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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-2 貴方こそがわたくしの
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Verre-8 それぞれの思惑2

 馬車に揺られ、リオンとシャルロットは王宮へ辿り着いた。使用人や騎士達が出迎える。


 先に馬車から降り立ったシャルロットがリオンに手を差し伸べた。


「えっ」

「わたくしがこのようにしてもいいでしょう? さ、ムッシュ。お手を」


 躊躇いがちに出されたリオンの手をシャルロットはしっかりと取った。リオンは馬車から降り、シャルロットと並び立つ。


「ねえリオン、魔法使いさんは大丈夫?」

「アンブロワーズ? どうして」

「この間、彼が馬に乗って、貴方が馬を引いているのを見たから。魔法使いさんぐったりしていたし、もしかしたら具合が悪かったのかと思って」


 長い廊下を歩きながら、シャルロットはちらりとリオンのことを見上げる。


 使用人達は並んで歩く二人に挨拶をして通り過ぎて行く。先日は灰塗れだったため不審に思われてしまったが、今日はしっかりとサンドール子爵代理の装いだ。立派な貴公子の姿は王宮にいても場違いなどではない。


「……アンブロワーズは体調を崩してしまって。王宮なんて初めてで、豪華すぎる空気に酔ってしまったようなんです」

「まあ、そうなの」


 王宮にいた何者かに窓から投げ落とされたなどとシャルロットに言うことはできない。リオンは心の中で、嘘を吐いてしまったことを詫びつつ、これはシャルロットに余計な心配をかけないためなのだと自分に言い聞かせる。


「それじゃあ、魔法使いさんに『お大事に』と伝えておいてね」

「優しいですね、シャルロット様。一度会っただけのドミノに」


 玉座の間の大きな扉の前でシャルロットは立ち止まる。振り返った勢いで金色の髪がふわりと広がった。重力に従って下りて行く髪の間から紫色の瞳が覗く。


 ドレスにまぶしてある花の甘い香りがリオンのことを包んだ。緩みそうになる顔を「ここは玉座の間の前だ」と念じてどうにか普段通りの顔にする。


「だって魔法使いさんは貴方の大事なお友達でしょう? わたくしはお友達の元気がないと自分も悲しくなってしまうわ。だから、魔法使いさんの元気がなかったら貴方も悲しくなってしまうんじゃないかと思って。もちろん、魔法使いさん本人のことだって心配よ」

「……優しい」


 他を慈しむ顔にリオンは見惚れた。実年齢よりもずっと大人びていて美しいようにさえ思えた。内から湧き出て来る歓喜を抑え込もうとして、耐えきれずに複雑怪奇な表情になり、後退って、顔を覆って蹲った。


 シャルロットも、その場にいた使用人達も、突然の動きに目を見張った。


「リ、リオン、どうしたの、大丈夫」

「シャルロット様の優しさに感銘を受けているところです。私の友人のことまで気遣っていただけるなんて」

「そんな、大げさよ。嬉しいけど。わたくし、我がまま姫だなんて言われることだってあるんだから。どこの誰かも分からないガラスの君なんていう靴を落とした男と結婚したいなんて! って」


 シャルロットは屈んでリオンに手を差し出した。ドレスがふんわりと広がり、大きな花の上に小人が載っているようになる。


「わたくしの素敵なガラスの君。共に参りましょう」


 シャルロットはリオンを立ち上がらせ、手を引いて扉の前に立つ。衛兵の守っている扉がゆっくりと開き、二人は並んで玉座の間に足を踏み入れた。


 玉座の間で二人を待っていたのは国王と王妃とその護衛だけではなかった。二人に気が付き、ジャンドロン親子が顔を向けた。リオンを睨み付けるオール侯爵と、居心地が悪そうなドミニク。


 シャルロットはドミニクを見て声を上げ、リオンはオール侯爵を見て青ざめる。


「ご苦労、シャルロット。そして、ごきげんようリオン・ヴェルレーヌ君」


 国王はお遣いから戻って来た娘を労い、連れて来られたガラスの君に挨拶をする。


「リオン君、君がシャルロットに思いを寄せていることも、シャルロットが君に対して同じように思っていることも分かっている。シャルロットの気持ちを汲んでやりたいが、そう簡単なものではない。君も分かっているだろう。君は貴族の息子で、その子はこの国の王女だ」

「はい……」

「ただ、ドミニクがシャルロットの意向に同意している。元々の婚約者が婚約破棄を認めているのだから、別の者を立てなければならない。いつまでもシャルロットの婚約者を不在にはできないからな」

「お父様! では、わたくしはリオンと……」


 シャルロットのことを制止して、国王はオール侯爵をちらりと見る。


「昨日、貴族や政治家達を集めて話をした。その結果、君が本当にガラスの君ならば婚約者として認めてもいいのではないかということになった。ガラスの君だと確定しても、そこからまた話し合いを経る必要があるが」

「リオンはガラスの君よ」


 オール侯爵が一歩前に出た。侯爵はリオンを睨み付けて怯ませ、シャルロットに恭しく礼をする。そして、リオンの足元を指差した。


「リオン・ヴェルレーヌ。もう片方は持っているのだろう?」

「もう……片方……?」


 リオンは自分の足を見て、ハッとして顔を上げる。その反応に、大人達は少し不思議そうな顔になった。


 もう片方って? とシャルロットが訊ねる。


「王女様が拾われて先日彼に履かせたガラスの靴は片方だけでしょう。舞踏会の際に脱げた方。彼がガラスの君本人ならば、もう片方の靴を持っているはずではありませんか、殿下」

「両足ぴったりなら認めてくれるのね、お父様、お母様」

「えぇ、そうね。私達だって貴女達を苦しめたいわけじゃないのよ。でもこれは大事なことだから。分かってね」


 王妃はそこまで言って、リオンをちらりと見た。


「本人の前でこういうことは言いたくないけれど、サンドール子爵家は大変な状況でしょう? 貴方自身は素敵な子かもしれないけれど、周囲の目というものがあるのよ。貴方がシャルロットにふさわしいのかどうか、みんな怖い目で見ているわ。シャルロットの気持ちというものがなければ、貴方がここに立つことすらできない人間だということは理解してね」


 王妃の声は優しい。優しくて、きつい。現実を突き付ける穏やかな声に、リオンは少し視線を彷徨わせる。


 サンドール子爵家はあと一歩悪い方向へ踏み出せばすぐに没落する可能性がある。そんな不安定な家は王女の相手にふさわしくない。リオンがシャルロットと並び立つためには、シャルロットの求めるガラスの君として皆に認めてもらわなければならない。


 靴さえ合えばいい、という条件は非常に寛容なものだ。シャルロットは両親に強く訴え続け、それを受けて国王と王妃は貴族や政治家達を集めて話し合った。その結果出された条件が、両足をガラスの靴に入れること。ガラスの君であればガラスの靴に足がぴったり入る。とはいえこれはガラスの靴が一足揃っている前提だ。


「ね、リオン、今度お屋敷からもう片方のガラスの靴を……」


 リオンは、もう片方を持っていない。


 シャルロットは返事をしないリオンのことを見上げる。


「……リオン?」

「あ……ぇ……。わ……。私……は、持っていません……」

「え?」

「右足……。ガラスの靴の右足は、私の手元にはありません。王宮を出て屋敷に着くまでの間で落としました……」


 玉座の間にどよめきが広がる。


 先程「もう片方」と言われた時のリオンの反応に合点が行ったらしいオール侯爵が僅かに口角を上げた。予想外の展開が起こっても、見付けた隙は逃さない。


「おや、困りましたな。まさかリオン殿はガラスの君を騙っていたのかな? 片足が靴に入る人間なら国中探せばガラスの君以外にもいる可能性もある。片方入ったから、そのまま地位を得ようとした、とか」

「侯爵! リオンはそんなことしないわ!」

「ですが王女様、靴の片方は彼の元にはないと言っていましたよ。本人が」

「それは……。ねぇ! ねえっ、リオン!」


 シャルロットはリオンを振り返る。戸惑っているシャルロットに見向きもせず、リオンはただ一人立ち竦んで動揺していた。周りを見る余裕などなかった。今、この場で自分はどうすればいいのか。くるくるとその場を歩き回り始めたところで、シャルロットにジャケットの裾を引っ張られる。


 リオンはシャルロットを見て、国王と王妃を見て、オール侯爵を見た。侯爵の後ろに控えているドミニクは黙ったまま困った様子でリオンを見ていた。

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