし、ガラスの靴を探します! もう片方が見付かって、それもリオンの足にぴったりだったらいいでしょう?」


 国王と王妃は顔を見合わせる。


「決めたことを変えてしまっては皆に示しが付かないからな……」

「そうね。そうなったのであれば」

「恐れながら陛下、よろしいでしょうか」


 割って入って来たのはオール侯爵である。


「リオン殿は靴を探すと言って時間稼ぎをするつもりやもしれません。どこかの職人に靴を作らせて、これこそがあの時の靴だと言って来る可能性もありますよ」

「リオンはそんなことしないわ!」

「王女様、貴女は彼に舞踏会で会っただけでしょう。彼のことを詳しく知っていらっしゃるのですか?」

「し、知ってるわ! リオンはね、カヌレが好きなのよ!」

「ははは、かわいらしいお菓子が好きなのですなリオン殿は。……王女様、訊ねているのはそういうことではありませんよ」


 シャルロットは小さな子供のように膨れっ面で侯爵を見る。


 大きくなってからリオンと会ったのは舞踏会の日と一昨日だけ。だが、シャルロットの中には幼き日の思い出が残っている。屋敷の近くにあるケーキ屋のカヌレが好きなのだと言って笑う小さなリオンのことを覚えている。


 あの時、約束をした。リオンはそれに応えてくれた。


 シャルロットはリオンを振り向く。物語に登場する、お姫様を迎えに来てくれる王子様。自分の元にもいつか現れるのかもしれないと小さな頃から思っていた。そして、別荘で出会ったリオンに小さな心は大きくときめいた。この人こそが自分の王子様に違いない。思い切って、気持ちをぶつけた。子供の恋心は一夜の熱のようで、それでいて確かなものだった。やがて月日は流れ、王子様はガラスの靴を履いて現れた。


 随分と見た目が変わってしまっていて、ガラスの君がリオンだとは気が付かなかった。しかし、シャルロットの心を揺さ振ったのはまたしてもリオンだったのだ。やっぱりこの人なんだ。この人じゃなきゃいけないんだ。シャルロットは駆け寄るように近付き、リオンの手をぎゅっと握った。


「シャルロット……様」


 動揺以外のものが消えていたリオンの顔に、僅かに安堵が滲む。その表情はすぐに不安に変わってしまったが、不安でいる今でさえ動揺し続けていた先程よりは落ち着いている状態である。


「リオン、わたくしと一緒にもう片方のガラスの靴を探しましょう。ね」

「シャルロット様、そこまでして」

「だって約束したじゃないの。その約束をお互いに覚えていて、今こうしているんだったら、そこまでするに決まっているでしょ」

「強い、ですね。貴女は。変わらないな」


 リオンは静かに目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。シャルロットの手を握り返して目を開くと、その顔から不安は消えていた。強引に塗り重ねた自信を被って、国王と王妃に対峙する。


「陛下、お願いします。ガラスの靴を探す時間をください。期限を決めていただいて構いません。見付からなかった時は……」


 リオンはシャルロットに一瞬視線を向ける。


「見付からなかった時は、この件はなかったことに」

「リ、リオン……!」

「オール侯爵も、よろしいですね」

「ふん、私に確認を取る必要があるのかね」

「陛下、お願いします。私に時間をください」


 リオンは国王と王妃に頭を下げる。シャルロットも続いて頭を下げた。


 国王と王妃は顔を見合わせた。一言二言交わしてから二人は正面に向き直る。


「では、六月の……」


 国王は右手を上げて、五本の指を開いて掌を見せた。そこに左手の人差し指を加える。


 国王が提示して来た六月という期限にリオンは僅かにたじろぐ。仮にガラスの靴が見付かった場合、リオンのことを盛大に発表するつもりなのだ。娘のために必ず靴を見付けて来いという圧を感じ、リオンは恐怖にも似た感覚に捕らわれた。


 ガラスの靴が見付からなければリオンの居場所はここにはない。没落寸前の家の令息など、王女の隣に並び立つにはふさわしくないのだから。


「六月……十日……。いえ、九日まで、ですね……?」

「君が無事にガラスの靴を見付けて来られれば、式典で大々的に発表しよう」


 六月十日はレヴオルロージュの建国記念日である。毎年式典が開かれ、王都パンデュールの城下町ではパレードが行われる。その催しの中でリオンがシャルロットの新しい婚約者であると国民皆に向けて公表するのだ。


 今すぐにこの場から逃げ出してしまいたい。それくらい恐ろしくて、プレッシャーに押し潰されそうで、体が震え出しそうだった。手袋の中にじんわりと滲む汗を握り締めて、リオンは国王を見据える。


「分かりました」

「うむ。君はサンドール子爵の代理としてよく努力をしている良い子だと思う。しかしオール侯爵の言っていることも一理ある。そこで」


 国王は先程から黙って様子を見守っているドミニクに目を向けた。油断していたドミニクが小さく悲鳴を上げる。


「こちらでシャルロットとリオン君の動向を追う使用人を用意する。もちろん彼らには影に徹してもらうからいないものとして扱ってもらって構わない。そこに加えて、シャルロットがリオン君の元へ出向く際にはドミニクも同行するように」

「ぼっ、僕がですか……!?」

「君が同行していれば侯爵も安心だろう。もちろん学業優先だ。休日にタイミングが合えばお願いするよ」

「陛下からの命を受けられるなんて、光栄です……。頑張ります……!」

「君のことは随分と振り回してしまったな。もう少しだけ辛抱してくれ」


 王女の婚約者として舞踏会で発表され、婚約者としての日々を過ごし、結婚式を行うという発表の直後に婚約破棄されたドミニク。六月九日までにガラスの靴が見付からなければリオンは婚約者候補ではなくなるため、婚約者の話はドミニクに舞い戻って来る。


 ガラスの靴、早く見付かりますように。そう願うドミニクと、靴なんて見付かるなと願う侯爵。父親は息子のことを視線で鋭く射貫く。


「ふんっ。ドミニク! あの男のことをよく見張っておくんだぞ」

「は、はい……」

「陛下、私はそれで構いませんよ。靴が見付かるといいですな、サンドール子爵代理」


 一年半も探して見付からなかったものが一ヶ月程で見付かるわけがない。侯爵は余裕たっぷりに笑った。リオンは苦笑いし、シャルロットは膨れっ面で侯爵を睨む。


 話が大方纏まったと見た国王がリオンに下がっていいと伝える。リオンは国王と王妃、ジャンドロン親子に頭を下げてから玉座の間から退室した。


 自分の後ろで大きな扉が閉まったことが分かった瞬間、張り詰めていた緊張感が切れてドッと疲れが襲い掛かった。一歩一歩確かめるように数歩進んで、ゆっくりと深呼吸する。国王と王妃に対してとんでもない宣言をしてしまった。情けない顔になってから、追い駆けて来たシャルロットに気が付き表情を引き締める。


「リオン、大丈夫なの。お父様とお母様にあんなこと言って」

「やります。私はやりますよ。それに先に靴を探すと言ったのは貴女です」

「期限を決めていいって言ったのは貴方よ」


 リオンはシャルロットから少し目を逸らす。シャルロットはその視線の先に回り込む。


「……やってやります。ガラスの靴、絶対に見付けましょう、シャルロット様」


 決意に満ちたきりっとした顔に、シャルロットは目を丸くする。動揺したり焦ったりしていた先程とは違う。無理して強引に貼り付けている顔だが、シャルロットにはそれを知る由はない。


「よし! 頑張りましょ、リオン」

「はい」


 にっこりとシャルロットが笑う。答えるようにリオンも微笑んだ。

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