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灰かぶり子爵の硝子庭園  作者: 月城こと葉
Recueillir-2 貴方こそがわたくしの
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Verre-5 王女様のお相手1

 玉座の間。豪奢な椅子に腰かけた国王と王妃が娘のことを見ている。シャルロットの傍らにはジョルジュが寄り添っているが、あくまで隣に立っているだけである。今日の両親と妹の会話に割り込む予定はない。


「シャルロット、ガラスの君がついに見付かったそうだが」

「はい、お父様。このガラスの靴がぴったりでしたし、本人も舞踏会で私と踊ったと言っています」


 シャルロットの合図で扉が開き。若い男が玉座の間に足を踏み入れた。濃紺を基調とした、細かな刺繍が施された衣装に身を包んだ男である。青いリボンで束ねられた銀色の髪が揺れる。


 国王が、王妃が、使用人達が、見惚れた。あまりにも美しい衣装と、それに負けない着用者。今この瞬間、突然舞踏会が始まってもおかしくないくらいの盛り上がりだ。


 リオンは自分に向けられる大量の視線に緊張しながら、シャルロットの元へ向かう。足元はアンブロワーズが持って来てくれた、議会に行く際に履いている靴だ。


「陛下、お目にかかることができて光栄です」

「君がガラスの君? どこかで見たことがあるような気もするが」

「私は、サンドール子爵ガエル・ヴェルレーヌが嫡男、リオン・ヴェルレーヌでございます」

「サンドール子爵の」


 シャルロットは手にしていたガラスの靴を床に置く。


「リオン、お父様とお母様に靴がぴったりなところを見せて」


 王女付きの侍女が椅子を持って来てくれた。リオンは椅子に腰を下ろし、左足の靴をガラスの靴に履き替える。屋敷の前で確認した時と同じように、足はガラスの靴にすんなりと入った。国王も王妃も、その様子をしっかりと見届ける。


 サンドール子爵家のリオンの足にガラスの君が落としたガラスの靴がぴったりだ。王女シャルロットはガラスの靴がぴったりなガラスの君と結婚すると言った。すなわち、シャルロットの相手はリオン。玉座の間にいた人々が、より一層興味深そうにリオンを見た。


 シャルロットは椅子に座ったままのリオンに飛び付くようにして、彼の腕を取った。


「お父様、お母様、わたくしはこの方と結婚します!」

「う、うむ……しかしな……」

「シャルロット、サンドール子爵にはこのことを言ってあるの?」

「あっ。ま、まだです……」


 そろそろとリオンから離れ、シャルロットは両親から目を逸らす。


「王族と貴族の婚姻は、家同士の大切なやり取りだ。子爵とも話をしなければならない。リオン、子爵と話をすることは可能だろうか」


 シャルロットは屋敷を訪れたが、国王や王妃が屋敷にわざわざやって来ることなどないだろう。国王と子爵が話し合いをするためには、子爵が王宮に赴く必要がある。しかし、子爵はここしばらく村の外はおろか屋敷の外にすら出たことがほとんどない。元気のありそうな日にリオンを訪ねて硝子庭園を訪れることもあるが、それもごくごくわずかな時間である。


 リオンは椅子から立ち上がり、高い位置に座っている国王と王妃を見上げる。


「父は、体調がすぐれなくて……。議会も私が代理で出席していますし、陛下とお話しするのは、難しいかと……」

「なるほど、だから君の姿を見たことがあったのだな。……では、君が子爵にちゃんと話をして、子爵の言葉を私に知らせたまえ」

「は、はい。分かりました」


 続きはまた今度。そう言って、国王はリオンに下がるように告げた。リオンは靴を履き替え、国王と王妃に深々と頭を下げてから玉座の間を退出した。


 廊下に出てから少し歩くと、シャルロットが後を追いかけて来た。


「リオン、リオン! お父様もお母様も、別に怒っていて貴方を認めないとか、そういうんじゃないのよ。貴方のお父様に話をしないで貴方を連れて来たわたくしが悪いんだわ」

「シャルロット様、もう少し、待っていてくださいね」


 シャルロットの頭を軽く撫でて、リオンは踵を返して歩き出した。王宮の廊下にいてもおかしくない、それどころか王宮に負けないくらい美しいガラスの君が颯爽と歩いて行くのを、人々は目で追った。


 外に出て、近くにいた使用人にシトルイユの居場所を訊く。すると、すぐに馬係がシトルイユを連れて来てくれた。愛馬は嬉しそうにリオンに顔を擦り付ける。


「ひとまず帰ろう、シトルイユ。……あれ。アンブロワーズは……?」


 玉座の間に入る際、アンブロワーズは廊下でリオンのことを見送ってくれた。待っているのだとばかり思っていたが、外に出るまでの間に彼に会うことはなかった。


 リオンはシトルイユの引き綱を手にして、周囲を見回す。数多の人々が行き来する王宮の敷地内であっても、あの純白を見逃すことはないだろう。ところがどこにも見当たらない。リオンはその場で三周ほどして、立ち止まる。


「私を置いて帰るとは思えないけれど……」


 それならば、まだ王宮の中だろうか……。


 足元に白い羽根がはらはらと落ちて来た。見覚えのありすぎる羽根に、リオンが聳え立つ王宮を見上げた、その時だった。


 真っ白なものが窓から放り出され、地面に落ちる。


 声が出るよりも先に足が動いた。シトルイユから手を離し、駆け出す。


「アンブロワーズ!」


 アンブロワーズは地面に横たわったまま動かない。リオンは駆け寄り、抱き起す。窓の傍から誰かが立ち去るのが見えたが、後ろ姿だったため誰なのかは分からなかった。


「アンブロワーズ、しっかりして」

「リ……オン……」


 うっすらと開かれた目がリオンに向けられた。オレンジ色の瞳は力なく揺れている。


「貴方の腕の中にいるなんて、これは夢ですかね……。天国? 俺死んだ?」

「痛いところはどこ? 怪我は?」

「……痛い。これ、現実……? 俺、貴方の腕の中に……? 現実?」

「頭を打ったのか? ここがどこか分かるか。私のこと、分かる?」

「ここは王宮。貴方は、俺の大切なリオン」

「何があったの」


 リオンの問いかけに、アンブロワーズは窓へ視線を向ける。


「貴方を待っていて……。痛っ……!」


 アンブロワーズは痛みに顔を歪める。リオンにはどこが痛いのか分からない。しかし、いつも余裕そうにしてへらへらとしているアンブロワーズが辛そうにしているのは珍しく、リオンの表情には驚きと焦りの色が滲んだ。


 近くにいた使用人や来訪者達が二人のことを心配そうに見ている。一人が声を掛けたが、リオンの耳には入ってこなかった。


「ど、どうしよう……。とりあえず病院に……。シトルイユ! 来てくれ!」

「あぁ、いいですよ俺のことなんて。放っておけばそのうち……うっ」


 駆けて来たシトルイユにアンブロワーズのことを乗せる。乗せようとした。だが、リオンの力ではアンブロワーズの体は持ち上がらなかった。人間の体を飛ばす大きさの翼を背負っているため、見た目の印象よりも翼の分重い。翼がなくとも上がらないかもしれないが、翼があるから余計上がらない。そこでようやく、リオンの耳に周囲の声が入った。使用人数人が手伝ってくれ、近くにある病院の場所も教えてくれた。礼をして、リオンはシトルイユの引き綱を引いて歩き出す。


 誰かが落ちたと、小さな騒ぎが起きていた。騒ぎを聞き付けて窓辺にやって来たシャルロットは、門から出て行くリオンの後ろ姿を見付けた。主が馬を引き、従者が馬に乗っている状況に首を傾げた。


 門前の通りを進み、曲がって少し行ったところに使用人に言われた病院があった。医者曰く、体を強く打ったので衝撃が体中に響いているとのこと。傷になっている場所は処置をしてくれたが、痛みは引くまで安静にしているしかないという。幸いにも骨折はしていないようだが、それは人間と同じ部分だけの話だ。


「翼は診てもらえないのでしょうか」

「貴族の若様の頼みは聞いてやりたいけれど、ドミノを診たことはなくてね」

「そうですか。ではそれは地元で診てもらいます」


 病院のベッドで少し休ませてから、リオンは再びアンブロワーズをシトルイユに乗せて出発した。


 レヴェイユに着いてすぐに診療所に向かい、下宿先の時計屋に事情を言い、市場で買い出しをして、すっかり日が暮れた頃に森の屋敷へ到着した。昼食を食べ損ねたため、腹の虫が食事を求めて鳴いている。


 シトルイユを厩に入れ、その背中から下ろしたアンブロワーズに肩を貸して歩く。


「すみません、リオン。迷惑をかけてしまって」

「気にしないで。私はいつも君に助けられているんだから、そのお返しだと思って」


 屋敷に戻って来たリオンを見て、継母と義姉達は目を丸くした。リオンがガラスの君の格好をしていたことに加えて、アンブロワーズがぼろぼろだったからだ。


 心配で様子を見守りたいから連れ帰って来たということと、アンブロワーズを寝かせてから夕食の用意をすることを伝える。買って来た食材をキッチンに置いてから、リオンは自室へ向かった。


「あまりいい寝床ではないけれど、ここを使ってね」


 自分のベッドにアンブロワーズを横たえ、リオンは頼れる魔法使いの真っ白な翼を軽く撫でる。村の医者の見立てでは、翼も骨折はしていないとのこと。診断を聞いて、リオンはほっと胸を撫で下ろした。


「リ、リオンのベッド。リオンのベッドで寝ていいんですか。これは、今度こそ夢なんじゃ」

「元気はあるみたいでよかった」

「貴方はどこで寝るんです」

「私は床でいいよ」

「そんな! 俺が床で寝ますから! うぅ痛っ!?」

「あぁもう、勢いよく動いたらいけないよ」


 リオンは起き上がろうとするアンブロワーズを半ば強引に寝かせ、くたびれた毛布をそっと掛けてやった。


「王宮で何があったのか、後で教えて。それまで安静にしてて」

「……分かりました」


 おとなしく毛布にくるまったのを見届けて、リオンは部屋を出た。

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