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呪われ伯爵の優雅な生活。〜契約結婚のはずなのに嫁が可愛すぎる件!  作者: みこと。@ゆるゆる活動中*´꒳`ฅ
本編

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9/11

9.静かな夜と、騒がしい朝(解呪)

 彼の手にあった白石の指輪が、変化を見せた。


「?」


 夜の黒い窓に映るそれを、はじめ何かの反射で見間違えたのだと、サミュエルは思った。


 しかし。

 明らかに指輪が多彩な(きらめ)きを見せはじめ、彼はあわてて石を確認する。


 サミュエルの指にあった、ただ真っ白だったはずの石は、七色の遊色を内包して神秘の光を発していた。それとともに魔石の魔力が高まってきているのを感じる。


「!!」


「アーレ、それは?」

 サミュエルの困惑に、エマも気づいた。視線を寄せて尋ねてくる。


「これは……、俺の呪いを解くために取り寄せた魔石なんだが……」


 今までどうあっても、何の反応も見せなかった。それがここに来てなぜ突然──。


(もしや発動している?!)


 エマをソファに残し、サミュエルは部屋中央の執務机に急いだ。

 引き出しを開け、ナイフを取り出す。


「アーレ!」


 エマが悲鳴に似た叫びを上げた時には、彼の腕には一筋の切り傷が、赤い血を垂らしていた。


「…………」


「アーレ! どうしたの! 大丈夫? 痛くない? すぐに治療をしないと」


 無言で傷を見続けるサミュエルに、エマが走り寄った。

 

「……治らない」

「え?」


「エマ、傷が治らない!」

「え、ええ」


 どうしちゃったの、アーレ。


 そう言わんばかりの眼差しを向けるエマに、サミュエルは言葉を足した。


「《魔王妃の涙》が有効なら、こんな傷、すぐに消えてたんだ」

「!!」


 理解した。彼の、言わんとすることを。

 確かに瀕死の状態からも、彼はあっさりと全快した。


「じゃあ、もしかして」

「ああ。呪いが解けたのかもしれない」


 ふたりは思わず、顔を見合わせた。


 40年以上、サミュエルを悩ませ続けた、"時を止める"呪い。

 どんな傷も病気も治してしまう反面、一切年を取ることも出来ず、社会から姿を隠すより仕方がなかった呪い。


 その呪いが今、《聖女の微笑み》と呼ばれる白石の魔力によって、消されたかも知れない。


 サミュエルの胸は高鳴った。


(これで人間として、エマと年を重ねていくことが出来る──?)


 もちろん、実際には何年かを経てみなければ変化はわからない。

 だが、手につけた白石の指輪が効力を発揮しているのは、まざまざと実感できた。体内の細胞すべてが一斉に芽吹いたかのように、呼吸し始めたのを感じる。

 今まで覚えなかった、時が刻まれていく感覚。


 "希望がつながった"。


 そう思った。


「エマ!! きみはきっと幸運の女神だ!」

「ふぇえ?!」


 両手を強く握られエマは、あまりの顔の近さに心臓が張り裂けそうなほど、どぎまぎした。


(わ、私は何もしてないのに)


 正直、生まれて16年のエマに、サミュエルの苦悩は実感し辛い。

 本心では、"アーレ(・・・)が怪我をするなど耐えられないので、奇跡の光は維持しておいてほしい"とも思う。


 それでも彼が時間に取り残され、幾人もの人や世間と別れて来たことに思いを馳せると。


(良かった──)


 心から、そう思えた。


 彼の全身からはじけるような喜びが、触れた指先を通しエマに伝わってくる。


「良かった、アーレ」


 改めて、微笑みながら。エマは再び愛しい相手の口づけを受け入れた。


 サミュエルの指輪は石いっぱいに光を揺らめかせ、絶えることなく輝きを持続していた。


 

 ──引き金(トリガー)はわからない。


 母の愛は守りにもなるが、過剰な縛りは時として子の成長を妨げる。

 そうして閉じてしまった時間は、影響ある他者との交流で、再び開かれる。

《魔王妃の涙》の発端が"母の強い思い"なら、《聖女の微笑み》のきっかけは、エマと結んだ交誼が、何らかの変化を持たらしたのかも知れなかった。


 すべては伝説で、憶測のままに。

 サミュエル・アーレ・トレモイユは、正しく進む時間(とき)の内へと戻ったのだった。



 

 ◆ ◆ ◆




(夢か、おとぎ話の世界みたい)


 ふわふわと、エマはここ数日の出来事を振り返りながら、朝露に濡れる果実を手(カゴ)に摘んでいた。


 つい先日、奇跡の夜があった。


 トレモイユ家に嫁いだエマは、伴侶である伯爵に会わないままに二か月を過ごし、夫とは別の相手に心を奪われた。

 本来であれば罪でしかない。

 ところが、決して結ばれることはないと思っていた男性こそが、エマの結婚相手その人で──。

 彼女は意中の相手と思いがけず、祝福の中で添えることになった。



 何度思い出しても、紅潮する頬とむず痒くなる恥ずかしさに身を(よじ)りたくなる。



(アーレが伯爵様だった!)



 わかるはずがない。

 10代の青年にしか見えない彼が、本当は60歳だったなんて。


 アーレ自身は"呪い"だと言っていたが、呪いにも加護にも受け取れる不思議な力の影響で、彼の時はずっと止まっていた。時の輪に戻った現在(いま)は、エマとの日々を過ごしている。


 あの夜アーレ(・・・)は、部屋外に案じながら待機していたゾフに解呪が成ったことを告げ、大いに歓喜し、長年の労を噛み締め合った後、宣言した。


「離婚は()めた。当分は新婚生活を優先する」と。


 つまり(エマは知らなかったが)アーレの中で予定されていた離婚が消え、エマを真に妻として受け入れたと、そういうことらしい。


 彼の"初恋"はエマとの縁をつないだ"過去"となり、夢の中で聞いたミレイユの歌は"懐かしい"だけで、"恋しい"でも"戻りたい"でもなかったと。


 そう自覚したアーレは積極的だった。


 ずっと(そば)にいて欲しい、エマが好きだ、必要だ。


 密かに恋してた相手から何度も熱く口説かれ、急に近くなった距離と言葉に、エマは戸惑った。 

 

(すごく嬉しいけど、どう接していいかわからない)

 

 ずっと"家令"だと思って、気軽な口もきいていた。

 呼び方から改めなければ、と緊張すると、そのままで良いという。


 サミュエルの名でも、トレモイユの名でもなく、そして何の敬称もなしに呼ばれる「アーレ」という名は、彼にとって新鮮だったらしい。


「エマにそう呼ばれる響きがとても心地良い」

 耳横で(ささや)かれて、なんのかんので"アーレ"と呼ぶままになっていた。


 会話もこれまで通りと言われ、つまり。


 変わったのは、アーレが自分への態度に甘い拍車をかけたうえに、夜、互いのどちらかの部屋で一緒に過ごすようになったこと。


(きゃあああああ)


 い、いたたまれない!


 いろんなことを振り返りつつ、(なか)ば逃げるように今朝も早起きして、庭に出ていた。


 朝摘みのベリーは、夜に貯めた栄養を消費しておらず、新鮮で美味しい。

 朝食に添えて、アーレの笑顔が見たい。


 そんな思いに身を浸しながら、エマが(カゴ)をいっぱいにした頃に、騒ぎが起こった。



「…………!!」

「…………!!!」



 大勢の人たちの、それも怒号と呼べるほどの勢いで、叫び合う声が聞こえる。


(厨房の方で何かあったのかしら?)


 様子を見に、エマが庭を回り込むと。


 たくさんの騎士たちが、厨房がある棟を取り囲んでいた。


 騎士の旗は、国の聖教会を示すもの。

 トレモイユの私兵ではない。


 その物々しさと迫力に驚くエマの耳を、さらに驚愕の大音声が撃ち抜いた。


「トレモイユ伯には、奴隷を切り刻み、地下室で禁じられた黒魔の儀式をしている疑いがある! 証拠隠滅をはからせないため、これより即座に屋敷地下を改める!!」


「────!?」


 慌ただしい朝が、訪れようとしていた。



 お読みいただき、有難うございました!


 いよいよあと一話で終わりです。最後の仕込みを次話で回収します。

 書き終えているので、たぶん明日更新! 最終話、とても楽しく書きましたー。

 なお完結後に感想欄を開きますので、良かったらいろいろとお聞かせいただけますと喜びます~(*´艸`*)

 お星様でのご評価★★★★★、ならびにブクマ、お待ちしております!!

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